ヤンデレの片鱗
王太子ジョージは、ゆっくりと息を吐いた。
謁見の間に満ちていた張りつめた空気が、わずかに揺らぐ。
若き菓子職人は背筋を伸ばした。
「貴様が焼いていたのはスコーン、なのだな」
「は、はい。王宮御用達として、誇りを持って焼いております。」
震える声に、嘘はない。
ジョージはその表情をじっと見つめ、やがて視線をシャルロットへ移した。
「先ほどの言葉“身も心も捧げる”というのは――」
シャルロットは少し考え、にこりと微笑んだ。
「王太子妃としての責務を、誠実に果たす、という意味でございますわ」
その瞬間。
(責務、と言うことは義務。つまり、恋ではない?)
ジョージの胸に、別種の炎が灯った。
――信じる。
――だが、満足はしない。
「よかろう。」
王太子は静かに告げる。
「今回の件、菓子職人に不埒な意図はなかったと判断する。」
その言葉にアランは安堵でその場に崩れ落ちそうになる。
「た、ただし。」
一転、ジョージの声は冷え切った。
「今後、その菓子職人はシャルロットの私的空間に立ち入ることを禁ずる。視界に入れることもならぬ。」
「え?」
シャルロットが瞬く。
「スコーンは侍女を介して受け取れ。味見も、感想も、すべて文書で提出せよ。」
「そ、そんな……!」
「異論は認めぬ。」
緑の瞳が、逃がさぬと言わんばかりにシャルロットを射抜いた。
「――シャルロットは私のものなのだから。」
謁見の間は静まり返り、
アランは冷や汗を流しながら深く頭を下げるしかなかった。
その夜。
シャルロットは自室で、銀のトレイに載せられたスコーンを前に首をかしげていた。
「なんだかいつもより、小さい気がするわ。」
一口食べ
「……あれ?」
二口目。
「……香りが、違う?」
その瞬間、扉がノックもなく開いた。
「失礼する。」
現れたのは、寝間着姿の王太子ジョージ。
「で、殿下!?」
「今日のスコーンはどうだ。」
あまりに真剣な眼差しに、シャルロットは正直に答える。
「少し、物足りないですわ。」
ジョージの指が、ぎゅっと握られる。
「そうか。では明日からは私が立ち会って焼かせよう。」
「……はい?」
「大きさも、焼き色も、香りも――すべて、私の目でシャルロットの好みに管理する。」
にこり、と完璧な微笑み。
「君が他に心を奪われぬように。」
(え?これは、本当にスコーンの話ですわよね?)
混乱するシャルロットをよそに、
ジョージは満足そうに頷いた。
「安心しろ、シャルロット。君の好きなものは、すべて私が用意する。」
その言葉に、シャルロットはなぜか背筋にぞくりとしたものを感じた。
――こうして。
誤解は解けた。
だが、王太子の溺愛と監視は、むしろ加速したのだった。




