アランの身柄
夜明けとともに、若き名うての菓子職人アランは騎士たちに取り囲まれていた。
彼が粉袋を抱えたまま振り向いた時には、すでに抜き身の剣の冷たい光が差し向けられていた。
「アラン・ドゥヴァル、殿下のご命令により、連行する。」
「殿下の、命令?」
その表情は驚愕に凍りついた。
抵抗する術もなく、両腕を拘束され、引き立てられていく。
まだ温かいスコーンの香りだけが厨房内に取り残された。
---
同じ頃、王太子の執務室。
窓から差し込む朝日が、張りつめた空気を余計に際立たせていた。
そこへ諜報員アーサーが、慌ただしく駆け込んでくる。
「殿下!ご命令どおり、アランを拘束いたしました。しかし、やはり怪しいかと!」
王太子は書き物を止め、ゆっくり顔を上げる。
「……何を根拠にそう言う。」
アーサーは胸に手を当て、息を整えながら言葉を紡ぐ。
「本日のご朝食時にシャルロット様がアランの菓子を召し上がる場面を目撃いたしました。」
「菓子を食べただけだろう。」
「いえ。問題は、そのご発言でございます。」
アーサーの声には、奇妙な熱が帯びていた。
「シャルロット様は、アランが焼き上げたスコーンを手に取られ、『今日はいつもより大きいのね』『やはり、大きい方がいいわ』と……。その声音は、まるで――」
「……。」
王太子の瞳が鋭く光り、アーサーは言葉を飲み込む。
本来ならただの食べ物の感想。
だが耳に残るその響きが、彼の想像を勝手に膨らませてしまう。
――まるで思春期の少年が妙な連想に囚われるように。
アーサー自身もそれを自覚していた。
だが、忠義の名の下に「怪しさ」として報告せねばならない気がしてならない。
王太子は低く問う。
「……つまり、お前はそれを恋情と結びつけた、というわけだな。」
アーサーの額には汗がにじむ。
それでも、頑なに頷いた。
「はっ。殿下、あの親密さは決して看過できぬものかと。」
静寂が落ちる。
王太子の胸の奥に、説明できぬざらつきと怒りが広がっていった。
彼は机上の書類を閉じ、短く命じた。
「……よかろう。菓子職人を、余の前に連れて来い。」
---
そして、拘束されたままのアランは、重苦しい空気に包まれた謁見の間へと引き出されるのであった――。




