王太子の勘違いと暴走
王宮の午後。差し込む陽光に、白いカーテンがゆるやかに揺れている。
シャルロットは控えの間で侍女たちと軽く世間話をしていた。
「あのスコーンは本当に美味しかったわ。外はさっくり、中はふんわりしていて粉の香りが特に良かったわ。つい、夢中になってしまって。」
頬を紅潮させ、うっとりと両手を胸の前で重ねる。
侍女たちは「シャルロット様がこんなふうに熱心にお話しなさるなんて珍しいですわ。」
と微笑み、相づちを打つ。
「あのお若い菓子職人のアラン、本当に腕がよろしいのね。王宮付きの職人に抜擢されたのも納得だわ。ああ、次に口にできるのはいつなのかしら。待ち遠しいわあ。」
楽しげな声音に、侍女たちはまた笑みを漏らす。
――だが、その光景を陰から見ていた人物がいた。王太子付きの諜報員だ。
◇◇◇
報告を受けた王太子ジョージの顔が、さっと険しくなる。
「……なんだと。シャルロットがあの菓子職人の話を、楽しそうに!?」
諜報員は深く頭を垂れる。
「はっ、殿下。スコーンのことを熱心に語り、職人アランを褒めておられました。大変ご満悦の様子でして“待ち遠しい”と、はっきり仰っておられました。」
その瞬間、ジョージの心臓が嫌な熱を帯びた。
頭の中で冷静な理性がただの菓子の話だと囁く。
だが同時に、胸の奥で暴れ狂う獣が彼女はあの男に惹かれていると叫ぶ。
「……あの下僕が……。」
低く呟く声には、嫉妬と怒りが入り混じっていた。
王太子は、己が恋人を甘い笑みで見つめるシャルロットを思い浮かべる。
――あの瞳が、自分ではなく他の男に向けられていたとしたら。
胃の奥から煮え立つような感情がせり上がってくる。
「……よく聞け。これからもシャルロットの一挙手一投足を監視せよ。男と接触する機会があれば、必ず私に報告を。特に、菓子職人のアランには警戒せよ。」
諜報員が慌てて拝礼し、部屋を出て行く。
残されたジョージは指先を食いしばった。
「シャルロットなぜだ。なぜ私ではないのだ……!」
◇◇◇
その日の夕刻。
ジョージはシャルロットを王宮のサロンへ呼び出し、優雅なティータイムを設けた。
「シャルロット。今日は特別に、君の好きなスコーンを用意した。」
金色の皿の上には、見覚えのある焼きたてのスコーン。
アランが丹精込めて焼いたものだ。
「まあ……!」
シャルロットの顔が花のようにほころぶ。
スコーンを割った瞬間、立ちのぼるバターと小麦の香りに思わず瞳がきらめく。
「美味しいですわ……。」
口に含み、幸せそうに瞳を細める。
その姿に、ジョージは喉が焼けるような嫉妬を覚えた。
彼女の視線は、スコーンに、そしてその向こうのアランに向けられているように思えてならない。
「……そんなに気に入ったのか。」
声は努めて穏やかに。しかし、わずかに掠れていた。
「ええ、とても。」
シャルロットは無邪気に微笑む。
――そして、最後の一口を口に運んだとき。
「はあ……。」
小さな吐息が零れた。
それは、食べ終えてしまったスコーンへの名残惜しさから自然に出たもの。
だがジョージの耳には、菓子職人アランを想う恋煩いのため息にしか聞こえなかった。
ジョージ王太子の瞳が鋭く細められ
怒りと焦燥、そして焦がれるような愛情がないまぜになり、胸を締めつける。
手の中のティーカップが、震えて小さく音を立てた。
彼は笑顔を取り繕いながらも、瞳の奥では暗い炎が燃え盛っていた。
(いいだろう。お前が誰に心を奪われようと、必ず私のものにする。誰にも渡さない……シャルロット、お前は一生、私だけを見ていればいいのだ。)
甘美な笑みを浮かべながら、王太子の執着は音もなく深みへ沈んでいく。




