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第8話 『来てくれるって信じてました』


 アルノルトと並んで歩く帰り道、さっきまでの不安が嘘のように、私の心は温かな安心感に包まれていた。


 彼がこの場に駆けつけてくれたこと、そして「俺の婚約者」とはっきり守ってくれたことが、何よりも心強かった。


 冷酷で他人に興味がないと思っていた彼が、実は私のことをきちんと見ていてくれた。

 そのことが、胸の奥をじんわりと温めていた。


 静かに月明かりに照らされる王宮の廊下を歩きながら、私は小さな勇気を出して、そっと彼に話しかけてみた。


「アルノルト様、本当にありがとうございます。今日、アルノルト様が来てくださらなかったら、どうなっていたことか……」


 すると、彼は少しばかり厳しい表情で私を見つめた。


「お前も、危険に気づいたならなぜ叫ばなかった?」


「えっ……?」


 彼の問いに驚き、少し考えてしまう。

 叫べば、もしかしたら他の誰かが気づいて助けに来てくれたかもしれない。

 でも、その瞬間、私が思ったのはただ一つだった。


「……私、アルノルト様が来てくれると信じていましたから」


 その言葉に、彼はわずかに驚いたような表情を見せたが、すぐにふっと柔らかな笑みを浮かべた。

 普段は厳しく冷たい雰囲気の彼が、こんな風に優しく笑うなんて、なんだか夢を見ているようだ。


「……お前は本当に不思議なやつだな」


「そうでしょうか?」


「俺を信じるなど、ただの愚か者だ」


 そう言いながらも、どこか温かな響きが彼の声には込められていた。

 その声に、私は何も言わずに微笑み返した。

 もしかしたら、彼も少しずつ私を信頼してくれているのかもしれない……そんな想いが湧き上がってきた。


 部屋に戻る前、ふとアルノルトが足を止め、私に向き直った。


「リリア、これからは不用意に他人に近づくな」


「……はい、気をつけます」


 彼の真剣な言葉に、私は思わず頷いた。


 その瞳は、私をしっかりと見据えている。まるで、二度と危険な目に遭わせたくないという強い意志が込められているようだった。


「お前は……俺の婚約者だ」


 彼が改めてそう言ってくれたことが、嬉しくて仕方がなかった。

 普段は無愛想で、冷たく見える彼がこうして私を守ってくれる。

 それは、ただの義務や責任だけではなく、彼自身の気持ちがそこにあるからだと思いたい。


「アルノルト様……」


 感極まって彼の名前を呼ぶと、彼は少しだけ照れたように顔をそらした。


 私たちはお互い何も言わないまま、ただ夜の静けさの中で立ち尽くしていた。

 その沈黙が、なんとも言えない温かさを感じさせてくれる。


「……では、休め」


 短く告げた彼に見送られて、私は部屋へと戻った。


 ドアを閉めると、先ほどまでの胸の高鳴りが一気に蘇り、顔が熱くなるのを感じた。

 アルノルト様にこんなにも大切にされていると感じたのは、初めてだったかもしれない。

 彼の優しさや、さりげない気遣いが、私の心に深く刻まれていく。


 翌朝、私は昨日の出来事を振り返りながら、少しだけ幸せな気持ちで目を覚ました。


 だが、朝の光が部屋を照らすと同時に、昨夜の出来事を知った他のメイドたちが、少し興奮した様子で私の部屋にやってきた。


「リリア様、昨日のことを聞きました! アルノルト様が、貴女を助けに駆けつけられたとか……!」


「まるで物語のようですわ。アルノルト様があれほど本気で動かれるなんて、噂ではありえないと聞いていたのに……!」


 メイドたちの目がキラキラと輝いているのを見て、私は少し照れくさくなり、思わず視線を逸らした。


 確かに、アルノルト様は冷酷で誰も寄せつけない存在として有名だったが、私にとってはそんな彼の優しさを感じる瞬間が増えてきている。


「アルノルト様が……私のために……」


 ふとその言葉を口にしたとき、自分の中で彼に対する気持ちが大きくなっていることに気づいてしまった。


 彼をただの婚約者としてだけでなく、もっと近い存在として見ている──その想いに、胸が少しだけ苦しくなった。


 その日の夕方、再びアルノルトと会う機会があった。私は緊張しながらも、彼の前に立つ。彼はいつも通り無表情だったが、どこか私を見る目が優しくなっているように感じた。


「リリア、昨日のことはもう気にするな」


「……でも、アルノルト様があそこまで私のために動いてくださったことが、本当に嬉しかったんです」


 私が正直な気持ちを伝えると、アルノルトは少しだけ目を細めて、静かに頷いた。


「お前が俺の婚約者だから、それだけだ」


 一見冷たく言い放つ彼だが、その目はどこか優しく輝いていた。


 その優しさに、私は少しずつ胸が温かくなっていくのを感じる。そして、私もまた彼を支えたい──そんな想いがますます大きくなっていた。

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