第3話 『もしかして…嫉妬…?』
侯爵家の娘として過ごすようになって数日が経った。
異世界の生活に戸惑いはあったものの、気がつけばメイドたちにも慣れてきて、この世界での生活が少しずつ心地よく感じられるようになってきた。
まだ不安はあるけれど、少しでも日常に馴染むために、今日は思い切って城下町へ足を運んでみることにした。
王都の城下町は華やかで賑やかだ。
道端には果物や野菜、手工芸品が並び、行き交う人々が活気に満ちている。
私はその喧騒にわくわくしながら、ゆっくりと見て回った。
「見たことがない品物がいっぱい… ……!」
どこを見ても前の世界では見た事もないような、興味をそそられるものばかりで、気づけば店の品物を手に取っては「これは何ですか?」と無邪気に尋ねていた。
そんな様子を周囲の騎士団員や貴族令嬢たちも遠目から見ているようで、どこか物珍しそうに視線を向けられている。
「ねぇねぇ、あの娘が侯爵家のリリア様ですって」
「ああ、婚約者が騎士団長様という噂の――」
小声で囁く声が聞こえたが、私は気にせず、つい目の前の店で販売されていたキラキラと輝くブレスレットに目を奪われた。
どうやら宝石がはめ込まれたアクセサリーのようで、異世界ならではの美しい色合いに思わず見入ってしまう。
「そちらの商品に興味がおありですか?」
ふと、店の青年がにこやかに声をかけてきた。優しい笑顔で、どうやらこの店を切り盛りしているらしい。
「はい、とても綺麗ですね! こんな色、見たことがありません」
「この石は、『星の涙』と呼ばれるものでして、遠い山奥でのみ採れる貴重な石なんです」
親切に説明してくれる彼の話に、私は夢中になって聞き入ってしまった。
青年はさらに「どれも似合いそうですが、こちらはいかがですか?」と私に向けて一つのブレスレットを手渡そうとしてきた。商売上手だ。
そのとき、突如として冷たい声が響いた。
「リリア、何をしている」
振り返ると、そこには険しい表情をしたアルノルトが立っていた。
いつからここにいたのだろうか、彼はまるで無遠慮に割り込んできたかのように私と店の青年の間に立ち、無言で睨みつけるように視線を向けている。
鋭い眼光が放つ威圧感に、青年も気まずそうに後退した。
「あ、アルノルト様? あの、これはただ──」
私は慌てて説明しようとするが、アルノルトは私の言葉を遮るようにして、青年に冷ややかな視線を送りながら低く告げた。
「こいつは俺の婚約者だ。妙な気を起こすな」
その言葉に私は思わず息を呑む。
驚きとともに、彼の言葉が胸に響くのを感じた。
彼はこれまで私に対して冷淡で無関心に見えていたのに、こんな風に「俺の婚約者だ」なんて、強く主張することがあるなんて思ってもいなかった。
もしかして……嫉妬……?
青年は慌てた様子で謝罪し、店の奥へと急いで姿を消した。
気まずい空気が流れる中、私は小さな声でアルノルトに問いかける。
「アルノルト様、そんなに怒らなくても大丈夫です……。彼はただ親切にしてくれただけで」
するとアルノルトは、不機嫌そうに眉をひそめて私をじっと見つめてきた。
その瞳の奥には、やはりわずかに嫉妬と苛立ちが混じっているように見える。
「……知らない男と気軽に話すな」
そう低く告げるアルノルトの横顔は、いつもの冷たい表情の中にどこか不器用さが混じっているように見えた。
彼がこんな風に私に対して独占欲を見せるなんて……不思議と、胸が少しだけ高鳴ってしまう。
「アルノルト様……私のことを、気にかけてくれているんですか?」
つい、口にしてしまった言葉に自分で驚いた。
だが、それを聞いたアルノルトはさらに顔をしかめて、少しばかり声を荒げるように言い返してきた。
「……勘違いするな。ただ、お前が婚約者として王宮で恥をかかないようにしているだけだ」
「そ、そうなんですか……」
冷たく言われたものの、その態度には少し照れ隠しが混じっているようで、ますます私の胸は高鳴ってしまう。
無愛想で冷酷だと思っていた彼に、こんな一面があるなんて。
そんな風に考えていると、アルノルトが一歩近づいてきた。
彼は無言のまま私の腕を掴み、少し力強く引き寄せる。その行動に、私の心臓は一気に跳ね上がった。
「もう、あまりふらふらするな。……俺と一緒に来い」
彼が私の手を握ったまま、静かに歩き出す。
その冷たい瞳の奥に、かすかに揺れる感情を垣間見るようで、私は彼に対して不思議な安心感を覚える。
こんな風に守られていると感じることがあるなんて、思ってもみなかった。
王宮に戻る途中、私はふとアルノルトの顔を見上げて尋ねた。
「アルノルト様、今日は本当にありがとうございました」
「……」
彼は返事をせず、ただ私の手を離さないまま前を見据えて歩いている。
だが、その頬がほんのり赤く染まっているように見えて、私は思わず微笑んでしまった。
こんな風に少しずつ、彼の心の中に踏み込んでいける気がして──少しだけ、婚約者としての生活に期待を抱くようになっていた。