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第2話 『騎士団長の照れ隠し』

 昨日のことを思い出しながら、私は大きくため息をついた。

 転生して目が覚めると、そこは異世界の侯爵家の娘・リリアとしての人生が始まっていた。


 しかも、気がつけば「冷酷無比」と噂される騎士団長アルノルトとの婚約まで決まっているという、なんとも状況が理解できない展開だ。


 あの時のアルノルトの冷たい視線を思い出すと、今でも少し背筋が凍りつく。


 あれが私の婚約者になる人だなんて、正直、不安しかない。

 彼は確かに整った顔立ちで、背も高くて、端正な雰囲気を纏っていたけれど、同時に鋭い目つきと無愛想な態度で周囲を遠ざけているようだった。


「本当に、あんな人と婚約者生活なんて……」


 一人でこぼした言葉がふわりと虚空に溶けていく。だが、私は彼と過ごす初日を迎えざるを得なかった。


 侯爵家の娘としての責任もあるし、逃げるわけにはいかないのだ。


「お嬢様、そろそろお支度が整いました。アルノルト様が迎えにいらっしゃっております」


 メイドの報告を受け、私は深呼吸して気持ちを落ち着ける。

 緊張で手が冷たくなっているのがわかるけれど、それでもしっかりしなければ。

 何せ、相手は王国最強の騎士団長なのだから。


 待っていると、メイドが部屋の扉を開き、黒い軍服を着たアルノルトが入ってきた。


 鋭い眼差しと無駄のない動きに、一瞬圧倒されてしまう。やっぱり彼には近づきがたい何かを感じる。


 見た目だけでなく、その冷酷そうな雰囲気がさらに私を萎縮させる。


「……準備ができたか?」


 アルノルトは私に向かってそっけなく尋ねた。

 冷たく抑揚のない声が響く。


 私はなんとか返事をしようとするが、うまく声が出ない。彼の視線に圧倒されてしまい、ただ小さく頷くしかできなかった。


「……なら、行くぞ」


 彼はそれ以上何も言わず、踵を返して歩き出した。


 私は慌てて彼の後を追おうとするが、彼の歩幅が思った以上に大きくて、どうしても追いつけない。

 ドレスの裾が足に絡みつき、つまずきそうになるたび、私は何度も立ち止まってしまった。


「……遅いな」


 やっとのことで追いついたと思ったら、アルノルトがため息をつくように言った。


 気まずい気持ちで少し俯くと、ふいに彼が私に向かって手を差し出してきた。


「……ほら」


 その無骨な手に、一瞬目を見張る。


 まさか彼が、手を差し伸べてくれるなんて思ってもいなかった。

 私が戸惑っていると、彼は少し苛立ったように眉を寄せ、言葉を続けた。


「さっさとしろ。転ばれても困る」


 冷たい言葉に反して、その手はしっかりと私の方に差し出されたままだった。


 勇気を出してその手にそっと触れると、大きくて、そして思いのほか温かい彼の手が、私の手をしっかりと包み込んだ。


「……ありがとう、ございます」


 小さな声でお礼を言うと、彼は何も答えずにそのまま歩き出した。


 私の手を引く力はしっかりとしていて、ドキドキと胸が高鳴っている自分に驚く。

 こんな無愛想な人に、どうしてこんなにも心が揺さぶられているのか、自分でもわからなかった。


 王宮の庭にたどり着くと、季節の花々が咲き誇り、噴水が優雅に水を跳ね上げている。


 さすがは王族の庭園というべきか、広々としていて、どこを見ても見飽きることがない美しい光景だった。


「お前、こういうところが初めてなのか?」


 ふと、アルノルトが私に問いかけてきた。

 初めて聞く、少しだけ柔らかい彼の声のトーンに驚くが、私は素直に頷いた。


「はい、とてもきれいな場所ですね」


 思わず口に出した感想に、彼は「そうか」とだけ答える。

 そしてしばらく歩いていると、ふと眩しそうに目を細めた私を見て、アルノルトが何も言わずに私の頭の上に手をかざしてくれた。


「眩しいか?」


「えっ……」


 思いがけない気遣いに、私は思わず彼を見上げる。

 無愛想で、冷たいと思っていた彼がこんなことをしてくれるなんて。


 言葉が出てこなくて戸惑っていると、アルノルトが何事もなかったかのように手を引っ込めた。


「余計な手間をかけさせるな」


 そう言って顔を背ける彼の横顔は、少しだけ赤く見えた。やはり照れているのだろうか? セリフが照れ隠しのそれにしか聞こえない。


 無愛想な中にも、どこか優しさが垣間見えるこの人に、少しだけ興味が湧いてくる。


「アルノルト様って、本当は優しい方なんですね」


 つい口にしてしまった私の言葉に、彼は驚いたようにこちらを見た。

 それから、少しばかり言い訳めいた調子でこう返してくる。


「別に優しくしているつもりはない。お前が、勝手にそう感じているだけだ」


 その冷たい言葉にも、私は少し胸が高鳴るのを感じていた。


 無愛想で冷たく見えるけれど、実は不器用なだけなのかもしれない。

 もしかすると、この婚約生活は思ったよりも悪くないかもしれない──そんな気さえしてきたのだ。


 これから始まる婚約者としての日々が、ほんの少しだけ楽しみになった気がする。


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