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あやかしばかし  作者: 東上春之
第一章 出会いと覚醒
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第九話 出会いと覚醒 九

更新です。Twitterでも活動しているので是非。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も連載しているので見てみてください。

 奏は力強く引いた弦を勢いよく離し、分身と共に晴人に向けて白矢を射った。

 周囲の空間すら燃やし尽くさんとする七つの白炎が晴人に迫る。奏が稲荷を召喚し、彼の周りに炎の檻が形成され、七つの白く燃える矢を向けられてなお晴人はその場から動かなかった。

 最後まで祝詞が唱えられても晴人は刀を構え、真っ直ぐと奏を見ている。羽月の目には晴人が諦めて何もしなかった、という風には見えなかった。これほど、大規模な術式は見たことがなかったが、晴人に臆しているような様子はない。

 陰陽術を学んで日が浅いと言っていたが、彼の持つ胆力は彼女が見てきた陰陽師達をはるかに凌駕している。それだけの余裕を生む何かが彼にあるのかもしれないが。

 この場にいる誰もこの戦いの行く末を予想できた者はいない。四月からの二ヶ月、奏と過ごした生徒達は彼女の陰陽師としての実力をよく見ていた。

 術式発動の速さ、呪力量の多さ、陰陽師としての経験の豊富さ、そういった陰陽師七条奏の実力だけでなく、奏個人としても多少融通が利かない所もあるが、真っ直ぐに陰陽師を目指す彼女の姿勢をリスペクトしていた。

 だから、彼女が晴人に対してあそこまで好戦的に、半ば暴言のような言葉を彼に投げつけていたことに驚いていた。

 七条の名を彼女が誇りに思っていることは皆知っている。

 だが、それ以上の何かを感じさせる彼女の様子に困惑していた。それでも彼女の実力は疑いようのないものであることに間違いはなく、奏がこの試合に勝つと多くの生徒が考えていた。

 そう思わなかったのはこの部屋の中では羽月と宗近、そして監視カメラを通してこの試合の様子を見ている者の三人だけだった。

 晴人と共にいる式神達は主が負けるだなんてほんの少しも考えていない。奏の渾身の一撃が迫り来ても彼らの誰一人焦ることも無駄に声をあげることもなく、ただ淡々と晴人の背中を押した。


(やれ、晴人。吹き飛ばせ)


 晴人は一歩足を踏み出し、腰を落とし、刀を横に構えた。刀に宿した膨大な呪力に文字通り火をつけ、真っ直ぐに迫る矢を見据えた。

 両の手で握った刀。初めてちゃんと握ったけれど、他の何物よりも手に馴染む。

 それが倉宮家の血か、酒呑童子の呪力によるものなのか、その両方か。

 攻撃されている、自分を倒さんと七つも炎の矢が迫ってきている。まだ防御の術式を扱いきれていない今、自分よりも陰陽術に長けている奏の攻撃をくらえばどうなるかは考えなくても想像できる。

 にもかかわらず、晴人は笑っていた。

 陰陽師倉宮晴人の第一歩としてはこの試合はかなり有意義なものだった。陰陽師という存在がどういうもので陰陽界において倉宮家が周りからどう見られていたのか。

 今まで知らなかった関わりを知ることができた。後で朱雀にはたっぷりと話を聞くことになるだろうが、少なくとも彼女の宣戦布告を受けたのは間違いではなかった。

 玉藻前の策略を止め、彼女と対話するためにそれ相応の実力をつけなければならない。弱いままでは一方的に彼女に蹂躙されるだけだ。

 陰陽師として彼女の主として認められ、話し合いをするために、まずはこの陰陽界を知る必要がある。

 この試合は晴人から陰陽界への宣戦布告。

 倉宮晴人という陰陽師の第一歩は京都九家に名を連ねる七条奏を倒すこと。お互いに手の内を隠したままとはいえ、彼女に勝つことの意味を晴人は甘く考えてはいなかった。

 七条奏を倒す覚悟は、もう決めた。


「はぁぁぁ!」


 その叫びは魂の咆哮。その思いは未来への挑戦。その瞳に映した迫り来る脅威に晴人は刀に込めた呪力を爆発させ、その手に握る刀を振るった。

 晴人と酒呑童子の呪力が込められた一振りと奏渾身の一撃。晴人の攻撃は術とは呼べない代物だが、奏の多段階術式「破魔の白矢」とぶつかり合い、互いの呪力を喰いあって、爆発した。

 陰陽術の撃ち合いを想定して堅牢に造られた実技室を震わせる振動に座っていた生徒も思わず立ち上がってしまうほどだった。

 試合を開始した時と同じように煙幕が晴人と奏を隔てた。

 晴人の一撃によって干将の刀と共に彼を閉じ込めていた檻が破壊され、晴人は両脚に呪力を込め、奏に向けて一直線に煙を抜けた。床に片膝をついた奏に晴人は陰陽符を向け、


「俺の勝ちってことでいいか?」


 そう宣言した。


(私が、負けた?)


 負け。その二文字が奏の脳内を反芻した。負けた、七条奏が倉宮晴人に敗北した。

 七条家の人間が倉宮家の人間に、観衆の前で負けた。

 陰陽術を学んで日の浅い、陰陽の家に生まれながら陰陽の世界から離れて単なる日常を送っていた人間に負けた。

 妖の脅威を視えず、感じず、知らない世界でぬるま湯に浸かって生きてきた人間に負けた。

 守られる側にいたくせに、助けてもらう側にいたくせに。

 私はずっと七条家の人間として研鑽を重ね、陰陽師として妖の脅威を排除してきた。

 七条家に生まれて小さい頃から優秀な陰陽師になるために陰陽術を学んできた。京都九家という看板は想像以上に重いもので京都という地域の、陰陽界という狭いコミュニティの中ではその名は何よりも重かった。名前、伝統、歴史。

 陰陽界において先人達が積み重ねてきたものは私達が生まれた時から付き纏う怪異以外の何物でもなかった。

 何をするにしても何かにつけて京都九家の名前を出され、他の九家と比較され、そして、陰陽御三家と比較された。

 私はそれが嫌だった。

 六歳の時、京都にある初等陰陽塾に初めて入塾した。そこは陰陽の家に生まれた陰陽の力を使える子供達が正しく陰陽の力を使う術を学び、陰陽使いにするための教育を受けるという場所だった。

 その場所でも御三家や九家の名はよく知られており、学年が上がるごとに家の名が先行するようになった。

 表向きには同列な京都九家の中にも力関係が存在し、大陰陽師安倍晴明から手解きを受けた旧藤原家を祖先に持つ一条家、二条家、四条家、九条家は発言力が強く、その中でも特に四条家は京都九家のまとめ役と言ってよい。

 七条家は一条家の血筋にあたり、加えて稲荷の大狐様と契約を交わしているため、上位四家に次ぐ発言力を持っている。

 その立場が自分の振る舞い如何でどうにでもなってしまうということも分かっている。

 京都という陰陽の中心地では様々な形で注目される。それは良い意味でも悪い意味でも。京都九家として受ける視線よりも陰陽御三家の家々が受けている悪意の方が根強いものであるとは理解できている。

 それでもそれに劣らぬプレッシャーの中で私は七条家に相応しい陰陽師になれるように努力してきた。同じ京都九家の誰よりも陰陽術と向き合い、七条奏としてその名に恥じぬ行いをしてきたつもりだ。

 稲荷と契約できたのだって大狐様が私の今までの行いを認めてくださったから。

 兄さんのように七条家を背負う者として適切な振る舞いができていたから、陰陽師として優れていたから大狐様も私を認めてくださっているはずだ。

 私は陰陽師として間違っていないはず。

 私は陰陽師として正しいはず。

 確かにこの試合では七条家の術式を使わなかった。

 そもそもあの術式は大狐様と契約した術者しか使えないから今の私には使えない術式だ。

 だから、「破魔の白矢」を選んだ。

 この術式は私を私たらしめる、七条家の陰陽師として認められた証だった。家の術式を使えない私を七条に相応しい陰陽師にしてくれた術式。

 私が使える術式の中で最も難しく、最も威力のある術式。何度も何度も練習して失敗して。多段階術式なんて無理だと諦めかけた時もあった。

 それでも七条家に生まれた者として果たさなければいけない責務だと思って必死に取り組んだ。

 だと言うのに私は倉宮家の人間に負けた。陰陽師かどうかも判然としない素人同然の、倉宮晴人に負けてしまった。

 私の十年は彼の二日に負けたと言うの?これが才能の差とでも言うの?京都九家の私では御三家の彼には勝てないの?どうして私は彼に負けるの?どうして私は彼に勝てないの?どうして?

 ずっと頑張ってきた。

 周りから嫌味を言われようが、嫉妬の目を向けられようが、努力を認められなかろうが、私はずっと七条家に相応しい陰陽師になるために努力してきた。

 それなのに私は、


「まけた?」

「あぁ俺の勝ち」

「私が、まけた」


 七条奏は全力を尽くして倉宮晴人と戦い、彼に負けた。

 その事実を自ら復唱した奏は床にへたり込んだ。もう彼女に戦闘継続の意思はない。この試合は晴人の勝利、ということだ。

 晴人は奏に向けていた陰陽符をしまい、彼女の正面に腰を下ろした。試合が始まる前、晴人は羽月に戦うことに意味があると言った。

 それは奏から逃げず、きちんと向き合うことが必要だと思ったからだ。

 そもそもこの試合は奏から一方的に宣戦布告された挙句、倉宮家の人間なのにどうして陰陽術もまともに使えないのだと暴言も吐かれている。

 晴人としては腹に据えかねるとまではいかないが、そこまで言われる筋合いはないとは思っていた。

 七条奏は倉宮晴人を倉宮家の人間としてしか見ていないと晴人は彼女の言葉の節々から感じ取っていた。加えて彼女の口振りから「家」というものに強く執着していると感じていた。

 自身が執着しているからこそ相手に対してもそうであるように自分の価値観を押し付ける。そんな印象を抱いていたが、その裏には彼女をそうさせる何かがあると思ってもいた。


「七条はどうしてそんなに家の名前にこだわってるんだ?」

「こだわる?そんな甘い話じゃないわ。陰陽の家に生まれた者はすべからく陰陽師になる。陰陽師になるということは自分の家を背負うということ。自ら投げだしたとしてもその血が陰陽の血である限り、家は必ずあなたを離さない。それが陰陽師という存在であなたがこれからなろうとしているもの」

「その家に生まれ、陰陽師を目指すと決めたならお前の言うことは正しいと思う。だからといって相手にそれを強制するのはおかしなことだとは思わなかったのか?家の看板を背負ったとしてもあくまで個人は個人だろ」

「それは外の世界の理屈よ。陰陽界では自分の評価は他人が決めるの、自分じゃないのよ。どれだけ努力しようと周りが京都九家の生まれだからと言えば、私の努力は認められない。血の才が私を優秀な陰陽師にしているとそう判断する。陰陽の家に生まれるというのはそういうことなの。どれだけ積み上げようが、最後には足元を崩される」

「外の世界か。確かに俺は今まで陰陽術はおろか、妖だって視えなかった。陰陽符だってうまく使えないし、術式なんてもっての外。でも陰陽界と俺が生きてきた世界に違いがあるなんて思わないよ。どんな世界にだって努力しない自分のことを棚に上げて他人を妬む奴は山ほどいるし、心無い言葉で他人を否定する奴もいる。安全圏から石を投げて下品に嗤う奴もいる。そういう意味では七条が感じてきた理不尽に対して怒る権利はあると思う」

「急に優しくなるのね。今まさに私の努力はあなたの才能によって否定されているというのに」

「逆に俺が負けてたら俺の覚悟が否定されてた。だからおあいこだろ」

「そうかもね」

「七条が家にこだわる理由は何となく分かったような気もする。ちゃんと理解するには俺がもっと陰陽界に慣れてからになるだろうから七条の考えが間違っていると断言することは俺にはできない。それでも、俺は七条は正しくないと思う」


 晴人は奏の目を真っすぐに見つめ、そう言いきった。

あの頃夢中で憧れたヒーローなんていない日々道行く人たちもみんなこれが営みだと言い聞かすように

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