第八話 出会いと覚醒 八
更新です。Twitterでも活動しているので是非。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も連載しているので見てみてください。
(てへじゃねえよ。終わらせ方が減ったじゃねえか。干将の能力がばれないようにするなら二本目も出せないし、そもそも数で押せない)
もしいくつも刀を出そうものならとてつもない数の武装変化の術を持つ式神と契約していると思われてしまう。
それだけの契約をしているのも前例がないが、それ以上に何故同じ術を持つ妖とそんなに契約したのかと違う視点から疑問を持たれてしまう。
(干将と莫耶の術が特殊だって先に言ってよ)
またしても説明不足な朱雀に嘆く晴人。もちろん、それは意図的に、であった。
朱雀が晴人に教えていないことはまだまだ数えられないほど存在する。彼女が説明していないのはその方が晴人に良い影響を与えると考えたからだ。
知っておいた方がよいことは伝えるつもりだが、常に思考と変化を求められる環境に身を置くことで彼の陰陽師として成長がより促進すると考えた。それにこの程度のことなど、晴人にとっては些事だ。
「七条家の術式って遠距離向きだったのか。勉強になるな」
式神達と話していると悟られないように奏との会話を続ける晴人。
式神達と話しつつ奏の言葉を聞き漏らしていないのは鵺がその役割を肩代わりしているからだ。鵺が聞き、晴人に情報として伝達する。そうすることで作戦を練る時間を作っているのだ。
(何を言っているんですか晴人様。あなたの式神に普通の妖など一人としていませんよ。自分で言うのもなんですが、皆が特異で特殊な妖です。誰と契約していることが露見しようが、騒ぎになるでしょうね)
(おいおい、とんでもないこと言ってない?結局全部隠し通さなきゃってことか。昨日の話し合い、意味ないじゃん)
昨日、引っ越した屋敷で公には干将を契約した式神とすることに決めたのだが、どうやらそう上手くはいかないらしい。契約している五人いや六人共ばれるわけにはいかないようだ。
(私も彼らを目にするまではここまでとは思いませんでした。半数以上が妖と契約していないかつ我々の四半分以下の力を有している式神を持つのは先ほど晴人様と話していた真波という女生徒だけでした。倉宮家やその分家にはもう少しできる者がいましたからそちらを基準に考えてしまいました)
実際、倉宮家に仕える者達や分家の家々の者達は晴人と同世代でも既に妖と契約し、陰陽師として活動している者も多く、彼らを基準にするのは青霊堂の塾生達が可哀想というものだ。
「陰陽術を学んで二日と言っていたのにもう式神と契約していたのね。流石倉宮家と言うべきなのかしら、随分と甘やかされていたようだけれどそのほど度じゃ私に勝つなんて不可能だわ」
(酒呑童子、何かいい案ない?)
(終わらせ方なら倉宮の術式を使えばいい。派手に術式を使い、そちらに注目がいけば式神から目を逸らせる)
「別に甘やかされていたわけじゃないよ。それにここには覚悟を持って来た。陰陽師としてやらなきゃいけないことがあるから」
晴人は刀を強く握り直した。奏が懐からまた別の陰陽符を取り出したからだ。紙の色が彼女が使ってきた符とは微妙に違う。
彼女が口にした七条の術式を使ってくるのかもしれない。そう思った晴人は徐々に意識を彼女の方へ向け始めた。
奏が新たに符を取り出したのは刀を出してからの晴人がその場からほとんど動いていないからだ。こうした戦闘では一ヶ所に留まってすることとして考えられるのは術式の準備だ。
簡易符ではなく、刻印符を使って術式を発動する陰陽師の多くは術式の精度を上げるため、術の構築に集中する。攻撃が止んでからずっとそうしている晴人に奏は警戒していた。
晴人がしていたのは式神との作戦会議なのだから逆に攻め立てれば彼女が有利になっていたかもしれないが、彼女は様子を見ることを選んだ。
その様子見を止め、刻印符を出したということは彼女もやる気ということだ。
(注目されるくらいやると七条さんに怪我させるかもしれない)
(そうならないために刃を落としたのだろう?この刀に吸魔の術式を付与して彼女を斬れば戦闘を継続できなくなる)
「倉宮家の人間だからって自分を過信しているの?術式は中途半端で戦い方はお粗末、変に余裕があるように見せて。そんな状態なのに私との試合を受けるなんて馬鹿にしているとしか思えない」
(晴人様は元々そのつもりだったのでしょう?)
(そうだけど)
「でも受けなかったらそれはそれで別の形で因縁をつけてくるでしょ?」
「いちいち人の神経を逆撫でするような言い方、止めてくれない?」
「お互い様だと思うけどな。七条さんはずっと俺のことを倉宮家の人間としてしか見ていないじゃないか。それは良くてこっちだけ駄目なんて不公平だとは思わなかったの?」
(まぁ先に仕掛けてきたのは向こうですし、そもそも口で晴人様に勝とうだなんて無理な話です。屁理屈と皮肉は天下一品ですから)
「そういうすました態度なのも癪に障るのよ!来て、稲荷の子狐!」
稲荷の子狐。七条奏が契約した式神で主な能力は二種類。炎を操ること。そして、他者に化けることである。
「稲荷、お願い力を貸して」
そう語りかけた彼女の言葉に呼応して稲荷の身体が自身の纏う炎で包まれるとその姿は奏と瓜二つなものに変化しており、奏は手に握った呪符に呪力を込め、稲荷はいくつも炎を生み出した。
稲荷はその炎で晴人が逃げ出さないように取り囲み、奏は握った刻印符に呪力を通し、「囲め」と唱えることで炎で檻を形成した。
まだ檻だ。
晴人はこの陰陽術が完成していないことを直感的に感じた。この状態は囲まれているだけだ。こっちを仕留める決定打をまだ打ってきていない。じりじりと肌を焼く炎熱に囲まれているが、閉塞感はない。
檻の中に閉じ込めた対象に一切の危害を加えない。そういった制約をかけることで破壊することのできない術式としてを成立させているのだろう。
制約によって術式自体の強度を底上げし、確実に敵を拘束しようとする術式のようだ。
「これで君は逃げ出せない。それにまだ終わりじゃないわ」
晴人はこの試合における空気がガラッと変わったことを察知した。それは奏が式神を出し、自身の姿に変化させたからではない。
晴人を囲んだ炎が檻に変化し、晴人が追い詰められたように見えたからではない。羽月と小此木の瞳の色が「見る」から「視る」というものに変わり、介入する気配を感じたからだ。
(ここは俺が力を貸すか。身体強化の簡易符を偽装に使って俺が内側から強化しよう。無駄に長引く前にここら辺で終わらせよう)
(・・・)
(思うに相手も同じことを考えているんじゃないか?こんな場所で家の術式を使う気などないだろう。式神を召喚したのが良い証拠だ。次の一撃で決めろ)
酒呑童子は晴人の内側から彼の身体に呪力を通した。
段々と酒呑童子の呪力が浸透してくると両の手に握った刀が異様に馴染んでいるように感じた。身体が作り替わったとまでは言わないが、朱雀が呪力の扱いを慣らしてくれた時のような回路が新造されていくような感覚が晴人の身体の中を駆け巡った。
酒呑童子が永い年月をかけて作り上げてきた戦闘に特化した呪力の通り道。彼の覇業が晴人の歴史にその名を刻んでいく。酒呑童子の回路が晴人に焼き写されたことで晴人の呪力が膨張し、収縮した。
晴人の様子を注意深く観察していた奏は晴人の呪力の膨張と収縮に危機感を持った。
一時的な呪力の増大や大規模術式を使用した代償としての大幅な呪力消費といった場面は自身も経験したが、膨張したことも収縮したことも経験したことがなかった。それが倉宮家の術式によるものなのか、彼の式神によるものなのか分からない。この「分からない」というのは陰陽師にとって最大にして最悪な状況なのだ。
分からないが故に対策が取れず、相手のされるがままになってしまうということだ。
陰陽師の術式は生まれながらに使うことのできる「先天術式」と後天的に身に付ける「後天術式」の二種類が存在する。
後天的に身に付けられる術式の多くはその効果が各陰陽符によって省略、簡易化されている。そのため、陰陽家は後天術式のそのほとんどを把握している。
問題なのは先天術式だ。
倉宮家を筆頭に歴史と伝統のある家は他家に対抗して自家独自の術式を開発し、その行使条件に家の血を組み込むことで先天術式という形を作り出した。御三家や京都九家に代表される歴史のある陰陽家は洗練された先天術式を持つ。
無論、他家がその術式を知るすべはなく、実際に使われている場面を視ることでしか情報を得ることはできない。
その術式を使うということはそれだけ重要な局面であると判断したからということであり、七条家ともなればそう簡単には術式を明かせないのは当然だ。
酒呑童子が決着をつけさせようとしているのは面倒事を早く片づけたいというのもあるが、お互いに先天術式を晒さないことの重要性を理解しているからだ。
奏の方から仕掛けた試合であっても七条家の術式を衆目に晒すきっかけを作ったなどといちゃもんをつけられてはまた晴人に面倒事が舞い込むことになる。
彼は晴人のためにさっさと試合を終わらせようとしているのだ。
朱雀もその意図を理解して酒呑童子の言葉に口を挟まず、晴人に酒呑童子の呪力が馴染むように手伝っていた。
「分かった」
晴人の言葉には諦めに近い感情が込められていた。それは自身に対しても、眼前の彼女に対しても向けられたものであった。
晴人が奏との試合を受けたのは奏の家の名への固執に違和感を覚えた、いやもっと端的に言えば自分がどんな思いでこの塾に来たのか考えもしないで自分勝手に謂れのない文句を言ってきた彼女の態度に晴人は腹を立てていた。
(この術式は多段階術式ですね、珍しい。いくつかある工ほどを一つの術式として構成する形です。式神が彼女の姿をしているのは彼女と同調するためでしたか)
多段階術式とは単一で発動できない大規模な術式を発動させるために用いられる術式発動方法の一つで、主に祭事の際などに使用されるものである。
多段階術式を使用するということはそれだけ大規模な術式を発動しようとしていると周囲に認識されるため、実践では狙われる対象になりやすい。
そのため、対妖に使用する際には後方で警護してもらいながら術式を構築していく。
朱雀が考察している通り、奏が稲荷を召喚して彼女の姿に変化させたのは稲荷を自身に同調させて一人では発動できない術式を使用する気なのだ。
「纏え」
晴人が身体強化の簡易符を使用すると彼の白色の呪力が身体に纏わりついた、ような演出をした。
それに合わせて酒呑童子が晴人に乗り移った。先に身体を酒呑童子の呪力に慣らしていたとはいえ妖の呪力は人間とは大きく異なる。
式神の身体構成は妖であった頃とは異なり、主である陰陽師の呪力が使用されている。式神として現界する際に呪力体を構築するため、陰陽師の呪力を必要とするのだ。
その点が妖と式神の違いであるが、世界に存在する呪力を使って式神が姿を形作ることも出来なくはない。
ほぼ全ての式神がそれをしないのは世界の呪力は一般人から微細に漏れ出た練られていない無色の呪力だからである。
陰陽師は自身の体内で呪力を練り、その身体に溜める。その練った呪力で陰陽術を使うというメカニズムなのだ。
練られた呪力は色のない呪力とは異なり、練度にもよるが、その内包量は何十倍も異なると聞く。自身の力を十全に扱いたいであろう式神達は世界の呪力ではなく、主の呪力を使って姿を取るわけだ。
具体的には式神は主の呪力を自身の呪力に変換して呪力体として姿を形作る。人間とは異なり、肉体を持たない妖はその魂で呪力を練る。
式神の魂から直接送られる呪力というのは人間のそれとは異なる妖本来の呪力なのだ。
酒呑童子の呪力を受け入れきった晴人の身体は云わば、爆弾。呪力を通した段階で晴人の呪力が膨張したのは膨大な酒呑童子の呪力に身体が追い付かなかったから。
いくら朱雀が調整しようとオーバーヒート一歩手前のような状態にはどうしてもなってしまう。
術式の発動訓練のために晴人に朱雀が乗り移った時も似たような状態になった。あの日は今日ほどの出力を必要としていなかったというのもあって、かなり薄く朱雀の呪力を通して術式の感覚を晴人に掴んでもらう訓練をした。
強引に身体に慣れさせるこの方法、朱雀も酒呑童子も大いに反対した。反対どころか、若干怒っていた。
駄目だ、と。身体への負担が大きい、と。
皆、一様に反対した。
特に反対したのは莫耶だった。あまり自分の意見を言わない彼女がああもはっきりと「駄目です」と口にした。そのことに最も驚いていたのは姉の干将だった。
干将は驚きはしたが、嬉しくもあった。
「稲荷、行くわよ!」
(来た)
今度は奏ではなく、彼女に変化した稲荷が新たに六つの炎を檻の周りに配置し、その炎は奏の姿に変化した。
彼女達は一糸乱れぬ動きでその手に更に炎を生み出し、その豪炎は弓へと形を変えた。
「七度の傾陽、求めるは白射」
(祝詞!)
祝詞。
現代の簡易化された陰陽術において言葉を唱えるということは術式発動の時間を無駄に使用してしまうのだ。
「爆ぜろ」、「纏え」といった短い言葉で術式が成立するようになった現代陰陽界で祝詞を唱えてまで術式を発動する意味はないと言える。
簡易符も刻印符も既にある術式を発動するための道具。一方で、祝詞が必要な術式は構築を自ら行わなければならない。
この違いは高速化された現代陰陽戦闘では致命的と言える欠点だ。
それでも彼女がこの術式を使用したということはそれだけこの術式とそれを扱う七条奏という存在に自信があるのだろう。
奏の隣に立っていた稲荷が晴人を取り囲む彼女の分身のように自身の姿を炎で形作られた弓へと変化させた。
奏が弓の弦に指をかけると一本の白色の矢が彼女の弓に現れ、彼女と全く同じ動きを見せる分身にも同時に全く同じ矢が現れた。
(晴人様、大丈夫ですか?)
(まだ大丈夫。次は?)
(白の刻印符を出せ。それを刀に纏わせ、全力で呪力を刀に込めろ)
制服の内ポケットから白地に白文字で術式が刻印された特異な呪符を取り出した。
酒呑童子が白の刻印符と呼んだこの呪符に呪力を込め、左手に握る刀に纏わせた。刻印符の中にも種類があり、術式の触媒になるもの以外にもこうして武装に纏わせることのできる呪符も存在する。
この呪符の効果は纏わせた物体の強度を著しく向上させる。その代わりに誰一人として傷付けることができなくなるというものだ。
晴人は自身のありったけの呪力を両手で握った刀に込める。晴人の持つ膨大な量の呪力を送られればほとんどの物体が形を保てなくなり、自壊する。それを防ぐために白の刻印符を刀に纏わせたのだ。
奏は弦を引き、その矢を晴人に構えた。奏も晴人の握る刀に膨大な呪力が収束していることは視えている。こちらの呪力を上回る量があの刀に込められているのが分かる。
だからといって術式を止めたりなどしない。
今できる全力で倉宮晴人を、倉宮家を倒す。
七条家に生まれた陰陽師として倉宮家の陰陽師を倒し、七条家の力を証明する。その一心を矢に込め、奏は最後の一節を口にした。
「威なるその矢で阻を射貫け!」
今君が必要なんだよ所詮は他人事と都合よく片づけないでよこれは僕らのエマージェンシー