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あやかしばかし  作者: 東上春之
第一章 出会いと覚醒
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第七話 出会いと覚醒 七

更新です。Twitterでも活動しているので是非。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も連載しているので見てみてください。

 教室を出た奏を追って宗近も実技場に向かった。


「倉宮、無理はするなよ」

「多分大丈夫です。そんなに長引くものにはならないと思います」

「晴人君は奏に勝つつもりなの?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない。勝てないとは思ってないけど、勝つことが目的じゃないからな」


 無論、式神達を出せば確実に勝てる戦いだ。

 七条奏は形式上、晴人と同じ陰陽師だが、契約している式神の格も、数も、そして長さも全てで晴人に劣っている。

 彼女が式神と契約したのは二年前、彼女の兄であり、次期七条家当主七条修宏が二体目の式神契約を成功させた時、同行していた彼女も兄と同じ種類の妖と契約を交わした。

 彼女が契約した妖は「稲荷の子狐」、京都北部に祀られる神の遣いの内の一匹と契約した。彼女の兄が契約したのも神の遣いの内の一匹だ。

 七条家は代々その当主が「稲荷の大狐」と契約し、その力を行使する。子狐と契約するのは当主としての資質を見極めるためだ。子狐を通して大狐が精査し、大狐に認められて初めて正式に当主の座に座ることができる。

 妖の中では中位以上であることは間違いないが、生憎晴人が十五年以上契約している式神達はそれをゆうに上回る。

 だが、晴人の考えていることはそうではない。

 相手の手の内は何も知らない。術式も、式神も、戦い方も何も知らない。けれど、晴人は彼女と戦わなければいけないと思った。

 何かを得ることもない、意味のない戦いに意味を付け加えるのなら戦うことに意味があると晴人は言った。

 勝ち負けじゃない。彼女と戦うことに意味がある。その言葉に羽月は一層、晴人に対して興味が湧いていた。


「いいね、今までそういう人いなかったから新鮮」

「ん?なんて?」

「晴人君って今まで普通の高校に通ってて、陰陽とは関わりない暮らしをしてたんだよね」

「そうだけど」

「この試合に勝ってその時の話を色々聞かせてよ」

「いいけどそんなに面白くないぞ?」

「私は君の言う普通を知らないからね。知りたいの、こことは違う世界を」

「分かった。でも負けても文句言わないでよ」

「大丈夫。さ、実技場に行きましょ。奏が待ってるわ」


 羽月に促されて晴人も実技場へ移動した。移動中、羽月は七条の術式について話そうとしたが、晴人はそれを拒んだ。

 一方的に相手の手の内を知るのはフェアではないと晴人は言った。実力差がある時点ですでにフェアではないのだがと思ったが、羽月は晴人の思いを汲むことにした。

 先に実技場に着いた奏は部屋の奥で座っていた。

 七条奏。

 セミロングの茶髪を中くらいの位置でまとめ、背は高過ぎず低過ぎず。その綺麗な顔を台無しにするくらいには今の彼女の表情は強張っていると言わざるを得なかった。

 京都の名門七条家に生まれ、京都という狭い世界の更に狭い陰陽界で生きてきた。生存競争と淘汰の連続、上に上にと幾人もの陰陽使いが式神と契約し、陰陽師となり、妖とそして陰陽師と戦っていった。

 人間を襲う妖を払い、同じ陰陽師を蹴落とそうとする陰陽師を制したりと幼い頃から醜悪な世界を見てきた。

 その中でも一際輝いていたのは常に陰陽御三家だった。幼少期の奏には理解できなかったことだが、京都九家の家々は自分達より陰陽師としての格式の高い家であると分かってはいるのに嫉妬することを止められないらしい。

 今となってはその一端を感じ取れるようにはなったが、九家で集まった時、彼らは一様に御三家のことを話題にはしようとしなかった。

 世間と同じように自分達も話の話題にしてしまっては陳腐な表現だが、負けていると感じてしまうそうだ。陰陽御三家と世間が呼んで五百年以上、その歴史も伝統も他家とは比較にならないほどだ。

 だが、京都九家はそれが認められない、我慢ならない。嫉妬か、羨望か、憎悪か、そういった何かを彼らも積み重ねてきた。

 だから、奏は七条家が自分を京都から東京に引っ越させると知らされた時、驚きを隠せなかった。

 彼女も京都九家の一家としてそれなりにプライドと誇りを持って立派な陰陽師になるために研鑽を重ねてきた。それが突然京都から離れ、東京の親戚の所に預けるなど理解ができなかった。

 父と母に説得を試みたが、結果は上手くいかず、京都の中等教育機関に籍を置いたまま、研究生として青霊堂の中等科に通うことになった。

 七条家と塾長である陰山が話し合い、入塾前から学生寮を使用させてもらえるかつ、授業にも席を用意してもらえることとなった。初めは不思議に思われたが、陰陽の家の事情ということで周りも理解し、新たな同級生として受け入れられた。

 新たな日々の中で彼女の心の中は何故という疑問で一杯だった。

 何故、自分は京都ではなく、東京にいるのか、と。父から連絡が来た。

 母は東京に越して来てから毎日連絡を取っているが、父からの連絡は久し振りだった。その内容は彼女の式神についてだった。

 稲荷の子狐の内の一匹と契約して数ヶ月、その親である大狐から当主である父を通して奏に労いの言葉が送られたのだ。

 古くから神の遣いとして祀られる稲荷の大狐は妖としての格も高く、七条家が京都九家の中で正当な藤原家の血を継ぐ一条、二条、九条に次ぐ発言力を持つのは稲荷と契約していることが大きい。それでも最も格式高い四条家にはどの家も頭が上がらないのだが。

 大狐からの言葉に嬉しさと同時に自分はまだ未熟であると再認識した。

 だからこそ、奏は強さに拘った。

 三条家と共に一条家から分かれて生まれた七条家が血を重んじる陰陽界で地位を確立するために彼女は今以上の何かが必要であると考えていた。七条家の方針としては穏健そのもので彼女はそれでは駄目だと常々思っていた。

 そんな時だ、その何かが降ってきた。

 倉宮家の人間が陰陽塾に編入してきた。何かを得る時だと思った。

 だから、試合を申し込んだ。倉宮家に勝てれば七条家を証明できると思ったから。

 しかし、その者はこう言った。まだ陰陽術を学んで二日だ、と。落胆した、父や兄が言っていた倉宮家とは何だったんだと。

 倉宮の姓を名乗りながら陰陽術をつい最近まで学んでいなかったなんて侮辱以外の何物でもない。陰陽塾は陰陽師を育成する場所だ。

 陰陽の基礎もできていないような者が何をしに来たのだと腹が立った。

 だが、奴は逃げなかった。

 その判断は意外だったが、単に売り言葉に買い言葉なだけだ。試合をしてもすぐに決着はつく。

 奏が一人考えごとをしている最中、宗近はその近くで黙って立っていた。彼はこの試合が意味のないものであると分かっている一人だった。

 だから、彼女が晴人に試合を申し込もうと席を立った時、宗近は彼女を止めようとした。彼女が口に出す言葉とその後にあるものは彼女が欲するものではないと彼には分かっていた。

 まさか晴人が陰陽術を学んで二日とは思いもしなかったが、それを知らずとも宗近は奏を止めていただろう。晴人が倉宮家の名に違わず強力な陰陽師であったなら奏など相手にすらならない。彼はそれをその目で見たことがある。

 彼もまた倉宮家に命を救われた者の一人なのだ。倉宮家は他の御三家と比較しても全国的に知名度が高いのは全国各地を巡回しているからだ。

 分家の三家と倉宮家が支援する各地の家々と協力して全国的な人的陰陽ネットワークを構築している。これは各地での妖による被害を抑えるためだけでなく、術式や呪符の情報を素早く共有し、改良品や新たな物を作りやすくするという狙いもあった。

 宗近が初めて倉宮家の縁者と出会ったのは彼の育った九州で大規模な妖による騒動が起こった時であった。

 鹿児島県で起こった大規模な騒動は結果的に言えば倉宮家と協力する家々、陰陽局から派遣されていた職員達によって何とか大きな被害が出る前に事態は収束した。

 宗近が倉宮家の戦闘を目撃したのはほんの一部だったが、それでも陰陽術を学んでいた彼にとってその光景はとても眩しく見えた。

 その後、避難所での対応であったり、迅速な復旧作業であったり、宗近は倉宮家が名前だけの家ではないと身に染みてそう感じた。

 襲ってきた妖がいなくなり、街の安全が確保されるまで彼らは街に滞在し、救われた者達と分け隔てなく接していた。宗近もまた和倉家に仕えているという人から陰陽術の指導をしてもらうなど積極的に交流していった。

 彼らが別の都市へ移動するとなった日、多くの者が送迎に行った。それは彼らの人望と彼らへの感謝をそのまま示しているように宗近は感じた。

 そこから宗近は彼らのような勇敢で自分から人を助けることのできるような陰陽師を目指すようになった。それと同時に倉宮家のことをもっと知りたいと思った。

 彼の陰陽師としての指針の根底には彼らに救われたあの出来事が根差している。まさか東京の陰陽塾で倉宮晴人と出会うことになるとは夢にも思わなかったが、それ以上に奏がこんなにも感情的に倉宮晴人に言葉をぶつけるとは思わなかった。


(止めたかったけど、倉宮も試合を受けちゃうし。七条が家に誇りを持つのは理解できないわけじゃないが)


 宗近の考えとは裏腹に戦うことを決めた二人に彼は何もできはしなかった。

 晴人が実技室に到着し、ドアが開くとそれに気づいた奏は立ち上がり、晴人に向き直った。続いて入ってきた小此木は晴人と奏の間に立ち、他の生徒達は壁際に移動した。晴人と奏の間に走るピリピリとした空気に息を呑んだ。


「それでは七条奏と倉宮晴人の試合を執り行う。公正な審判を行うことをここに誓い、両者正々堂々と戦うように。後遺症になりかねない怪我を負う可能性を感じたらその時点で止めに入るから好きなように暴れろ」

「もちろんです。叩きのめします」

「はい」

「では」


 小此木が右腕を上げる。それに合わせて奏は制服の胸ポケットから呪符を取り出した。晴人は一枚だけ呪符を取り出し、奏から距離を取った。


「始め!」


 小此木の合図を聞き、最初に動いたのはやはり奏だった。晴人に起動させた三枚の簡易符を投げ、晴人の目の前で爆発させた。


「爆ぜろ!」


 晴人は連続して爆発する呪符を防御の刻印符とバックステップで防いだが、その煙は煙幕のように晴人と奏の間を隔てて奏の姿を見失った。

 様子見か?と思った矢先、半透明の狐型の式神が飛びかかってきた。式神符が形作った仮の式神が煙を目くらましに仕掛けてきた。

 晴人も風の刻印符を使い、正確に核となっている式神符を切り裂いていく。ちらりと奏がいるであろう位置を見るとそこに姿はなく、左右から新たに炎が襲ってきた。


(左右から炎です)

(了解)


 後ろに避けるか前に出るか。晴人は迷わず、背中に風を起こし、勢いに乗って前に出た。更に風を強くさせて背後の煙を一掃した。奏の姿が露わになると晴人は雷の簡易符に呪力を通し、雷撃を飛ばした。


「ほい」


 襲い来る雷撃を晴人から距離を取りながら避けていく奏。だが、晴人は攻撃の手を緩めるわけもなく、畳みかけるようにポケットから簡易符をばらき、バチンと掌を合わせた。


「いけ!」


 晴人の呪力を注がれて放たれた簡易符が風の刃に姿を変えて奏の行く手を阻み、別の呪符が雷と炎を降らせていく。

 奏の動きの先を読んだ晴人の詰めに奏は苦戦しながらも迫る術を落とし、晴人に駆け寄った。やはり、才はあっても経験が圧倒的に足りていない。まだ陰陽術が身体と頭に馴染みきっていない。

 晴人の術式に対するイメージが単調であまりにシンプルな術になってしまっていた。朱雀に陰陽術を習っていた時からそれは分かっていたことだ。だからこそ彼女に付け焼き刃の陰陽術など効かないのは試合を受けた時から予想していた。


(私を使って)


 干将の声に晴人は彼らしくなく少しだけ迷った。やるとしても彼女の武装生成までだ。

 彼女自身の力を使うつもりはない、例え負けることになったとしても。実際、負けたとしても何かしらのペナルティもないのだが。

 晴人が懸念したのはこれからのことだ。

 公に晴人の式神とするのは干将にすると決めたが、無暗にその力を振るうのは本末転倒であり、わざわざ他の式神を隠している意味がない。干将の能力は使っても力は使わない、出し惜しみが勝敗に影響を与えたとしても。


(駄目。能力で刃を落とした刀を作って)


 晴人ならそう言うと分かっていて干将もそう口に出したのだ。

 干将は「はーい」と気の抜けた声をあげ、晴人の手に一振りの欠刃の刀を生成した。晴人は向かってくる彼女に向けて刀を構えた。距離を詰めていた奏は晴人の手に刀が握られたのを見てその足を止めた。


「刀なんてさっきまで持っていなかったわよね?」

「持ってなかったよ」

「どこから出したのかしら?」

「陰陽師なら普通言わないよ」


 聞かれても言わないんだから無駄に聞くなよという皮肉と陰陽の家の陰陽師ってことにプライドを持ってるのならそれくらい考えろという皮肉を込めた晴人の言葉に多少表情が変わったが、すぐに取り繕って元の顔に戻した。


「それもそうね。あなたの式神の力かしらね」


 奏も式神と契約している陰陽師だ。自身を鎧にして契約者に装備させる式神や武装に憑りついて能力を与える式神と出会ったことがある。

 倉宮家の戦闘スタイルから考えれば晴人の式神がそういった妖が選ばれるというのはおかしなことではない。呪符による中・遠距離戦は自身の陰陽師としての実力を確認するため、刀を持ったということは倉宮としての戦い方をするのだろうか。

 奏が足を止めたのはそれを見極めるためでもある。はっきり言って奏は晴人に負けるとは一切考えていない。

 むしろ、初め消極的だった晴人が試合を受けた理由の方に意識が向いていた。

 奏と晴人では経験に大きな差がある。奏は陰陽局から七条家が受けた依頼を何度か手伝ったことがある。妖の調査や脅威度の確認などが主だったが、中には退治依頼が含まれていたこともある。

 まじかで陰陽術が妖に振るわれる所も見ているし、何体か払ったことだってある。日々の術の研鑽も怠っておらず、非常に勤勉に陰陽術を学んでいる。

 経験の差の開きはこの世界では致命的だ。この試合は初めから奏が勝利する試合なのだ。

 不利なんてレベルではない。陰陽術を学んで二日の人間に負けるとするならばそれこそ経験や研鑽では埋められぬほどの圧倒的な才の違い。

 その差を飛び越してしまうほどの陰陽師としての才が「倉宮晴人」にあるとするならば奏は負けてしまうのかもしれない。


「何人か使役しているのを見たことがあるわ、武器に憑依する式神や自身を武器や防具にする式神。あなたの式神もその類なのでしょうね。であればその武器を壊してしまえば一定時間あなたは式神に頼れなくなる。生憎、私の式神も七条家の戦い方も近接向きではないから武器破壊なんて狙わないけど」

(七条の言ってることってほんとか?)

(えぇ、彼女が言うような妖は存在しますし、そちらの方が一般的ですね。自身を武器にするのも武器に憑りつくのも大きく呪力を使いますから式神に頼れなくなるというのは呪力が回復するまで再度、武装化できないと言いたいのです)

(干将や莫耶って呪力で武器を作る能力だろ?)

(そうです。私達は自身の呪力を武器の形にして現界させるというものです)

(七条の口から武器を作る式神のことが出ないってことはもしかして)

(そうですよ。彼女が言った妖達は自身の魂を武装に変換することで有から有を作っています。彼女達のように無から作り出せる妖は他に存在しません。恐らく倉宮家は陰陽局にも干将と莫耶のことは報告していないでしょうね。ましてや一介の陰陽師見習い風情が知るはずもありません)


 朱雀の言葉が段々荒くなっていたことはさておき、晴人は朱雀と莫耶と七条から得た情報と現状を振り返り、こう思った。


(干将の能力もバレちゃ駄目じゃん)


 と。


(てへ)

悲しみも弱さも君からこぼれたすべて手を差し伸べたいさあはじめよう僕らの未来を勝ち取るために

キャラ名:七条修宏しちじょうなおひろ

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