第六話 出会いと覚醒 六
更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も連載しているので見てみてください。
昨日に引き続き、陰陽術の基礎についてみっちりと叩き込まれ、案の定、晴人はパンクした。
幸いだったのは酒呑童子が出掛けていて体術の指導がなかったこと。その代わりに三時間半一般的な陰陽術と倉宮家の術式について細かく解説され、頭の中でのイメージはあらかた固まり始めていた。
朱雀の講義を終え、一夜明けるとベッドの横に置いていたクッションに朱雀が座っていた。起きてすぐに朱雀の姿が目に入り、少し驚いた晴人だったが、何か伝えることでもあるのだろう。
「おはよう。制服が届いたのか?」
布団から出てベッドから降りる晴人。
座っていた朱雀も立ち上がり、晴人を抱き締めた。彼女は伸ばした両の手と触れ合う身体で晴人の身体を隅々までチェックし、解放された呪力が馴染んでいることを確認した。
その間に晴人の身体を堪能したことは言うまでもない。晴人を離し、彼女が付けた服の乱れを直すともう一度晴人を抱き締め、改めて挨拶をした。
「おはようございます、晴人様。届いた制服は居間で莫邪がアイロンをかけてくれています」
「じゃあ行くか、陰陽塾に」
「はい」
式神達との朝食を済ませ、莫邪が丁寧に手入れをした制服に手を伸ばし、その証を身にまとった。父か母がサイズを送ったのだろう、制服はぴたりと吸い付くように身体に合わさった。
「凄いな。完璧に身体に合ってるよ」
「似合ってますよ、晴人様」
「うん、いい感じ」
莫邪は自分が手入れした制服を晴人が着ていることに喜び、干将は馬子にも衣裳と言わんばかりに親指を立て喜んでくれていた。
「陰陽塾の制服は全て特注ですからね。それに着用者の身を守るための刻印術式が組み込まれていて装備として見てもかなり有用な物ですよ」
陰陽塾の制服は地方によって異なり、晴人の通うこととなる青霊堂の制服はジャケットにシャツ、ネクタイを締め、スラックスにベルトを通すスタイルだ。
黒色を基調とし、要所要所にアクセントとして白色をあしらったモノトーン調の制服だ。
「そんなものを作ってくれるなんて陰陽塾って凄いんだな」
「えぇ、陰陽界は狭いコミュニティですが、その実、陰陽界とは関係ない企業も資金を拠出していたりとかなり広い繋がりを有しているのですよ。その他にも色々と知っておいていただきたいことはありますが、後にしましょう。最後の編入手続きが残っています。早速陰陽塾に参りましょう」
「行こう。青霊堂に」
晴人が玄関の扉を開け、新たな一歩を踏み出した。周囲の警戒から戻った鵺、用事を済ませてきた酒呑童子を加え、式神全員がその一歩を見届けた。
「誇らしいわね」
「あぁ」
「生まれた時から見てたからねぇ。はっきり言って」
「格好いい、です」
「そうだね」
「え!いたの?鵺」
酒呑童子、朱雀、干将、莫耶、鵺。
晴人を支える五人の式神もまた晴人の後に続いて扉をくぐると同時に酒呑童子、朱雀が服を変化させてフォーマルなシャツに黒いジャケットを羽織り、干将、莫耶が晴人の耳に、鵺が首にアクセサリーとして纏われた。
玄関からすぐ横の車庫から酒呑童子が出した乗用車に乗り込み、青霊堂へ車を走らせた。
酒呑童子が運転すると妖を視れない一般人には一人でに車が動いているように見えてしまう。そのため、形代を用意して一般人にはその形代が運転しているように見せているのだ。
酒呑童子が前方を、朱雀が後方を警戒して移動すること十五分。
西東京の少し奥、まるで京都のように区画整理された都市の中にある二棟のビル。
これが東京の陰陽塾、青霊堂だ。一見連なる巨大なオフィスビルに見えるが、この施設は最先端の設備と環境が整った陰陽施設なのである。
晴人を乗せた車はビルの裏から地下駐車場に入り、車を止めると酒呑童子は車のキーを晴人に渡し、二人は晴人の中へ入っていった。晴人が車から降りて館内に入ろうとすると扉の横に黒いスーツを着用した男性が立っていた。
「ようこそいらっしゃいました。倉宮晴人様。塾長がお待ちです、ご案内いたします」
「ありがとうございます」
エレベーターが十五階に停まり、彼に案内されて晴人は塾長室の前までやってきた。
案内人が三回ノックをし、扉を開けて晴人を招き入れた。案内人の後ろについて部屋に入ると奥に座る初老の男性の元へ向かった。
シルバーグレーの髪を後ろでまとめ、歴戦の雄を感じさせる風貌。
スーツの上からでも分かる筋肉、陰陽師の中でもかなりの術者なのだろう。これから通わせてもらうのだ、自分から挨拶すべきだと思い、晴人は一歩前に出た。
「初めまして倉宮晴人です。これからこの陰陽塾でお世話になります。よろしくお願いします」
頭を下げ、顔を上げると資料を読んでいた「陰山登柳」青霊堂塾長が資料を置いて晴人の方へ顔を向けた。
「倉宮の名は軽くはないぞ」
その言葉と共に陰山は晴人に厳しい目を向けた。いやその目以上にその声が威圧感を放っていた。
「はい。覚悟は当にできています」
「何をもって覚悟とする」
「自分の未来を自分の力で掴み取る覚悟です」
晴人は真っ直ぐに陰山の瞳を見返した。晴人がこの陰陽塾に来た理由はただ一つ。玉藻前の暴走を止める力を得ること。
彼女が今後どのような手段に出るか、どういった行動を起こすのか分からない今、やれることは力をつけることだけ。彼女に対抗するだけの力がなければ周りの人間も、ましてや自分の身すらも守れない。
それに玉藻前が晴人と契約していながらその主の身を狙う理由も判然としない。
知らなければいけないことは山ほどある。式神の主として、陰陽の家に生まれた者として、そして一人の人間として知らねばならない。そう晴人は考え、この陰陽塾の門を叩いた。
「ここで力を得て何を成す」
「・・・分かりません」
何を成すか。今の晴人はその問いに対する明確な答えを持っていない。その問いは今ではなく、未来について語っているからだ。
「俺はまだ陰陽師になれていません、陰陽の家に生まれただけの一般人です。倉宮家に生まれただけで今まで妖なんて視えなかったし、陰陽術も見たこともなかった。ここに来たのだってそうした方が周りに迷惑がかからないと思ったからだし」
晴人が今まで通りあの高校に通い続ければ、玉藻前は一般人だろうと晴人の事情に巻き込んで精神的に晴人を攻撃するだろう。
友人も、晴人に関係ない人でさえも攻撃の対象に含まれてしまうかもしれない。妖を認識できない彼らが突然理不尽な暴力に襲われるということだって考えられる。
「一昨日から陰陽の歴史とか陰陽術とか教わったけど、それがどういったものなのかいまいち分かってないし。まだ自分なりの答えを探す時なのかなと思ってます。だから、何を成すかは未来の俺に聞いてください」
そう笑いながら気の抜けた声で答えた晴人に陰山は一瞬眉を顰めたが、陰山の教え子の一人であった彼の父もまた同じように未来についてよく語っていた。
幼い頃から陰陽界の清と濁を見てきた彼はよく未来がもっと良くなるようにと、明日がもっと笑えるようにと一人思いを巡らせていた。
だからか自然と彼の周りには人が集まっていた。
彼の光に当てられて惹かれた者が幾人もいた。今の晴人はまだ陰陽界を知らないただの少年だが、その真っ直ぐな瞳には進むべき道が見えているように陰山には思えた。
だから、彼はこう言った。
「力と名、その意味と在り方を学び、成すべきことを模索しろ。そして、倉宮の背負う責任と陰陽師としての役目を学びなさい」
「はい。よろしくお願いします」
「うむ。私はこれから藤堂と会ってくる。田島、小此木を呼んでくれ」
「分かりました」
田島と呼ばれた男性は部屋を出た。数分すると彼と一緒に背が高く、体格の良い男性が入ってきた。
「彼が小此木勇人だ。君は彼のクラスに編入する。小此木、倉宮を案内しろ」
「はい。では行くぞ」
「分かりました。失礼します」
晴人は小此木に連れられてエレベーターに乗った。塾長室から小此木の教室に移動する間、彼から軽く説明を受けた。
「また後でも話すが、君の担任の小此木だ。よろしくな」
「倉宮晴人です。こちらこそよろしくお願いします」
「これから行く教室は少し癖のあるメンバーが多くてな。だが、才能溢れる者が多く、よい刺激になるはずだ」
「癖、ですか」
何だか不穏な前置きに眉を顰める晴人だった。
「ここだ。じゃ入るぞ」
扉を開けてスタスタと入る小此木の後を追って晴人も教室に入った。教室は奥に行くにつれて背が高くなる大学の教場のような作りでぱっと見で三十人ほどが座っているように見えた。
「今日から編入する倉宮晴人だ。倉宮」
小此木が晴人の名前を口に出すと座っていた塾生達が「倉宮?」、「倉宮!」と口々に反応し始め、教室がざわつきだした。
「はい。倉宮晴人です。今日からこの塾に通うことになりました。よろしくお願いします」
そう晴人が挨拶をすると騒がしかった教室は一気に静まり返り、その注目が晴人に集中した。厳しい視線で晴人を睨む者、倉宮という名に興味を示す者、品定めをするように晴人をじっくりと観察する者とその様相は様々だった。
陰陽の名家は京都の陰陽塾に子息を通わせる。
それは歴史と伝統を重視するためであり、京都を中心とする彼らは術に対して強い誇りを持っている。東京に住む陰陽師は実践を意識した者が多く、そういった面でも陰陽師としての意識の違いや塾の方針の違いなども存在する。
青霊堂に通う彼らが晴人に対して怪訝な視線を向けたのは「倉宮」という家の名に反応した側面が大きい。今は亡き土御門家から分かれた陰陽御三家の一家、それも分家の高倉、和倉、朝倉ではなく、本家の倉宮家の人間が入学してきたのだ。
実力と伝統が全ての陰陽界において御三家というのは他の家とはその在り方が異なる特別な家なのだ。
皆、晴人が京都の紫水堂や鏡黎館に入塾せず、青霊堂に入ってきたことを疑問に思っているのだ。
彼は、倉宮家は何をしに来たのか、と。
「よし、今日は実践だ。別館の第三実技室に移動してくれ。倉宮はどうする?」
「俺は」
「先生。私、彼と試合がしたいのですが、よろしいですか?」
ある一人の女子生徒が席から立ち上がり、晴人を指差して声を上げた。
「止めろよ七条」
「天草は黙ってて。先生、彼と試合をさせてください。次の講義は実践ですよね?」
声を上げた女子生徒を止めようとしたのは「天草宗近」。
そして、コツコツと靴の音を鳴らしながら後ろの席から階段を降りてきた彼女は「七条奏」だ。
七条奏は京都九家と呼ばれる古くから歴史と伝統のある家の出身で、この京都九家は陰陽御三家に並々ならぬ対抗心を抱いている。
京都九家とは一条から九条の九家が作っていた相互補助的なコミュニティに由来し、土御門家が倉宮家、鷹衛家、雅代家の三家に分かれ、陰陽御三家と世間が呼ぶようになったことで彼らは自分達を京都九家と呼ぶようになった。
それ以来、彼らは御三家に対して様々な面で対抗するようになり、その行動には他の御三家も手を焼いているそうだ。
もちろん、晴人が陰陽界の事情を知るはずもなく、先ほどから晴人の式神達が黙って見守っているのは朱雀が九家について晴人に教えなかったからである。
普段の彼らなら晴人に対するこのような無礼を許すはずもなく、すぐさま彼女を締め上げているだろう。
「確かにそうだが。その前に何故試合をしたいのか聞こうか」
「何故?それは私が七条家の人間で彼が倉宮家の人間だからです」
小此木も陰陽師として長い。彼女が言わんとすることに思い当たる節がないわけでもない。
陰陽御三家が京都九家にライバル視されているというのは周知の事実であり、塾長にこのクラスに晴人を編入させると言われた際、小此木はこうなるのではないかと陰山に進言していた。
陰山はそれを承知で晴人をこのクラスに入れると決定した。塾長の意図を汲むのであればと小此木は晴人に話を振った。
「こう言っているが倉宮はどうする?」
「俺まだ陰陽術を学んで二日とかなんですけど」
その晴人の言葉に一同が言葉をなくし、今度は教室が静まり返った。
「・・・それは本当か?冗談とかではなく?」
困惑する小此木。
「はい。最近まで妖とか見えなかったですし、本格的に陰陽術とかについて知ったのもここ数日なので」
「そうか、お前よく入学できたな」
「そう言わないでください。遅れているのは分かっているのでちゃんと勉強してますよ。それに目的を持ってここに来てるので」
「ぅざけないで」
自分を蚊帳の外に置いて会話を続ける晴人と小此木に奏は苛立ち、拳を強く握った。
「ふざけないで!私を馬鹿にしているの!?あなた倉宮の人間でしょ、ならなんでまともに陰陽術も使えないの?」
「そう言われてもほんとなんだよ。ついこの前まで俺は普通の高校に通ってたし、陰陽術なんて知らなかった。君とは違う世界で生きていたんだ」
「肩透かしを食らった気分だわ。だからと言って前言撤回はしないわ、私との試合を受けなさい。七条家の人間として陰陽術というのをその身体に教えてあげる」
(何でこんなに突っかかって来るんだ?うちって結構嫌われてるの?)
朱雀が説明しなかったから晴人はどうして頑なに彼女が目の敵のように自分に噛みついてくるのか分からなかった。
彼女はずっと七条家、倉宮家と家の名前ばかりを口にし、主語を大きくして話している。それが晴人には自分を奮い立たせる虚勢にしか聞こえなかった。
「と言われているがどうする倉宮?今のお前と七条じゃ差があり過ぎるからな。無理にとは言わないぞ」
(晴人様の好きになされるのが良いと思いますよ。向こうは晴人様が式神と契約をしているだなんて考えてもいないでしょう。勝てますよ)
(余裕でね)
(はい。もちろんです)
何が彼女をここまで駆り立てるのか。どうして彼女はこんなに敵意を燃やしているのか。晴人には分からない。
けれど、ただ一つ分かることがあるとすればそれは彼女が一度も晴人を見ていない、ということだ。彼女はずっと倉宮家という名前に対して視線を向けて「倉宮晴人」を一度も見ていない。
朱雀、干将、莫邪はその傲慢さに気が付き、また晴人の中に火が付いたことにも気が付いたのだ。酒呑童子は言葉にはしないが、やってしまえとそう言っているのを晴人は胸の内から感じていた。
陰陽術はまだ基礎しか知らない。倉宮の術式もまだ上手くは扱えない。戦い方もまだよく分からない。だというのに心がやってしまえと騒いでいる。
倉宮家だ、七条家だなどとそんなことはどうでもいい。ただ売られた喧嘩を買いたいだけ。
そう思った矢先、また別の女子生徒が晴人の元へ近づいてきた。
「倉宮君のアクセサリーおしゃれだね。どこの?」
急に左から声がして顔を向けるとほんの数cmの距離で左耳のイヤリングを見ている女子生徒がいた。特徴的な肩までの金色の髪にはっきりとした目鼻立ち。
特にその翡翠色の大きな瞳には呪力とは違った釘付けになる魔力があった。
晴人がすぐにその違和感に気が付けたのは制服の下にかけている鵺のネックレスが頭に直接、危険信号を鳴らしてくれたのだ。
「これは、実家から贈られてきた物なんだ。それより君は誰?」
若干答えるのが遅れたのはどう嘘を吐こうか少し悩んだからだ。
アクセサリーを取り扱っている会社なんてほとんど知らない晴人は贈り物ということでその場を切り抜けようとしたが、眼前の少女はその言葉に納得した様子ではなかったため、晴人は無理矢理話題を変えることにした。
「あっ私?私は「真波羽月」。よろしくね、羽月って呼んでね」
「こちらこそよろしく」
「うんうん、それで倉宮君は奏と試合するの?奏は強いよ~」
(この女生徒、妙に馴れ馴れしいですね。それに、これは)
何だか朱雀が頭を悩ませているようだが、晴人は羽月に向き直り、その瞳を真っ直ぐに見つめ返した。晴人の行動が意外だったのか、羽月の口の端が少し上がった。
「関係ないよ」
羽月にそう言うと晴人は小此木の方へ顔を向けた。
「先生。七条さんとの試合、受けますよ」
「勝算はあるのか?」
「勝つためにやるんじゃないんです、戦うためにやるんです。七条さん、それでいいかな?」
「先に行ってるわ。羽月、案内してあげてくれる?」
「いいよ。頑張ってね」
「えぇ」
一人でいた君と僕が出会ったそのワケを今知りたい立ち上がれ世界の憂鬱をひっくり返すのは僕ら次第さ
キャラ名:陰山登柳、小此木勇人、天草宗近、七条奏、真波羽月