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あやかしばかし  作者: 東上春之
第二章 燃ゆる古都、揺れ動く影
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第五十九話 燃ゆる古都、揺れ動く影 その十八

更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非フォローしてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も書いているので是非読んでみてください。

 クラスメイト達からの割れんばかりの歓声に背を向け、晴人は始めに立っていた位置まで移動した。歩き終わって振り向くと思いきり蹴り飛ばした駒井は看護職員達に担がれ、壁につけられた非常用のドアから運ばれていった。

 蹴りが当たった直後、とっさに駒井は身体強化術式を何重にも張っていたから高速で壁にぶつかった衝撃で気を失ったのだろう。流石に鏡黎館の代表者に選ばれるだけはある。突進の加速に使おうとしていた術式から即座に自身の保護のために意識を切り替えるなんて、本当に陰陽術を使った戦闘に慣れている。

 晴人は試合が開始したまさにその瞬間、呪力を爆発させて駒井の踏み込みよりも速く彼の側面に移動し、横っ腹に移動の勢いを乗せて蹴りを叩き込んだ。駒井からしたら目の前にいたはずの人間が瞬間移動してきたかのように見えただろう。

 だが、普段からそうした攻撃を受けているのか、身を守る判断は非常に迅速だった。その点は素直に流石、鏡黎館の陰陽師だと感心した。彼にとって誤算だったのは身体強化術式の発動が横腹への蹴りに間に合わなかったこと。

 いくら鍛えられた肉体といえども生身で受けられるほど酒呑童子に鍛えられ、その呪力と晴人の膨大な呪力を二重にまとった蹴りに耐えられるはずがない。

 周囲からは一瞬の出来事に見えたが、そこには確かな攻防があった。駒井の意識は晴人の移動に遅ればせながら反応できていた。

 強烈な一撃を受けて砂埃が立ち込める中で駒井は晴人に向かってこようとしていた。その証拠に彼は衝突した壁を背に倒れるのではなく、床に向かって前方に倒れた。

 それに加え、駒井は式神を使ってこなかった。奏の話では鏡黎館の一年生全員が契約しているということだったが、彼からは式神の気配も、式神が何かしらの術を使う様子も、見受けられなかった。となると彼は式神契約を結んでいないと考えられる。

 式神が意図的に力を貸さなかったということも考えずらい。

 武術者としての矜持か、鏡黎館の陰陽師としての意地か、その姿に少しだけ晴人の心に火がついた。


(呪力コントロール、格段に上達しましたね)

(皆のお陰だよ。二週間前まで普通の高校生だったからな。皆がいなかったらこんなにスムーズに成長できてないさ。ありがとう)

(晴人様の努力の成果ですよ)

(そぉそぉ、というか早くわたしを使ってよぉ)

(そう言わなくてもすぐに出番は来るよ。俺の予感が正しければ、だけどね)


 晴人は確信している。次に出てくるのは一条響磨であると。

 蓮ヶ谷から預かった資料には一条響磨の性格はこう書いてあった。自信家。勢いに任せ過ぎる傾向あり。思慮深いとは言えない。戦い方にこだわりがある。

 そして、気が短い。

 一条家に生まれ、幼少期から英才教育を受け、周囲よりも自分は優れていると比較しながら生きてきたのなら根拠のない自信で己を過信してしまうのは理解できなくもない。どうあっても血の才は存在する。陰陽界はそれが顕著だ。

 努力が血に勝ることの方が稀なのだ。現に晴人は奏を負かしている。

 だから、そんな一条響磨が「臆病者」と言われ、ただ座っているはずがない。

 本来であれば、こんな分かりやすい挑発に乗る意味などない。彼らの考えた筋書き通りにこの代表戦を続ければよい。そもそもこの交流会自体、晴人を京都におびき寄せるための罠なのだからその内容など大局的には何の意味も、価値も持ちはしない。

 東京からの出入りを見張られ、単身で京都に向かうことが難しくなった晴人にとって交流会は渡りに船だったわけだが、こんな見え見えの罠に引っかかってあげるほど晴人は優しくはない。交流会に参加すれば、一条家から干渉されることなく京都に入れるが、その代わりに青霊堂のクラスメイト達を人質に取られることになる。

 京都は彼らのテリトリーだ。こちらが下手に動けば青霊堂の時のように彼らが襲撃に遭うかもしれない。

 だから、賭けをした。京都に着いた途端、姿を消し、敵の出方を窺った。彼らを囮に使うようで申し訳なかったが、襲ってこないとも思っていた。

 もし襲ってしまえば一条家は七条家と対立することになる。無関係と思えるような妖を使ったとしても倉宮家が一条家の関与を証明すれば、繋がりは露見する。証明と言えなくとも疑念は生まれる。

 念のために一週間前から朱雀を通して駅に着いてすぐに倉宮家に行くと連絡は入れており、新幹線の乗客として紛れ込んでいた者や駅周辺に待機していた者など未然に防ぐ用意は整えていた。結果としてクラスメイト達の元では何も起こらず、晴人は蓮ヶ谷から重要な情報を受け取ることができた。

 出来事としてはたったの一日。

 けれど、得られた情報は膨大だった。特に「一条家」は「交流会」を全く重要視していないと確信できた。必要なのは交流会の日程。塾生である晴人はこの日程に動きを縛られる。ということは日程を好きに使えば、今日のように晴人を山の中に隔離し、街中の倉宮家と分断することができる。

 代表戦が前倒しになったと聞いた時点でこんなところだろうと見当がついた。一条家としては代表戦や個人戦を使って晴人の呪力と体力を消耗させ、捕縛か殺害する計画なのだろう。

 鏡黎館の生徒達が契約した式神というのも本当は玉藻前の手勢で一条響磨の合図で契約を破棄し、こちらを襲う算段だと考えられる。

 羽月は青霊堂が襲撃された日、ほぼ全ての生徒や教員が死なない程度に呪力を奪われて倒れていたと言っていた。何のためにそんなことをしたのか考えていたが、妖の餌にするためと考えれば合点がいく。

 今日この日、一条家は倉宮晴人の死をきっかけに京都にいる全ての陰陽師を巻き込んだ戦いを始めるつもりなのかもしれない。

 こうして一番手に出てきたのも一条の作戦通りで、まんまと掌の上で踊らされているのかもしれない。

 今日という日に至るまでの全ての日々が敵の筋書き通りで、決められたレールの上を走らされていたというのなら、そのレールにひびが入っていると分かった時、筋書きを書いた人間はどんな顔をするのだろう。

 少なくとも一人、この場にいる一条響磨は苦虫を噛み潰したような表情で彼を罵った相手を睨みつけていた。


「俺が行く。ああいう戦い方をするなら俺が適任だろ」

「いや、だったら俺が出る方がいい。櫂の得意な術式は倉宮がもっと疲労してからの方が効果的だ」

「それを言ったら忠臣だって似たようなものですよ。響磨、ここは僕が行きますよ。君達二人よりも僕の術式の方が―――」


 清水と我妻は立ち上がり、二条は少し腰を浮かせて各々自分が行くと主張した。賽ノ目は顎に手を当てながら「そうですねぇ」と悩ましい声を上げながら一条に目を向けた。


「いや、俺が出る」


 一条の言葉に二条は眉をひそめ、試合場で一人、暇を持て余している晴人に視線を移した。飄々とした表情で対戦相手を待つ晴人の考えが読めなかった。

 連戦で勝率が無くなる前に最も苦戦するであろう相手を引きずり出そうとする狙いは理解できる。勝ち抜き戦という形式では疲労の蓄積は敗北に直結する。

 それが分かっているのならどうして彼は自ら一人目として出てきたのか二条には理解できなかった。代表戦を勝つだけなら予想される両塾の消耗度から考えて八人目として出てくる方が勝率は高くなるだろうし、一条響磨に勝つ確率は皆無ではない。

 だが、こちらが最後まで一条を出さなければ戦う前に敗退することだって十分あり得る話だ。それが分かっていて先頭を選んだのだからそこには何か意図があるはず。

 二条はメガネの縁に指をかけ、位置を整える。


「響磨、倉宮の挑発に乗ることないよ。晃の言う通りここは晃に任せる方がいいって」

「確かに挑発にはムカついたが、それ以上に俺以外が出て負けると大きく人数差ができてしまう。ここは確実に勝てる俺が行くべきだ」


 彼を宥める由良の言葉を受け流し、一条はソファから立ち上がり、愛刀「三代目・雷斬道雪」を左手に持った。専用に作らせたホルダーに刀を刺し、腰の陰陽符ケースを確認する。

 一条以外の六人全員が彼の言葉に賛同し、賽ノ目はタブレットから次の出場選手に一条を選択し、客席後ろにモニターに一条の名が映し出された。

 全ての確認を終え、一条響磨は試合場へと続く階段に足をかけた。


「響磨君」


 彼を呼ぶ声に足を止め、一条は後ろに振り返った。彼を呼び止めたのは我妻と同じ十年来の幼馴染である成坂晶菜であった。

 成坂晶菜。腰辺りまで伸ばした淡いベージュの髪にワンポイントの菫の髪飾り。身長や体格に飛び抜けたところはないが、その恵まれた目鼻立ちは見る者を皆、惹き寄せる。まさに花のような少女であった。

 成坂家は一条家と遠縁にあたり、幼い頃から一条と我妻と三人で勉学や陰陽術の鍛錬に励んでいた。鏡黎館一年生の中では一条、二条に次ぐ陰陽師だと言われている。


「どうした?晶菜」

「頑張ってね」

「頑張るほどでもないさ」


 階段を上がり、ドアを開けて一条は試合場に足を踏み入れた。一条が姿を現すと予想外な晴人の強さに困惑していた鏡黎館の生徒達は歓声を上げ、一条もそれに応えるように刀を持った左手を軽く上げた。

一条君が使う「三代目・雷斬道雪らいきりどうせつ」は「雷切」という刀の伝承を陰陽的に再現して製造された陰陽具です。雷系統の陰陽術に強い親和性があり、一条君は父の一条諸永から十四歳の誕生日に貰いました。

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