第五十八話 燃ゆる古都、揺れ動く影 その十七
更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非フォローしてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も書いているので是非読んでみてください。
「最後じゃなくていいのか?」
「最初も最後もやることは変わらないですよ。それに、負けるつもりもないので」
晴人の中でいくつか確信していることがある。
奏から一条が式神との契約について明かしてきたと聞いた時、違和感を覚えた。
その情報が明かされて委縮したのはこの場にいる人間以外。代表者に選ばれ、この控室にいる人間達は彼らのように表情が暗くない。
少し顔が強張っているのは相手方に一条と二条がいるからだろう。単純に奏一人で京都九家二人に勝つのは難しいと頭のどこかで考えているのかもしれない。
奏が負ければ次に彼らと対峙しなければならないのは自分達だ。
彼らが自分達の実力をどう見積もっているかは知らないが、晴人の目から見ても彼らが京都九家の人間に勝てるとは思えない。それは一条が式神についての情報を言わなくとも大きく変わることのなかった事実だ。
つまり、この団体戦において一条の情報開示は何の脅しにも、効果にもならなかった行動だということ。今後の個人戦、対抗戦には意味を成すだろうが、団体戦の前から力量の差を示すために情報を明かしたというのなら効果的とは言えない。
だが、晴人はそれを誤算とは思わなかった。一条は効果がないと分かった上で情報を明かした。晴人はそう確信している。
そうである場合、次に確定するのが一条家側はそれ以上の何かを隠しているということ。一条響磨が語った情報が事実だとしたら鏡黎館の生徒達が式神にした妖は玉藻前ら妖勢力が提供した妖のはずだ。
利己的な妖が本来敵対関係である陰陽師に手を貸すということはそうすることで得られる利益があるということ。一条家が何を交渉のテーブルに置いたのかは読めないが、一条家が設定した争いのゴールには妖側が得をする何かが既に置かれているということだ。
致命的なのはこちらが一条家の見据えている「勝利」を未だ把握できていないことだ。もしかしたら晴信や蓮ヶ谷は正確に読み取っているかもしれないが、晴人にはまだそれが何なのか理解できてはいなかった。
それでも限りある情報から何とか答えへと続く道を晴人は見つけていた。
晴人の瞳に宿る確かな自信を見て小此木はやれやれと小さくため息を吐き、笑みを浮かべた。横で話を聞いていた施田と伴部も顔を見合わせ、力が入っていた表情を綻ばせた。
長椅子に座り、晴人の言葉に耳を澄ませていた錦野も、その隣に座って様子を見ていた奏も、右端の壁際で腰に手を当てていた宗近も晴人の言葉に納得して異論を唱えることはしなかった。
ただ一人、入り口の階段傍で腰に手を当てている彼女、獅子杜青葉を除いては。
「なぁ、倉宮。はっきり言って私はお前を信用していない」
獅子杜は真っすぐ、周囲の空気を切り裂くように晴人にそう告げた。
獅子杜青葉。女の子としては背丈が高く、スカートからすらりと伸びた脚はとてもしなやかで、履いている靴が違えば晴人は見上げられるのではなく、見下ろされていただろう。
高い位置で一本にまとめられた青よりも黒に近い紫がかったその髪は彼女の凛とした佇まいを際立たせ、流れる前髪で少し隠れている切れ長の目は毅然とした力強さを感じさせる。
制服の襟を正し、きちんとボタンを留め、きゅっとネクタイを締めている。靴もよく磨かれ、左手に持った薄紫鞘の刀も彼女の几帳面な性格の賜物か古い物のようだが、錆ついているようには決して見えない。
社交的な錦野まつりとは対照的に自分から積極的にクラスメイト達と交流はしないが、頼られれば何かと力を貸して最後まで面倒を見ており、実はかなりのお人好しなのではないかと晴人は密かに思っていたりした。
羽月とはタイプの違う美人なだけに、そんな彼女に眉を顰められると晴人といえど少し身構えた。
「お前が先頭をかって出る理由も自信の根拠も聞くつもりはない。相手を下に見ているとも思っていない。私にはない勝算があるのだろう。それも理解できる。その上で敢えて聞くが、この交流会は倉宮家と一条家か二条家、ひいては陰陽御三家と京都九家の争いの着火剤に使われようとしている。いやこの聞き方は違うな。倉宮家ではなく、一条家または二条家がか。違うか?」
「ちょっと青ちゃん、何を言い出すかと―――」
「そうだよ。倉宮家は一条家と敵対してる。この交流会に横槍が入ったのはうちのせいかもね。話せるのはここまで。これでいい?」
獅子杜の問いに晴人は嘘を言わず、経緯や背景なども言わず、分かっている範囲できちんと答えた。皆一様に驚きの声を上げたが、そもそも晴人だって一条家がこんなことをしている目的を知らない。
それでも可能な限り、言葉にした以上の思惑が隠れているということまで言葉にした。
羽月は当然ながら、奏も晴人の言葉を正しく理解した。一週間前、晴人が協力を断った理由に奏は辿り着いた。元より奏個人が協力できるレベルを超えていたというものあるが、もし仮に父や母に話していればより状況を複雑に、そして七条家の不利益になってしまう可能性があった。
最悪の場合、蜥蜴の尻尾として全てを押し付けられる可能性すらあったかもしれない。
ようやく奏は自分に求められていることが分かった気がした。この部屋に監視カメラが設置されているのは確認済みだ。今の奏は京都九家の七条家としてそれに相応しい振る舞いをしなければならない。
それが一条家の目を誤魔化すために今最もしなければいけない行いだ。
奇しくもそれは晴人と出会い、彼に敗北を叩きつけられる前の自分自身と向き合うことでもあった。晴人によって変えられたのに、晴人のために戻らなくてはならない。
そんな皮肉とも言える状況に奏の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
だが、それまでの過程を知らない獅子杜は晴人の態度にさらに眉に力が入ったが、錦野のワクワクしている表情を見て錦野が座っているのとは別の長椅子に腰を下ろした。
「むしろ余計に信用できなくなった。が、そんな人間を止める気もなくなった」
「そっか。できる限り頑張るから応援しててよ」
「倉宮。無理だけはするなよ」
そう言って小此木が晴人の肩に手を置くと、モニターに代表者を演習場中央に上がるよう促すメッセージが表示された。
「じゃあ後は頼んだよ」
それだけ言い残し、晴人はネクタイを緩めながら控室から演習場の舞台へと続く階段を昇り、観衆の前に姿を現した。演習場の中央、鏡黎館では試合場と呼んでいるこの舞台は完全な円形に造られており、周囲を高さ約三mの壁に囲まれている。観客達は壁上の観戦席に腰を下ろし、この試合場に立つ陰陽師は観客から見下ろされる構造になっている。
それはまるで現代のコロッセオを思わせる造りになっており、武道の場に見られるような四角形の造りではなく、西洋の決闘場に似た造りになっているのはこの場が一体どういう場所なのか、製作者が訴えているということなのだろう。
周囲を見ると右側に青霊堂のクラスメイト達、左側に鏡黎館側の生徒達が向かい合わせるように座っており、それぞれの席上部に見える大型モニターに倉宮晴人の名と鏡黎館側の代表者、駒井元樹の名が映し出された。
屋内型の演習場にしてはかなり広い演習場に両塾生達の声が響き渡る。片や心配そうに、片や演目でも見るかのように舞台に立った両者に歓声が上がる。
(彼の情報は必要ですか?)
(いや、大丈夫。さっさと一条を引きずり出すから朱雀達は妖の動きに注意しておいて)
(りょぉかい)
相も変わらず気の抜けた声を出す干将に頬が緩む晴人。
その様子が気に入らないのか対面から歩いてきた駒井は左拳に力を込めた。中央付近まで歩いた駒井は右手に持った槍の石突を床に突き立て晴人を睨みつけた。
いきなり友好的とは思えない様子に晴人は反射的にニヤリと笑ってしまった。そのせいで更に駒井の態度は悪い方に変化してしまった。
駒井元樹。代々槍を扱う家に生まれ、三歳の頃から槍に触れ、共に時間を過ごし、十二歳で「伏見正槍流槍術」の免許皆伝を認められた。その才覚からついた異名は「伏見の一番槍」。鏡黎館において武術を修めている者に限れば、彼は一年生ながら三本の指に入ると言われている。
ジャケットを脱ぎ、捲ったシャツから伸びる両腕は晴人より一回りも太く、刈り上げられた短髪は武芸者としての気合を感じさせる。
彼は鏡黎館に入塾した時からこの交流会で一番槍を務めたいと思っていた。幼い頃に憧れた福島正則のように一番槍として先陣を切り、東の雄にその力をぶつけてみたいと思っていた。
代表戦が前倒しになったことは彼にとって好都合で、絶好の機会の到来に口数の少ない彼も普段の倍はやる気を口に出していた。
『両塾代表者の登場を確認しました』
天井の四方に取り付けられた巨大スピーカーから機械音声が鳴り、響いていた声が一瞬にして静まり返る。駒井は床に突き立た槍を持ち直し、その輝く刃を晴人に向け、両脚に呪力を集中させた。
晴人と駒井の距離は十五mもない。間違いなく、あの槍はここまで届く。そう思わせるだけの迫力が眼前の武士にはあった。たった一度の踏み込みでこの距離を無にしてくる。武の道を通らなかった晴人にすらそう直感させた。
『それでは代表戦第一試合』
駒井は視線を一切動かさず、小さく息を吐いた。
敵の名は倉宮晴人。陰陽御三家筆頭倉宮家の陰陽師。どうやら現時点で複数の妖と契約を結んでいるらしく、正式な試合の記録はないが、入塾早々に七条奏との試合に勝利したらしい。
一体どうやってそんな情報を調べたのか駒井は一条に質問しなかったが、相手にとって不足はない。
鏡黎館の一番槍として、京都の陰陽師の一番槍として、そして、伝統ある伏見正槍流槍術を継ぐ者として倉宮晴人を倒し、この名を陰陽の歴史に刻んでみせよう。
息を吸い、敵を見据える。周囲の音が一瞬止まる。感覚が引き延ばされる。
どんな槍術の立ち合いよりも、どんな陰陽師の試合よりも、深く深く意識がまるで一本の槍のように研ぎ澄まされてゆく。
『開始してください』
アナウンスと共に試合開始を告げるブザー音が鳴り響く。
音が鳴っていたのは約三秒。
試合が始まってその音が鳴り止む頃、試合場中央にはただ一人、倉宮晴人だけが立っていた。
『試合終了。勝者青霊堂、倉宮晴人』
無機質な機械音声が淡々と晴人の勝利を言い渡した。
客席の鏡黎館の生徒も、その対面に座る青霊堂の生徒も、ましてや控室で様子を伺っていた鏡黎館の代表者七人も誰一人、口を開けたまま声を発することができなかった。
ただ、青霊堂控室で試合を見ていた八人は肩をすくめ、腰に手を当て、その惨状に驚きを通り越して呆れていた。
ものの数秒で終わった代表戦第一試合など交流会の歴史を遡っても存在しない。有り得ないという言葉の通りの状況に演習場にいる者皆、言葉を失った。その静寂を破ったのは晴人だった。
「次は?びびってないでさっさと出てこいよ、臆病者」
煽るなんて生易しいものではない。正しく侮辱と捉えられる言葉を晴人は鏡黎館の控室に向けて言い放った。
その瞬間、天井を突き破らんとするほどの大歓声が演習場に響き渡った。ある者は咆え、ある者は拳を高く上げ、ある者は友人と手を取り合った。この交流会の空気が一変した。一条の言葉によって臆していた彼らの心に火がついたのだ。
交流会初日、彼らは鏡黎館の生徒達に侮辱を受けた。今年の交流会は鏡黎館の勝ちだと、こちらは全員が式神契約を済ませているのにそちらはまだまだだなと、所詮田舎の人間に伝統ある陰陽術は扱いきれないなと。
彼らは言い返せないもどかしさと陰陽師としての力量で劣っているという悔しさを滲ませ、突然の理不尽な変更に殴られ、今日という日を迎えた。
晴人の「臆病者」という言葉は彼らにとって自身を奮い立たせる言葉だった。こんな状況に臆してなるものか、ここで立たねば一体いつ立つのだと晴人の言葉を彼らはそう受け取った。
だから、声を上げる。だから、拳を上げる。
戦えないのなら、あの舞台に立てないのなら、せめて声だけでも思いだけでも彼に、倉宮晴人に送らなければならない。
何故なら、彼が我らの「代表」なのだから。
前回初登場の錦野まつりちゃんと今回初登場の獅子杜青葉ちゃんは昔からの幼馴染で小さい頃から奔放なまつりちゃんの面倒を見てきたから青葉ちゃんはきっちりとした性格になったんでしょうね。
一番槍。良い言葉ですね。京都は陰陽術だけでなく、武術も長い歴史を積み重ねてきました。駒井君が修めた伏見正槍流槍術の他にも剣術、柔術、弓術など他にも様々な流派が存在します。陰陽術が多種多様なように武術も多様に分かれています。
次は誰が出てくるでしょうね。




