第五十七話 燃ゆる古都、揺れ動く影 その十六
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彼のような才能と力があれば燻っていたこの思いを実現できる。七条家を一条家や四条家に並ぶ陰陽家に押し上げることができる。
そう思えば思うほど、彼の口にした言葉が私の浅ましさを一蹴し、心に空いた穴にその言葉が流れ込んだ。先の見えない荒野を当てもなく彷徨っているつもりだった。けれど私の周りには仲間がいた。私の努力を見てくれていた仲間がいた。
独り善がりになっていた考えが彼のお陰で柔らかくなった気がした。
だから、今度は力になりたかった。これでも京都九家が一家、七条家の娘。困っているのならその助けになりたかった。
それなのに結局は彼に頼ってしまった。根拠のない確信に乗せられて彼なら何とかしてくれるとその力に頼ってしまった。
(力になるって言ったのに)
奏は自分の情けなさにため息を吐いた。使う術式の相性からして一条との試合はかなり分が悪い。一条家が得意とする術式はどれも共通して速さに重きを置いている。対して七条家は高位の妖を祓うこと専門にしているため、術式の規模と威力を重要視している。
一条家は白兵戦、七条家は集団戦を想定した陰陽家であるため、祝詞を唱える必要がある七条家はかなり不利なのだ。奏が晴人と試合をした際に晴人を閉じ込めた炎の檻は彼女が一条対策として考案した術式の一つだったりする。
決して七条家の戦い方が弱いというわけではない。ただ、絶望的に一条家の術式と相性が悪いのだ。
そして、一条響磨に晴人以外が太刀打ちできないということも分かってしまう。今の青霊堂一年で最も陰陽師として完成しているのは晴人だ。晴人だけが鏡黎館の陰陽師達を脅威と捉えず、誰よりも異常なほどに落ち着いている。
それが過信ではないことを奏は知っている。この一週間で晴人から感じていた無駄がほとんどなくなっている。余程良い指導を受けているのか、彼は陰陽師としての強さの本質を理解しているように見えた。
だから、奏は晴人に頼むことができた。自分が情けなくなるくらい彼の方が陰陽師として優れていると思えたから。
羽月と話す晴人の後ろを追って、奏も廊下を歩き出した。
内側に引かれた扉を抜けると空間の色が黒から白へと変わり、無機質な左右に伸びる通路に出た。よく見ると二手に分かれた通路は少し曲がっており、目の前の壁に書かれている案内図から見て、どうやらここは演習場の裏側のようだ。
まるで中世のコロッセオを思わせる造りに晴人は口角を上げた。
右の矢印は演習場第二控室に、左は演習場観戦席に繋がっていると壁に書かれており、晴人と羽月は右に曲がった。
左の通路で心配そうに話しているクラスメイト達に奏と宗近、錦野と獅子杜は目を逸らさず、見守っていてほしいと声をかけていた。
晴人と羽月は通路を進みながら途中、半階分の階段を降り、扉の脇のタッチパネルに手を触れ、控室のドアを開けた。内装は廊下とも通路とも違い、山吹色を壁や椅子に使い、京都特有の伝統を前面に押し出した和の造りをしていた。靴のまま入る部屋でありながら、自然と靴を脱いでしまいたくなるような内装に晴人は感嘆した。
控室は入り口から見て左側の壁にテレビ型のモニターが備えられ、その正面に背もたれのついていない椅子が複数個並んでいた。右側には演習場中央部への入り口といくつかの長椅子が置かれていた。
部屋には既に小此木と施田、伴部がモニターに映した鏡黎館の生徒の名簿を見ながら話し合っており、小此木に名前を呼ばれ、晴人と羽月は入ってすぐの階段を降り、三人に合流した。
「倉宮、鏡黎館の生徒の説明は必要か?」
「いえ、七条にある程度教えてもらったので大丈夫です。それよりどうして今回の交流会に限って急な日程変更が行われたんですか?」
晴人の質問に小此木はバツが悪いという表情をし、施田と伴部も眉間に皺を寄せた。
「これは今朝、倉宮と真波が来る前にも説明したんだが、向こうさんが言うにはこっちの塾長と話が済んでいて、いきなり決まったわけではないそうなんだ。丁度青霊堂が襲撃された日、陰山塾長と鏡黎館の阿門彌士郎塾長との定例会談の場で今回の日程について合意があり、変更になったらしい。俺個人の意見もあるが聞くか?」
「多分ですけど俺のせいですか?」
「そこまでは言わないが、向こうさんが倉宮晴人という人間に対して何かしらの悪意を持っていることは確かだろうな。この代表戦のメンバーも向こうが決めたみたいだしな」
小此木はモニターに目を向け、手に持ったタブレットで晴人の名前を丸く囲んだ。
「倉宮が編入したばかりと知っているはずなのに強引にメンバーに加えたことから見ても何かある。俺は教師として全力で生徒を守る。が、こうも力尽くで来られると正直対処しきれないかもしれない。今朝、日程変更が伝えられた時点で青霊堂の方に応援要請をしたが、今のうちに倉宮家に応援を頼んでおいてくれ。何が起こるか分からないからな」
「その点も大丈夫です。昨日父に説明してあるので」
そう、ここまでは想定通り。一条家がこの交流会を使って仕掛けてくるのも、青霊堂側が後手に回り続けているのも。正直なところ、鏡黎館からの半ば嫌がらせに近いこの行為も倉宮家と一条家の争いのとばっちりであり、晴人はクラスメイト達に非常に申し訳ないと思っていた。
このタイミングで交流会が行われたせいで彼らは余計な不安に晒されることになった。周囲の人間に対する攻撃という意味では一条家の計画は非常に、そう非常に順調であった。
何故なら、一条家は計画通りしっかりと虎の尾を踵でぐりぐりとすり潰すように踏んでいるのだから。
虎は彼らの挑発に乗る。彼らが望んだ通り、晴人は先鋒として先陣を切ることを決めた。
「倉宮は怖くないのか?」
施田は胸の前で組んだ腕の二の腕を右手で強く握りながらそう晴人に問いかけた。
施田廉次。晴人とは違って制服のジャケットのボタンをきっちりと留め、縁の薄い丸眼鏡をかけた知的な少年。線は細く、長い前髪を流しており、本人曰く格闘より術式勝負の方が好みらしい。
京都入りを控えたこの一週間でクラスメイト達とよく話すようになった晴人だが、彼だけは羽月との関係について聞いてこなかったため、他の男子よりも施田のことは良い人だと思っている。
「怖がる理由がないじゃん。馬鹿なことしてるなとしか思えないでしょ」
「お前ほんとに二週間前まで普通に暮らしてた人間か?肝が据わり過ぎだろ」
「皆が警戒し過ぎなんだよ。伴部だって普段通りどっしり構えてるように見えるけど」
伴部真貴。短く切り揃えた髪に、はっきりとした目鼻立ちから感じさせる目力。制服越しからでも分かる節々の太さと恵まれた体格。身長は晴人より高く、クラスメイトの中だと彼が最も背が高い。
それに加えて勤勉だが、恋愛事には疎いようで昼食の時などで彼の友人達と晴人に恋愛話を迫る際、いつも気恥ずかしそうにしながらも聞き耳は立てていた。
晴人も悪い人間とは思っていないが、若干、面倒な人間だと思っていた。
「俺は倉宮が緊張していないからさ。正直、あっちが全員式神と契約してるって聞いた時、すげぇビビったよ」
「伴部も施田もまだ契約していないんだっけ?」
「そもそも十五で式神契約なんて早過ぎるんだよ。あまりに早いと妖とのパワーバランスが崩れかねない。だから陰陽塾では三年、十八歳を目途にしていたんだが」
小此木はタブレットとモニターの連携を切り、モニターの映像を演習場中央を映すカメラに切り替えた。
するとタイミングよく部屋のドアが開き、残りの四人が入ってきた。階段を下りた奏は晴人を一瞥し、晴人もまた肩をすくめ、羽月はそんな様子に笑みを浮かべ、宗近は彼ら三人以外が蚊帳の外にいることに気が付いた。
部屋に全員が集まったことを確認して晴人は小此木に提案を持ちかけた。
「小此木先生。もし誰が行くか決まってないなら俺が最初でいいですか?」
羽月と奏以外の全員がぴくりと眉を動かした。唐突な晴人の言葉にその意味を正しく捉えることができたのは事前に話を聞いていた二人を除けば、錦野だけであった。
錦野まつり。淡い桃色の髪を左右で違う髪留めでまとめ、ガーリーな雰囲気を身にまとう少女。羽月とはまた違った可愛さを持っており、制服を彼女らしく改造したセンスといい、その人形のような容姿から他学年にもその名が知れ渡っている。
そんな錦野は晴人と奏の試合を見たあの日から、倉宮晴人という人間に強い興味を抱いていた。ただそれを奏と獅子杜にしか話さなかったのは彼女がいわゆるオタク気質な女の子だったからである。
錦野は晴人と積極的に話したりはしない。ただ見るだけ。もちろんクラスメイトとして話す必要がある時などは会話をするが、それ以外では晴人とは話さないようにしていた。
そんな彼女に獅子杜は「きもいから普通にしろ」と遠慮の欠片もなく言い放ったが、当の本人は理路整然と「青葉も私の立場になったら分かるよ」と当然のことのように言い返した。
青霊堂の教室での彼女の席は晴人の席の右斜め後ろであり、彼女はよく晴人と羽月の方をじっと見ていることがあった。それを不審に思った晴人が奏に理由を聞いたところ、あの試合以降「倉宮晴人」にはまっているという摩訶不思議な返答が返ってきた。
今まで彼女が持っていなかった刺激をくれるから興味を持っているのだろうと奏は晴人に説明したが、実際に受けているのは溢れんばかりの創作意欲であり、新たな人形が続々と出来上がっているらしい。
とは言うものの、錦野まつりほど外側からの倉宮晴人を理解しようとしている人間はおらず、実は奏よりも彼女の方がこの短期間で倉宮晴人という人間の芯の部分に迫っていたりする。
晴人が名乗りを上げた意味をものの数十秒で思い至ってしまえるくらいには彼女は晴人を理解しようと努力していた。同じ本を必ず五週は読み、毎回違う感想を抱くという彼女の賢さを持ってしても晴人という本は未だ二ページ目にすら進ませてくれないほど、難解で難述であった。
錦野は決して口を挟まない。晴人の言葉に皆が困惑していて友人の獅子杜が隣で説明してほしそうな目をこちらに向けていても決して口を開かない。
晴人は鏡黎館の全員を一人で倒す気なのだ。
京都九家だろうがお構いなしになぎ倒すつもりなのだ。それ以外で晴人が先頭に立つ必要がない。このメンバーの中で晴人を除いて最も陰陽師として優れているのは奏だ。入塾当初から彼女の才は際立っていた。その彼女よりも強い晴人は体力を温存して最後まで待っていた方がこの団体戦という戦いは有利に戦うことができる。
後ろに倉宮が控えているとなると相手も後々のことを意識した戦い方にならざるを得ない。それはこちらも同じだが、自分達から有利を手放す理由はない。
それでも晴人が最初に出るということは恐らく最後まで出てこないであろう一条に体力が減った状態でも勝てるという算段があるということ、かもしれない。
錦野は長椅子に座りながら晴人を見つめる。
彼の見ている展望が知りたいから。彼に何が見えているのか見てみたいから。
彼女は彼に水を差すことはせず、小此木に耳を傾けた。
ちなみに陰陽塾は七年制で高校と大学を足した感じをイメージしてください。一から三が「年生」、四から七を「回生」と呼び方を分けているのでよりイメージが付きやすいと思います。数字が足されていく理由は表社会の大学と異なる教育機関だからです。
奏のお兄ちゃんの修宏君は六回生なので二十一歳になります。今後も青霊堂の先輩や他塾の生徒が続々出てくるのでそのキャラの年齢が気になる方はご参考までに。
キャラ名:阿門彌士郎




