第五十六話 燃ゆる古都、揺れ動く影 その十五
更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非フォローしてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も書いているので是非読んでみてください。
小此木が声をかけ、青霊堂の生徒達も席から立ち上がった。その表情を見ると代表者に選ばれなかった者達は安堵し、選ばれた者は目に力が入っている者もいれば、不安に瞳を揺らす者もいた。
青霊堂と鏡黎館。どちらが陰陽塾として優れているかと問われれば、八割の者は鏡黎館と答えるだろう。鏡黎館は陰陽の都、京都の陰陽塾であり、京都には陰陽御三家や京都九家、「四方院家」にその他各陰陽家に連なる家々など多数の優秀な家が存在する。
関東にも京都九家のように東京の中心から見た鬼門、裏鬼門の守護と管理を任された「鹿嶋家」、「稗田家」。陰陽御三家雅代家の血を引く「宇之雅家」。京都から活動の範囲を広げた倉宮家。関東開拓以降に東京の守護を任された「東京四家」。貿易の一大拠点であり、国外との窓口となる横浜を守る「九重家」。
他にも東京が文化的、経済的に成熟し始めた辺りから拠点を移した陰陽家は多々あり、陰陽師としての資質の高い者は多く存在する。
それでもやはり京都の方が上だと多くの陰陽師は考えている。
それは青霊堂の彼らとて例外ではない。彼らは初日から五、六日目に行われる予定であった団体戦と個人戦について考えていた。試合までにどうにか勝ち筋を見つけなければと緊迫感の中、この交流会に臨んでいた。
だが、急遽予定が変更されたことで対策を考える時間が消え去り、彼らの考えは根底から覆された。
だから、バスでは誰も晴人と羽月が一緒にいなくなったことを問い詰めなかった。今の彼らにはそんなことに意識を割ける余裕すらなくなっていた。
晴人も席から立ち、クラスメイトの後ろについて部屋から出て天井に取りつけられている案内に従って屋内演習場へと歩き出した。クラスメイト達の足取りは重く、出場する生徒よりも観戦する生徒の方が緊張しているように見えた。
黒と灰色を基調とした廊下のせいで重苦しい空気がより一層悪化しているように感じる。隣を歩く羽月もクラスメイト達の様子に神妙な面持ちになり、晴人も事態の異様さに眉をひそめた。
確かに京都の陰陽師は強い。彼らの方が血統という意味で陰陽師としては優れている。体内に保有している呪力量や陰陽術との親和性は高いかもしれない。
それでも青霊堂に入塾できる実力があるのだから鏡黎館の生徒達とそこまで差はないはずだ。それなのにここまで雰囲気が落ち込んでいるのは一体何故だ。
晴人は斜め前を歩く奏の肩を軽く叩き、進む流れに逆らうようにクラスメイト達から離れた。羽月には先に行っててと声をかけ、彼らと少し距離ができてから晴人は奏に疑問をぶつけた。
「朝から皆の雰囲気がおかしい。昨日何があった?」
昨日、新幹線で移動している段階では彼らの交流会へのモチベーションは高いように見えた。それが一日で一変するような何かが昨日起こった。朱雀は面白いことと言っていたが、彼らの様子からして良いことではないのは間違いない。
「やっとその話ができる。結論から言うと鏡黎館の生徒達は全員式神と契約しているそうなの。昨日のレクリエーションで一条がそれを言ってきてから皆委縮しちゃって。それで夜に日程が変更されて更にくらっちゃってて」
「そういうことか」
やっと話が繋がった。朱雀が言っていた面白いこととはそういうことだったのか。それは確かにクラスメイト達が及び腰になってしまうのも無理はない。
晴人は腰に手を当て、歩いているクラスメイト達に目を向けた。
「緊張よりも不安な表情に見えたのはそれが原因か」
「そうなの。私は式神がいるけどクラスの半分くらいはまだ契約していないから圧倒されちゃったみたい。倉宮君。どうにかできない?」
「どうにかって、別にただ式神と契約してるってだけだろ?その式神がそんなに強くない可能性だってあるし、そんなに難しく考えなくても」
「倉宮君、鏡黎館の生徒達は一応、名門の陰陽師なの。そんな彼らに家が中途半端な妖と契約させるわけないでしょ。最低でも本人と同じかそれ以上の力を持った妖と契約してる。つまり、圧倒的に不利な二対一をしなきゃいけないの。陰陽師として同等でも式神の差で負ける。陰陽師にとって式神はパートナーである以上に戦力なの」
「確かにそうだよな。というか陰陽師になって二週間も経ってない俺に頼るなよ。七条はどうにかできないの?」
「倉宮君の方が私より強いんだから倉宮君が無理なら私も無理だよ」
「ちなみに鏡黎館の代表者に面識がある人はいる?」
「一条と二条、我妻、晶菜ちゃん、後は薫子ちゃんくらいかな」
「他の三人は知り合いじゃないの?」
「名前は知ってるけど話したことはないね。面識がある人だと薫子ちゃん以外なら得意な術式と契約してる式神は分かるわ」
「いやそれは大丈夫」
蓮ヶ谷から貰った資料を読んで一条響磨、二条晃、我妻忠臣、成坂晶菜の使う術式と契約している式神は概ね把握している。
一条家は雷を使った術式を得意としており、その分家に当たる我妻家と成坂家もそれに類する術式を得意としている。二条家は風を操る術式を使い、資料には一条家は雷神と、二条家は風神と代々契約を結んでいると書いてあった。
式神としての格で言えば晴人の契約している式神達に劣らないほどであり、十分に警戒するべき式神である。
交流会が決まってから晴人はクラスメイト達の実力を観察していた。一条家との戦いが激化すればどのような形であれ、彼らが巻き込まれる可能性がある。
彼らが自分で自分の身を守れると思えたから多少強引に倉宮家へ直行したが、事態はそれほど楽観的には運ばないらしい。
「まぁやるしかないか」
そう、やるしかない。資料を見る限り、一条は奏よりも陰陽師として格上だ。契約している式神も術式の相性も一条が奏を上回っている。
奏では一条に勝てない。勝てるとしたら。
「何か思いついたの?」
「この団体戦って勝ち抜き戦だよな?」
「そうだけど。もしかして一人で全員に勝つつもり?」
「無謀過ぎるかな?」
勝算がないわけじゃない。資料に書かれていない能力があったとしても負けるとは思わない。一条を侮っているわけでもない。
ただ、どうにかできる方法がこれくらいしか思い浮かばなかった。
そもそもどうにかしなければいけない理由はない。これは単なる交流会だ。あちらのペースに乗ってあげる必要もない。はっきり言って棄権することも選択肢の一つだ。
それでも奏が困った顔をしていて、クラスメイト達が悲嘆に暮れる表情をしていて、鏡黎館の連中が余裕そうに笑みを浮かべている。
この状況が気に入らない。
ここ最近、何かと舐められているのではないかと感じることがある。一条家が倉宮家に喧嘩を売ってきたこともそうだ。彼らは勝算があって戦端を開いた。
今までそんなことを考えたことはなかったが、俺はどうやら舐められることが最高に嫌いらしい。
「それは無茶よ。いくら倉宮君でも連戦で疲労した状態で一条や二条に勝てないと思う」
「でもその一条が最後って決まってるわけじゃないでしょ?最初から出てくるなら俺が出る方が勝てそうだし」
賽ノ目の話の通りなら代表者の順番は自由。晴人の狙いは最初から出て全員を倒し抜くか、さっさと引きずり出すかの二択。
まだ一条響磨と直接話したことはないが、実際に顔を見て自信家という印象を受けた。彼の周囲の人間達はこちらを値踏みするような視線を向けてきたが、彼からはどうやって倒してやろうかという自信に溢れた雰囲気を感じた。
そんな彼なら五割以上の確率で引きずり出せる。もし周囲の声をよく聞き、最後まで出てこなかったとしても目の前で見せつけられた実力にプライドという名の自信は多少なりとも傷がつくだろう。
なんてくだらないことを考えつつも晴人の脳裏には妖達の介入という最悪の可能性が過っていた。
日程の急な変更に一条家の意図があるとするなら今日と明日の模擬戦で交流会に参加した陰陽師達を疲弊させ、そのタイミングで妖達が襲ってくる。それと同時に倉宮家に対しても一条家とそれに与する家が攻撃を仕掛け、戦力を分散。
模擬戦を京都市内から大きく離れた第三校舎で行うのも市内の倉宮家と引き離すため。山は元々妖達の縄張りで逃げ道も限られている。青霊堂と鏡黎館は制服が違うから妖達も襲う方を間違えはしないだろう。
食料も個々人が軽食程度に持ってきた物くらいで、仮に籠城戦になった場合、先に限界が来るのは人間の方だ。インフラも断たれる可能性が高い。
だから、晴人は自分を囮にすることで妖の襲撃を早めようとしている。想像通り妖が襲ってくるならクラスメイト達に余裕がある内が望ましい。彼らが自力で市内まで逃げられるならその先は父に任せれば何とでもなる。
晴人一人なら山の中だろうと戦い続けられる。市内の一条家と妖を分断できれば想定外の事態が起こる可能性も減らすことができる。
それにそう簡単に対処しきれるほど甘い戦いではないのは京都に入ってからずっと感じていた。
「だからまぁ、頑張ってみるよ」
戦いの火蓋を切るなら早い方がよい。少しでも一条家の計画を狂わせて状況を「想定外」にするべきだ。そうしないと取り返しのつかないことになる。
そんな予感が晴人の頭に響いている。蓮ヶ谷邸に行ってそれが確信に変わった。蓮ヶ谷も一条家が表立って行動を起こす前から一条家を警戒していた。
貰った資料の細かさは二、三ヶ月で作った物ではなかった。ずっと前からこうなることを予見して作られた物のようだった。
この一週間が何年もの、いや何百年もの積み重ねの終着点だと言うのならそれを蹴り飛ばす覚悟がある。その執念を否定して吐き捨てる覚悟はもう決めた。一条家がこの戦いを始めた理由が何であれ、彼らを肯定しないとそう決めた。
晴人は指を組んで腕を上に伸ばし、身体を軽く左右に振った。力を抜いて腕をおろし、息を吐いた。
「倉宮君。頼ってばかりで申し訳ないんだけど、お願いしてもいいかな?」
何とかしてと言ったはよいものの晴人に全てを背負わせる形になってしまったことに奏は奥歯を噛みしめた。晴人に頼りきってしまっている自分が悔しくてたまらなかった。
「やれるだけね。色々教えてくれてありがとう。俺が負けたら後は頼むわ」
そう言って廊下を歩き出す晴人の背中を見つめながら奏は左拳を強く握った。
同じ京都九家でも一条、二条、四条、九条家とそれ以外では明確な格の違いがある。一条家から三条家と七条家が、二条家から五条家と六条家が、そして九条家から八条家が生まれた。四条家だけは分家も傍流も作らなかったが、七条家らが陰陽家として成立してから数百年経った今でもその本質的な上下関係は覆らないままであった。
七条家は他の京都九家、特に一条家との交流が深かった。幼かった奏にはどうして事あるごとに一条家に出向くのか、どうして同じ京都九家であるのに過剰に一条家を敬っているのか分からなかった。
陰陽塾に入れる歳になった時、父の言動の謎が解けた。元から対等などではなかったのだ。どれほどの年月が経とうとその事実は覆らなかった。
周囲からは歴史のある名門陰陽家の陰陽師として見られるが、内実はその歴史に縛られた陰陽師であり、立場なんてものはあってないようなものであった。
だから、鏡黎館ではなく、青霊堂で学べと父に言われた時は酷く困惑したが、関東、特に東京には確かな実績を誇る陰陽家やルーツは違えど歴史の深い陰陽家が数多く存在していることを知って、多少前向きに捉えることはできた。
青霊堂の講義はより実践的で、陰陽術に対しての捉え方が京都とは根底から異なり、新しい刺激に日々成長していると感じていた。
もっと成長して京都の陰陽師達を倒して、七条家を侮っている一条家に一矢報いるとそう思っていた矢先、青霊堂に倉宮晴人が現れた。倉宮家の人間は鏡黎館に進学していると思っていたし、陰陽塾に編入なんて聞いたことがなかった。
彼は陰陽術を学んで日が浅く、本格的に学ぶために青霊堂に来たと言った。その言葉は私の努力を否定する言葉のように聞こえた。陰陽御三家筆頭とも言われる家の人間が今まで陰陽術を習ってこなかった。それなのにここにいる陰陽師達と肩を並べられる気でいる。
私が悔しさを糧に積み重ねてきた十年近くにたかが数年で匹敵しようとしている。
そう思ったら私は彼に試合を申し込んでいた。
負ける気はなかった。重傷を負わせない程度に手加減をして陰陽師の実力は才能や血筋だけではないと自分に証明するつもりで試合に挑んだ。
でも負けた。
圧倒された。
才能に押し潰された。
プライドはへし折られた。
そして、彼の強さが眩しくて、羨ましかった。
またまた名前だけですけど新キャラ登場ですね。「四方院家」とは京都の外の四方を守る東院家、西院家、南院家、北院家の四家のことになります。本格的に登場するのはもうちょい先ですかね。関東の陰陽家も新たに登場しましたが、彼らが本格的に物語に関わってくるのはまだ先です。




