第五十五話 燃ゆる古都、揺れ動く影 その十四
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この第三校舎は三度改修と増築が行われ、現在のモダンな建物となった。今まで私塾だった陰陽塾という学び舎がその制度と共に整備され、初めて公的な塾として開校したのがこの旧鏡黎館本校舎だ。平安時代以降、陰陽術やそれに伴うまじないは少々特殊な扱いを受けてきた。
武士が力を持ち、幕府による京都を頼らない自治体制によって陰陽師の立場は非常に微妙なものになった。一部、武家に雇われ、戦の行く末を占ったりしていた者もいたが、大多数は人里離れた場所で陰陽師として妖と対峙していた。
そんな時代で陰陽御三家や後の京都九家は何をしていたかというと、彼らは表向きは京都を束ねる商いとして振る舞い、陰陽家を存続させ続けた。
その当時、時代の変革に取り残された京都は時代の舵を取る権利を失っていた。それによって起こったのは中世魔女狩りにも似た異能力者の迫害であった。陰陽術が現代のような形になったのはほんの数百年前だ。それ以前はある時期まで陰陽師は誤った認識を受けていた。
今でこそこの国の九割九分の人間が陰陽師という存在を知らない、または耳にしたことがない。科学が発達した現代では超常現象とされてきた物事に説明がつけられるようになった。
だが、一部科学では説明のつかない現象が起こることがある。そうしたケースは往々にして妖が関係している。そのような時、陰陽師が問題を解決する。
というように、現代の陰陽師はやることがかなりはっきりしているのだが、昔は違った。端的に言えば、陰陽師という存在が表に出過ぎていたのだ。京都における政に関わり過ぎていた家が多く、武家からの反感を強く買ってしまった。
彼らからすれば陰陽師とは未知の存在だ。妖が見えなければ、呪力を感じ取れるわけでもない。理解ができない存在だと考えられた。その結果起こったのが、自分達にはない特殊な力を持った陰陽師という未知なる存在への迫害だった。
陰陽師の力に目覚めるのは陰陽家の血を引く者だけだったお陰で、幼い子供が力を持って生まれたせいで殺される、なんてことは起こらなかったが、世界から締め出されるように陰陽師は居場所を失っていった。
時代の変化にいち早く反応できた陰陽御三家は陰陽家であることを徹底的に隠し、変わりゆく世界に順応した。そのやり方を真似できた家だけが京都に残り、プライドを捨てられなかった家々は京都から全国各地に出ていくことになった。
現代で日本全国に陰陽家や陰陽塾が存在するのはこうした歴史的な出来事があったからである。
この旧鏡黎館が山奥に建てられたのも無用な争いを生まないためでもあった。山と山の間に建てることで認識阻害の結界を張っているにもかかわらず、偶然発見されてしまうという可能性を限りなくゼロにできるというのもこの場所が選ばれた理由である。
天然の遮音性と機密性を備え、妖の根城である山を監視できるという点も大きく妖との戦いの中で改修と増築を繰り返し、今の形になった。
校舎入り口にバスが停まり、生徒達はバスから降り始めた。奏と宗近は前の方の席に座っており、席を立って通路に出ると少しだけ後ろの晴人と羽月の方を見てバスから降りた。
全員が降りた後、晴人は封筒を小此木に返し、バスを降りた。
第三校舎は山の麓にある演習場に隣接する形で建てられ、有事の際には避難所にもなるように改修が行われた。そのため、校舎でありながら一階が宿泊施設のような内装をしており、オフィスビルのような青霊堂とは違った趣を感じさせる建物であった。
エントランスを奥に進み、先頭を歩く小此木は第一ホールの扉を押し開けた。ホールと言うだけあって中は広く、ざっと見積もっても二百人は収容できるスペースがあり、入って正面にある大型のモニターに交流会二日目以降のスケジュールについてという文字が映し出されていた。
ホールには横長の机と合わせて置いてある三脚の椅子が横に四列並んでおり、晴人達は左二列の席に二人ずつ座っていった。最後に晴人と羽月が左端の列の最後尾の席に座り、数分待っていると鏡黎館の生徒達が別の入り口からホールに入ってきた。
空いている右側の席に青霊堂の生徒と同じように席に着いていく。こちらを値踏みするようにジロジロと見る鏡黎館の生徒達に奏はため息をつき、同じように視線を感じた晴人は背もたれに背を預けた。
本来、奏は青霊堂側ではなく、鏡黎館の生徒としてこの場に座っていたはずだった。名門京都九家が一家七条家の次女。その肩書だけでもこの陰陽界では十二分に通用してしまうというのに彼女は青霊堂にその籍を置いている。
鏡黎館にも京都以外の地域から来た陰陽師は数名だが、在籍している。羽月も生まれは横浜だが、今は東京の青霊堂に通っている。
ただ京都は他の地域に比べて優秀な陰陽師の母数が多く、鏡黎館は他の陰陽塾と比べて極端に京都で生まれ育った陰陽師の割合が高く、傾向としてエリート意識が高い陰陽師が多いらしい。
奏に向けられる視線も侮っているというよりも憐れみの目で彼女を見ている者ばかりであった。反対に晴人に対しては好奇の目が向けられていた。
「少々遅れて申し訳ない。突然のスケジュール変更にこちらも準備に手間取ってしまってね。では早速だが、今日の団体戦について説明しよう」
鏡黎館の教師と思われる人物がホール隅の司会台に立って話し始めると小声で話していた生徒達は皆黙り、スピーカーから流れる声だけが部屋に響いた。
「ルールは代表者八人同士の勝ち抜き戦で、どちらかが降参または審判団が戦闘不能と判断した場合に決着とする。試合の制限時間は二十分、時間内に決着が着かなかった場合は双方敗北とし、次の試合に移行する。そして、互いの最終選手を先に倒した方を団体戦の勝者とする」
司会者の言葉に合わせて巨大モニターにルールが映し出される。
試合形式は二十分の時間制限付きの一対一の勝ち抜き戦。引き分けの場合は次の代表者に試合の順番が回ってくる。そうして試合に勝利していき、相手の八人目の代表者を倒して決着という形だ。
至って一般的なルールだ。急遽変更された割には青霊堂側が大きく不利になるわけでも、鏡黎館側が有利になるわけでもない。
羽月や宗近をはじめとしたクラスメイト達は概ね納得しているが、晴人と奏はまだ何かあると司会者の方を注視していた。
「次に団体戦のメンバーだが、両塾の事前協議により鏡黎館からは一条響磨、二条晃、我妻忠臣、成坂晶菜、清水櫂、由良七夏、駒井元樹、瀬ノ塚薫子の八名を代表者に選出した。青霊堂からは七条奏、真波羽月、天草宗近、錦野まつり、獅子杜青葉、施田廉次、伴部真貴。そして、倉宮晴人。この十六名による団体戦を今より三十分後、屋内第一演習場にて開始する。試合に出場しない生徒は二階席で観戦するように。こちらからは以上だ。小此木先生、青霊堂からは何かありますか?」
「賽ノ目先生、ご説明いただきありがとうございました。こちらからは一点、試合での術式制限についてお聞きしてもよろしいですか?」
壁際に立って話を聞いていた小此木が鏡黎館一年担任賽ノ目桐悟に聞いた術式制限というのは端的に言えばレギュレーションだ。術式にはその規模や効果、発動条件などから判断された位が設定されている。
こういった試合では「人体に後遺症が残る可能性のある術式」を上限として、それ以下の効果の術式を使うように取り決めを行う。
特に若い世代の試合は未来に陰りを落とすことのないよう、細心の注意を払って行われる。そのため、小此木はラインを明確にするために改めて賽ノ目に使わせない術式について明確にせよと問いかけた。
「術式制限についてですが、一般的に使われている制限に加え、各家固有の術式、会場が屋内なので大規模爆発が想定される術式の禁止、それ以外なら陰陽符も式神も自由に使ってよいというのではいかがでしょうか?」
「分かりました。仮に故意ではないにせよ術式の制御を誤り、対戦相手に害を与えてしまうとこちらが判断した場合、試合中に限らず間に割って入りますが、問題ありませんね?」
「それはもちろん。お互い生徒は大切ですから、試合とはいえ人命が最優先です」
「こちらからは以上です」
「では全員、第一演習場に移動してください。後、出場する順番はご自由に」
賽ノ目がモニターの電源を落とすと同時に鏡黎館の生徒達も席から立ち、皆口々にやる気のほどを声に出しながら部屋を出ていった。
新キャラが続々と出てきましたね。一応、選ばれた十六人は各塾の上位八人だと思ってください、順不同ですけど。一応というのは晴人の実力がクラスメイト達の中でまだ完全に認められていないからです。
キャラ名:二条晃、我妻忠臣、成坂晶菜、清水櫂、由良七夏、駒井元樹、瀬ノ塚薫子、錦野まつり、獅子杜青葉、施田廉次、伴部真貴




