第五十四話 燃ゆる古都、揺れ動く影 その十三
更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非フォローしてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も書いているので是非読んでみてください。
玄関の鍵を開け、中に入り、廊下を通ると居間から三人の楽しげな声が聞こえてきた。羽月には黙って行った手前、怒られることも覚悟していたが、干将に任せて正解だったようだ。
階段を昇って自室に入り、晴人は酒呑童子を呼び出した。
「この資料を守ってくれない?部屋に置きっぱにすると盗まれるかもしれないから」
「一緒にいるはずの朱雀がいないのはそういうことか。分かった預かろう」
蓮ヶ谷邸の貴賓室を最後に朱雀は姿を消した。鵺が蓮ヶ谷邸をかなり遠方から覗き見している者を発見したからだ。その者を捉え、尋問した結果、その者から上に倉宮邸の襲撃の可否を問う連絡をしたことが判明した。
そのため、朱雀は倉宮邸に先回りし、周辺に張った結界術式の補強や通行許可のない者に対する罠を強化していた。
「後、鵺。一応、蓮ヶ谷さんの家に分身を置いといて。もし一条家が俺の行動を起点に攻撃するのなら多分、狙われる」
「分かりました」
廊下の明かりで伸びた影から応答する鵺に晴人は笑いかけた。
「じゃあ皆、お願いね」
酒呑童子に資料を渡し、晴人は部屋を出た。階段を降り、居間に入るとエプロン姿の羽月と干将、母が談笑をしながら料理を作っていた。
「あっ晴人君、お帰りなさい」
「ただいま。晩ご飯を作ってくれてるの?」
「今日はとんかつだよ。座って待ってて」
台所で楽しそうに話す三人の横を通り過ぎ、大人しく食卓の席に座った。先に居間に来た父は部屋の奥のソファに座り、何やらタブレットと携帯を行き来し、忙しそうにしていた。
部屋には女性陣の談笑する声と肉を揚げる音、ニュースを伝える声が響き、日常の風景がそこにはあった。陰陽師となり、玉藻前と対話をするために諦めた日常が広がっていた。
晴人は机の下で強く拳を握り締めた。
この日常を失わないように、この風景を守れるように、そのために何をするべきかはもう決めた。蓮ヶ谷邸で色々な話を聞いて、京都に来る前にも朱雀から陰陽の歴史を学んだ。その上で、倉宮家の人間としてではなく、一個人として何がしたいかと考えた。
やっぱり俺はこの日常を守りたい。
平穏で、何よりも暖かいこの日々を守っていきたい。その日常が多くの人間の尽力と犠牲の上に成り立っていることも分かっている。
この思いが傲慢であることも、この望みが誰かの思いを代償にしなければ叶わないことも、ちゃんと分かっている。
だから、中途半端では駄目だ。決めたのだ、何を成すのか。その先に何を望むのか。
晴人は右手に込めていた力を抜き、お茶の入ったコップに口をつけた。喉元に上がってきた言葉ごと飲み込み、コップを置いた。
「はーい、ご飯運ぶから動かないでねー」
台所から盆に料理を乗せた三人がやってきて順番に盆をテーブルに置いた。よく揚がったとんかつの香りに自然と食欲が刺激され、小難しく悩んでいたこともいつの間にか晴人の頭からどこかへ飛んでいっていた。
全員分の料理が机に置かれ、席に着き、皆で手を合わせた。
「「「「いただきます」」」」
早速、とんかつを口に運び、一口で頬張る。晴人の口から自然と漏れ出た感嘆に羽月は頬を緩ませた。そこから他愛のない話をしていると気が付けば皿は綺麗に空になっていた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。お皿はそのままでいいから先にお風呂に入ってらっしゃい」
「そうさせてもらおうかな」
また懐かしい感覚が胸を一杯にする。最後にそんな言葉をかけられたのはもう半年も前のことなのかと今更ながら時間の早さを痛感した。
そんな表情を見せたくなくて晴人は足早に居間を出た。
風呂を済ませ、居間にいた羽月に出たことを伝え、晴人は自室に戻った。部屋には朱雀が帰ってきており、ちょうど式神同士で方針を話し合っていたところだった。
朱雀曰く、交流会は一日目にして面倒事の種が撒かれたようで交流会に参加している一条家の一条響磨が早速、晴人について聞いてきたらしい。不審に思った青霊堂の生徒達は彼に取り合わなかったが、かなり前のめりな様子だったそうだ。
酒呑童子は蓮ヶ谷から受け取った資料に目を通し、一条家の情報を全て記憶したそうだ。渡してから二時間と経っていないのに、とも思ったが、そもそも妖として規格外なのだから今更そんなことに驚いても無駄かと晴人は開き直った。
交流会の一日目は軽いオリエンテーションで終え、明日は午前に鏡黎館の講義を、午後に青霊堂の講義を受けることになる。
具体的に何をするかは知らされていないが、晴人は明日の交流会に胸を膨らませていた。部屋の電気を消し、ベッドに入り、その瞳を閉じた。鼓動は落ち着きを取り戻し、再び目を開ける頃には夜は明けていた。
いつものように抱き着いている干将に布団をかけ、晴人は洗面所に向かった。時刻は六時半。七月に差し掛かっていることもあり、日の出が早く、太陽が明るく街を照らす。
顔を洗い、これまたいつものように朱雀に髪を整えられ、部屋に戻って制服に着替える頃には羽月や両親も起き始め、共に朝食をとり、荷物を背負って玄関に向かった。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。二人共、気を付けてね」
「羽月さん。もうここは君の家で、私達は家族だ。どんなことでも好きに頼りなさい」
「はい。ありがとうございます」
「晴人。お前はお前の進みたい道を行け。後のことは俺達大人が何とでもしてやる」
「分かった。頑張ってみるよ」
「朱雀。晴人のこと、頼んだぞ」
「この命に代えましても」
「よし。二人共、行ってこい」
晴人と羽月は顔を見合わせ、玄関の扉を開けた。空高く照る太陽の下、二人は歩き出す。大門が開き、晴人は家を一瞥し、酒呑童子が運転する車に乗り込んだ。
車は静かに走り出し、街の喧騒は聞こえなくなる。この騒がしさが悲鳴に変わってしまわないように晴人はその瞳に力を込めた。
車を走らせて十五分ほどすると大きなホテルの入り口に到着した。
「ここが塾生が泊まっているホテルだ。そろそろ集合時間だぞ」
「ありがとう、酒呑童子」
「ありがとうございました」
車から降り、ホテルのロビーに向かう二人。自動ドアを通るとすぐに小此木が立っていた。
「来たか。ひとまずバスに乗ろう。席は入って一番右後ろだ。それでこの紙を読んでおいてくれ」
そう急かすように言う小此木。二人は足早に移動する小此木の後ろについてバスへ乗り、クラスメイト達への挨拶もそこそこに席に着いた。どうやら二人が最後だったようでバスはすぐに出発した。
晴人は小此木から渡された封筒を開け、折りたたまれた紙を取り出した。紙を開くと二枚重なっており、一枚目は昨日の交流会で起こったことが手書きで書かれていた。
一条響磨が倉宮晴人を探していた。オリエンテーションの中で軽いいざこざがあった。交流会の内容が急遽変更になった。
この三点と簡単な補足が箇条書きでメモされており、二枚目には変更後のスケジュールが書かれていた。当初、交流会の前半は両塾の講義を体験し、五、六日目に両塾の生徒達による交流戦を行うという予定であった。
それが毎年の慣例であり、小此木も事前にそう説明していた。
だが、二枚目の紙によるとその予定が大幅に変更された。今日と明日の二日で団体戦と個人戦を行い、四日目に小グループに分けた対抗戦を行い、五、六日目は三日間の結果を鑑みて内容を決定するという形に変更された。
例年にない戦闘色の強さに小此木を初めとした教師陣は説明を求めたが、事前に協議は行われているの一点張りで結局この日程で交流会は進められることになった。
どうりでクラスメイト達が突っかかってこないわけだと晴人は納得した。
皆、自分のことで頭がいっぱいになっているのだ。小此木から渡された紙には団体戦などの詳細が書かれておらず、そのせいで余計に心理的なプレッシャーがかかっているのだろう。
晴人は羽月に二枚とも渡し、頭の中で式神達に意見を求めた。
(こちらの力量を測りにきたのでしょうね、やり方はかなり強引ですが。戦いによって晴人様を消耗させ、機を狙って奇襲をかける。地の利は向こうにありますし、良い作戦だと思いますよ)
(でも晴人様が全て棄権すればその作戦は成り立たないのでは?)
(莫邪ちゃんの言うとぉりだけどそれは無理かなぁ。どぉせ晴人様は全てに強制参加って言われるだけだよ)
(俺も干将の言う通りだと思う。酒呑童子はどう思う?)
(元よりこの都に来た時からやることは一つだろう?)
酒呑童子のその言葉に式神達は納得して晴人を現実へ送り出した。この京都に来た理由はただ一つ。色々な情報を知る中で一番重要なことを忘れかけていた。
晴人は隣に座る羽月に耳打ちした。
「どう思う?」
「宣戦布告だね。思いっきり戦いにきてる」
「勝てるかな?」
「皆で、勝つよ」
羽月は晴人の手を握り、そう宣言した。晴人は一人じゃない。仲間は大勢いる。好きに頼って、迷惑をかけていいんだと羽月は晴人の目を見てそう言った。
皆という言葉に羽月が込めた意味を晴人は誤解せず、正しく受け取った。昨日とは違った面持ちを見せる羽月に、晴人は干将に何をしたのか聞こうとしたが、すぐに止めた。それは無粋な気がしたから。
「全員聞いてくれ。今日はまず第一ホールで説明を受ける。その後、両塾メンバーを選び、団体戦を行う。試合の形式などは第一ホールで説明されるからよく聞いておくように。今は以上だ」
小此木の言葉に皆の緊張が強くなっていくのを感じた。
バスは街中を抜け、山道に入っていく。いくつかの曲がり道と坂道を越えて晴人達を乗せたバスは旧鏡黎館本校舎、現鏡黎館第三校舎に到着した。
急な競技の変更は何者かの作為を感じますね。一体何故そんなことをするのか。それが分かるのはまだ先です。




