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あやかしばかし  作者: 東上春之
第二章 燃ゆる古都、揺れ動く影
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第五十二話 燃ゆる古都、揺れ動く影 その十一

更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非フォローしてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も書いているので是非読んでみてください。

「じゃあ部屋に戻ろっかな」

「いやいや折角うちにいるんだから一緒にお料理しましょ?」


 干将の忠告を聞いて大人しく部屋に戻ろうとした羽月の背にいつの間にか楓が立っていた。


「えっ何時からそこに?」


 どうして立っているかよりも何時から立っていたのかの方が重要だ。晴人が二人に何も話さずに外出したかもしれないのに。


「何時からでしょうね」


 干将との会話を聞かれたと思い、焦る羽月とは対照的に楓は穏やかに微笑んでいた。

 その頃、家を出た晴人は情報を聞き取り終わった朱雀と合流し、封筒の中の手紙に書かれた住所に到着していた。

 建物の見た目はレトロながら入り口の門からも古さを感じないデザインで素直にいいなと思ってしまった。

 門前で待っていた女性の使用人に屋敷内へ案内され、玄関から一切止まることなく、まるで晴人の来訪を予期していたかのようにスムーズに屋敷の主であり、この封筒の差出人である蓮ヶ谷佳乃の待つ部屋へと辿り着いた。

 使用人が三回ノックをすると扉が内側から開き、また別の給仕服を着た女性の使用人が晴人と朱雀を出迎えた。

 かなり広めの洋室に白を基調にしたカーペットと洋テーブルが置かれ、同系色の二人掛けのソファがテーブルを挟んでいる。絵画はなく、棚は蓮ヶ谷のソファの後ろに一つだけ。

 部屋を四等分すると右奥隅に部屋としての全ての機能が集中しているような形に見えた。残りのスペースには物が何も置かれておらず、塵一つない床が広がっている。

 部屋の中に足を踏み入れ、晴人は真っすぐ蓮ヶ谷が立つ部屋の奥へ移動した。


「晴人様、本日はお越しくださりありがとうございます」


 蓮ヶ谷佳乃。倉宮補佐家衆三十代目代表。女性ながら十年以上補佐家衆の代表を務め、還暦を迎えながら京都に千人以上いる補佐人を束ねる傑物である。

 事前に朱雀からそう聞いていたが、想像以上に温厚な雰囲気の人物に晴人には見えた。


「いえむしろ、急に来てしまったのに快く受け入れてくださってこちらこそありがとうございます」

「いえいえ。立ち話もなんですから、どうぞお座りになってください」


 蓮ヶ谷に促され、晴人はソファに腰を下ろした。蓮ヶ谷もソファに座るとまた三度ノックされて扉が開き、また別の女性の使用人がティーワゴンを部屋にいる使用人に受け渡し、部屋を出た。

 使用人はワゴンで運ばれた紅茶を二つの空のカップに注ぎ、先に晴人の、次に蓮ヶ谷の前のテーブルに置いた。テーブルマナーをよく知らないとはいえ、晴人だって家の主より先に飲み物や食べ物に手をつけない方が礼儀正しいということは知っている。

 蓮ヶ谷がどうするか見ているとこちらを見て目でどうぞと言っており、こちらが動かないと何も始まらないと察した晴人はカップを持ち、一息で紅茶を飲みきった。

 それを見て蓮ヶ谷もその後ろに立っている使用人も目を丸くし、晴人がコースターにカップを置いた音で平静を取り戻し、蓮ヶ谷は紅茶を口にした。

 晴人は蓮ヶ谷がカップを置くまで待って、内ポケットから封筒を取り出し、机に置いた。


「どういう理由でああいった形でこの封筒を渡してきたのかは聞きません。なので単刀直入にお聞きします。一条家の動向についてどこまで把握していますか?」


 家を出てここに来るまで、ずっと考えていた。父も朱雀も分家や仕えてくれている家を疑っている。そこに自分も加わってしまうのは良くないのではないか、と。

 自分よりも賢い人達が疑うというのなら馬鹿なふりをして乗ってやろう。実直に信じてみようじゃないかという結論に晴人は至った。

 それを聞いた朱雀は少しだけ頬を緩ませ、「いいんじゃないですか」と晴人の背中を押した。

 そんなこんなで晴人はこの場で襲われてもよいという覚悟で陰陽符を一切持たずにこの屋敷へやってきた。そのため、一切の読み合いをする気はないと第一声から示すことにした。


「こちらで確認しているのは一条家が先週から京都北部の警備を緩めている、または意図的に京都に妖を流入させていること。その妖の勢力は京都東部に集結していること。その中でも五体、強力な呪力を放つ妖が確認されていること。そして、彼らが京の街中を戦場にしようとしていることでございます」


 こちらの来訪の意図を理解していたかのようにすらすらと晴人の質問に答える蓮ヶ谷。


「結構素直に教えてくれるんですね」

「我らは倉宮補佐家衆でございますれば、主の命に従うのは当然でございます」


 疑わないと決めたが、流石に少しは疑いたくなってしまう。晴人は身体を少しだけ前に傾け、更にもう一歩、踏み込んだ質問をした。


「なら、もう一つお聞きします。倉宮分家が把握していない一条家の情報をどのくらい持っていますか?」


 その言葉を晴人が発すると部屋の空気が弦を張ったように緊張感を持った。わずかだが、使用人の顔の眉頭に力が入ったことを朱雀は見逃さなかった。


(その調子です、晴人様)

(了解)


 朱雀が嬉しそうに声をかけてきた。その調子ということはやはり補佐家衆も独自の思惑を持っていると考えていいのだろう。そうなると一条家と対峙する前に倉宮家の方が内部分裂しかねない。

 どう対策を取るか考えようとすると蓮ヶ谷が笑い出した。


「ははは、次代の倉宮家当主は安泰ですな。晴信様」

(なるほど)


 数秒前とは打って変わって蓮ヶ谷が突然、声を張って父の名を呼ぶと晴人が入ってきたドアが開き、家にいるはずの晴信が部屋に入ってきた。朱雀はここまでの一連の出来事が全て晴信の掌の上であったことに気が付いた。

 晴人が周囲を疑うようなきっかけを与え、蓮ヶ谷に如何にも怪しい封筒を晴人宛てに作らせ、晴人を謀った。どんな結論を出すのか「期待」していたわけだ。


「そうだろう?晴人は陰陽術を学んで日は浅いが、それを補って余りある胆力がある。こうなってほしいと思ってはいたが、息子の成長を見ることができて嬉しいぞ」

「これは私の負けですね」

「だから言ったろうに。俺の息子は芯の通った人間だと。きちんと自分の考えを持った人間に育ってるんだよ」


 二人が何の話をしているのか段々と分かってきた。恐らくこれは。


「俺は父さん達に試されたの?」

「簡単に言うとそうだ。よくやったな、晴人」


 つまりは晴人がこの場でどう、そして何を問うのか。それらを賭けていたというわけだ。

 晴信と蓮ヶ谷の間で行われた賭けの内容は非常にシンプル。晴人が倉宮補佐家衆を「信じる」か「否」か。無論、晴信は信じる方にベットした。晴人ならばこれくらいの壁、楽々と乗り越えてくれると信じていた。

 晴信は自慢の息子の頭を撫で、その左隣に腰を下ろした。


「さぁ約束は守ってもらうぞ、補佐家衆三十代目代表?」

「もちろんですとも」


 晴信の言葉に蓮ヶ谷は立ち上がり、その後ろに立っていた使用人がベルを鳴らす。すると続々と部屋に使用人達が入り、部屋の空いているスペースで整列をした。その先頭に蓮ヶ谷が立ち、片脚を引き、片膝をついた。


「我ら倉宮補佐家衆は今後も倉宮家とその当主、倉宮晴信様、そして次期当主、倉宮晴人様に誠心誠意お仕えさせていただくことを蓮ヶ谷佳乃の名の元に、ここに宣言いたします。これからも粉骨砕身の思いでお仕えさせていただきたいと思います」


 蓮ヶ谷は深々と頭を下げ、その後ろに並ぶ使用人達も同様に片膝をつき、主以上に深々と頭を下げた。

 その光景を見て晴人はどうしてこの部屋に通されたのか、その意味に辿り着いた。この広い部屋は客間ではなく、言うなれば謁見の間。家臣が王に膝をつき、首を垂れ、剣を捧げる場。

 それと同時にその忠誠心を捧げるに値しなければこの部屋は白い床に鮮血を撒き散らせる処刑場に成り変わったかもしれない。

 まさか本当に刃傷沙汰になりはしないだろうが、彼らに失望されていたら何も得られずこの屋敷から追い出されていただろう。


「あぁよろしく頼む。ほら晴人も」

「こちらこそよろしくお願いします」

「もちろんでございますとも。では泉、一条家についてまとめた資料をお持ちなさい。北小路は京都の地図と駒を。板垣は妖の脅威度をまとめた報告書を。あと全員、着替えてらっしゃい」


 主の号令で立ち上がった使用人達は続々と部屋を出ていき、部屋には五人だけが残された。


「では私達も移動いたしましょう。ここは声が響いて話しずらいですから」

「貴賓室へご案内いたします。こちらへどうぞ」


 四人は使用人に案内され、屋敷の奥の貴賓室に移動した。こちらの部屋は温かみと高級感のある木材を多く使っており、暖色の家具と相まって特別な空間なのだと視覚的に思わせてくる。

 ソファに父が座るのに合わせて晴人も座る。するとその瞬間、あまりの沈み込み具合に晴人はおぉと唇を尖らせた。

晴人の選択でいくつも分岐するはずだった未来はその枝葉を削ぎ落とし、進むべき流れを歩み始めた。

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