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あやかしばかし  作者: 東上春之
第二章 燃ゆる古都、揺れ動く影
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第五十話 燃ゆる古都、揺れ動く影 その九

更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非フォローしてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も書いているので是非読んでみてください。

 晴人の寝顔を上から覗き込み、羽月は笑みをこぼした。こんなあどけない表情で眠る少年に陰陽界の行く末が掛かっていると誰が思うだろう。つい数週間前まで陰陽師でもなんでもなかったただの少年が、今、この京都で最も影響力を持つ陰陽師になるなんて。

 晴人が青霊堂に入塾する少し前、羽月は父から倉宮晴人について教えてもらっていた。と言っても判明している情報はほとんどなく、今思えばその時から晴人という一人の人間に興味を持ったのかもしれない。

 陰陽御三家筆頭倉宮家の次世代。いずれ大家を背負い立つ者。そんな風に父は晴人のことを話していたが、塾で目にして話してみて、率直に陰陽師らしくない人だと思った。

 陰陽の世界を知って数日だという晴人が既に陰陽の何たるかを理解していたら、それはそれで驚くべきことなのだろうけれど、その時の彼からは歴史の古い家に生まれた陰陽師が一番最初に捨てる「自己犠牲の精神」を強く感じた。

 陰陽術を学んで間もない晴人と物心ついた頃から陰陽術を学んでいた奏。どちらが勝つか、そしてどちらが負けるかなんて火を見るよりも明らかだった。

 羽月は横浜にある陰陽塾で中等過程を学び、この春、青霊堂に入塾した。奏とは二ヶ月弱の付き合いになるが、一番近くで彼女を見てきて彼女が才能に胡坐をかいた陰陽師でないことを羽月はクラスの誰よりも知っていた。

 だから、この試合に何の意味もないと思い、晴人が怪我を負わないように試合を止めさせるため、彼に声を掛けた。

 若干緊張しているのか初めは言葉に詰まっていたが、こちらが試合について口にすると表情が変わり、確かな口調で試合について語った。こちらの質問をけむに撒く方便のように聞こえたが、その言葉が決意だったことを理解したのは晴人が試合に勝利した時だった。

 晴人の言った「戦うことに意味がある」という言葉。負けたのにすっきりしたような表情をした奏を見て彼のしたかったことが分かった気がした。

 その後にひと悶着あって塾の窓から飛び出した時は彼の突拍子のなさに胸が最高にワクワクした。

 晴人の言動一つ一つから今まで感じたことがなかった刺激をいくつも受けた。陰陽界から見た常識と異なることを晴人が平然とするせいで何度も驚かされ、その度に倉宮晴人という人間への興味が強くなった。

 だから、京都駅で晴人に置いて行かれたと思った時は身体が動かなくなってしまうほど頭が真っ白になったし、晴人に共に行こうと誘われた時は二つ返事で飛びついた。

 だが、晴人の母から投げかけられた質問に答えられるようになるにはまだ当分時間が必要だ。その答えは決まっているけれど、その言葉を口にするには取り払わなければいけない障壁が多過ぎる。


(君もその内の一つなんだよ。分かってる?)


 スヤスヤと寝息を立てる晴人の頬に左手を当てる羽月。

 手から伝わる暖かさも、太ももに感じる重さも、何も不快じゃない。その手で触れられ、その目で見つめられ、その声で名前を呼ばれ、笑顔を向けられる度にこの胸は弦を弾いたように高鳴って、同じくらい締めつけられる。

 晴人が望まないと言ったのだ。恩を返せもしない今、彼に負担をかけてしまうのは本意ではない。

 だから、「この言葉」は箱に入れて奥にしまっておくんだ。箱から取り出すのはもっと、ずっと先。どのくらい未来になるのか想像もつかないけれど、開けるのが遅れて埃を被ってしまうかもしれないけれど、どこにあるのかだけは忘れない。

 それさえ忘れなかったら、箱に入れた時と変わらない、むしろ箱に入れる前以上の輝きで「この言葉」を照らしてくれるはずだから。

 そのたった一言を。

 口にするのは一瞬で。

 後悔するのは一生で。

 想い願うのは一時で。

 この言葉以上の言葉を私は知らないから、「この言葉」を私は箱に入れておく。そうしたら他の言葉は出てこない。そうすれば彼の望みが叶うから。

 願わくば、この手から、この目から、この心から、溢れ出てしまわないように。

 願わくば、この想いが、この願いが、この祈りが、言葉になってしまわないように。

 鍵をかけて胸の奥にしまっておこう。いつか取り出せる時が来るまで。

 羽月は晴人の頬に添えた手を晴人の頭に置き、優しく撫でる。

 晴人が目を覚ましたのはそれから約一時間ほどが経ってからだった。


(っん、あれ、いつの間に寝て)


 寝ぼける眼を開けると部屋の電気は消えており、身体には夏用の薄手の毛布が掛けられていた。姿が見えない羽月が掛けてくれたのだろうか。

 そう思い、身体を起こそうとすると肩を抑えられた。恐る恐る顔を上げると「おはよう」と羽月の声がした。


「もしかしてずっと?」

「うん。膝枕してたよ」


 そう当たり前のように言う羽月に晴人は言葉を詰まらせた。


「うっ、それはごめんというか、ありがとうというか」


 今が何時か分からないが寝ている間ずっと膝枕をしてもらっていたというのは流石に申し訳なさが勝ってしまうが、謝るのも羽月の厚意を無下にするようでどう言うべきか。


「えー晴人君は嬉しくないの?」

「嬉しい嬉しい、凄い嬉しいよ」

「なら何て言うの?」

「ありがとうございます」


 結局、感謝を述べた晴人であった。

 だが、これ以上は申し訳ないので床に手をついて起き上がろうとすると今度は頭を両手で挟まれ、羽月の膝の上から動けなくなった。

 また顔を上げると今度はぷくっと頬を膨らませてこちらを見ており、「起きちゃ駄目」と目で訴えていた。


「いやいや重かったでしょ。すぐ退くよ」

「駄目。悪いと思ってるなら私のお願い聞いてくれるよね?」


 羽月の理屈に雁字搦めにされる晴人。

 厚意に対してのお礼を羽月が求めているのだから素直に従うべきでもあるような気もするが、羽月の脚のためにここは退くべきだ。


「なら、羽月のためにここから退く。分かってくれるでしょ?」


 この言い方は、多分凄くずるい。

 だって、さっきまでしてやったりという顔をしていた羽月が唇を尖らせ、ムッとした表情をしているのだから。

 羽月が何も言い返してこないので晴人は身体を起こし、上半身を伸ばした。机に置いていた携帯を手に取り、時間を見ると十五時を少し過ぎていた。やはり一時間近く膝枕をしてくれていたようだ。

 早めに退いて正解だったなと晴人が後ろを振り返ろうとすると肩口から腕が回され、羽月が背中に乗るように抱き着いてきた。首筋に顔をうずめ、密着する背中からは彼女の体温と心臓の音、そして彼女の柔らかさが伝わってくる。

 突然の出来事に晴人は開いた口が塞がらず、身体は石像のように固まった。普段家で使っている香水とは違う甘い匂い、首筋に感じる髪の質感、背中から伝わる女の子らしさ。

 どれもが心臓を爆発させんばかりに五感を刺激し、全身が羽月を感じているような錯覚すら起こさせる。顔だけでなく耳までも真っ赤に染まっていることが見えなくても分かってしまうくらいに心臓が早鐘を打っている。


「ねぇ、晴人君。私は君の力になれるかな?君の隣にいるのに相応しい陰陽師になれるのかな?」

「どうした急に。陰陽師としてって言うなら羽月の方が先輩だろ?」

「そんな人に五歳から陰陽術を学んでた奏は負けたんだよ」


 晴人がわざと的外れことを言うものだから羽月は渾身の意地悪をプレゼントした。奏の十年を晴人は蹴り飛ばした。改めて口にすると陰陽師の「才」の恐ろしさを痛感する。

 無論、羽月は晴人が幼少期から本人の与り知らぬところで式神と契約していたことを知っている。陰陽師としての歴で言えば、晴人の方が五年以上も先輩だ。

 晴人が言っているのは陰陽術や呪力の扱いを学んだ時間という意味だとは分かっているが、羽月はわざとはぐらかした晴人にちょっとした仕返しをした。


「そう言われると胸が痛いんだけど」

「多分、今の時点でも晴人君は一級陰陽師以上の陰陽師だよ。鏡黎館の人達に会ったことないけど彼らじゃ晴人君には勝てない。奏ですら押し切れないんだから」


 名前を持った妖を六体も式神にできるのはこの世界には晴人しかいないだろう。羽月が父から聞いた話では一条家現当主一条諸永ですら二体までしか式神契約を行えていないらしい。

 本当の契約数を隠している可能性もあるが、単純な式神の強さを考慮しても晴人の方が圧倒的に上だろう。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺は羽月を守るって約束したんだ。そのことで羽月が思い悩む必要はないよ」

「それじゃあだめなの。それに終わりは来るって言ったのは晴人君だよ。いつまでも頼りっぱじゃいられない。この先私はどうしたらいいの?」


 耳元で響く、震える羽月の声。この先、これから、未来。それは晴人にすら分からない、想像もつかない。考えられる最悪の未来を想定して晴人は羽月を家族ごとこちらの陣営に引き込んだ。

 この短い人生で初めて、目を奪われた人を、誰かに、何かに奪われたくないと思ってしまった。それは倉宮家という後ろ盾ができたからそうしたのか、それともただの誰かだったとしても同じ決断をしたのか。

 それは想像がつかないが、初めて冒険をした気がする。無責任に責任を負った。

 羽月から自分の家族は一条家に仕えさせられていると聞いた時、彼女らと敵対する絵が頭に浮かんできた。血と涙を流し、炎の中で倉宮晴人は後悔している。そんな絵がはっきりと見えた気がした。

 何故なら自分が同じ立場だったら全く同じことをするだろうと思えてしまったから。

 相手に効果的にダメージを与えられると分かっているのだ。そうするのが自然で、そうなるのが嫌だった。そうはならないようにするなら、この方法しか思いつかなかった。

積み重ねて、積み上げて。終わりが来ると願いながら。

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