第五話 出会いと覚醒 五
更新です。思いついた物語を書き紡いでみました。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も連載しているので見てみてください。
妖も人間も純粋に強さを求めることは朱雀も認識していた。
安倍晴明が死に、式神の役割から解放された後も彼の血筋の家をそれとなしに見ていたが、やはりどの家も一様に強さを求め、試行錯誤を重ねていた。その中で強力な力を持つ妖を調伏して自身の、またはその家の式神にする家もあった。
特に晴明の式神の中でも特に強大な力を持つ「十二神将」を巡っては一波乱も二波乱も起き、その渦中にいた朱雀は人間の強欲さに辟易し、数百年は人間の世から離れていた。
他の十二天将の中には個人ではなく、守護式神として家と契約を結んだ者もおり、代々その家の当主に選ばれた者が守護式神の契約者となるという契約を結んだ者もいた。
強力な式神と契約する以外に他家と婚姻を結び、陰陽師としての血を濃くすることを選んだ家もあった。陰陽家同士で婚姻を結び、血が濃くなった次世代がまた更に陰陽家の者と婚姻し、という狂気の作業を何世代にもかけて行い、晴明直系の家に匹敵する者を輩出した。
実力主義の陰陽界が出来上がるきっかけとなったのはやはり、倉宮家を代表する晴明の直系の家だろう。
当時、晴明と互角と評された「芦屋道満」ですら彼を超えることは叶わず、道満以外の陰陽師にいたっては晴明の足元にも及ばない陰陽師であった。晴明の直系というだけでそれだけ特別なのだ。
他家はその現実を妬んだ。どうすれば彼を、彼の血を超えられるのか、と。
彼の死後、タガが外れたように各家々は独自の方法でより強い陰陽師を生み出そうと躍起になった。非人道的行為を含めて長い間、様々な方法が研究されて婚姻による次世代への継承が最も効率的な方法であると結論付けられた。
次世代に継承する段階で種が広がり、陰陽界全体の貢献にも繋がると、生産的で効率的な種の交配であると彼らは言った。
それがどれだけの苦痛を強い、苦汁をなめさせられる者が現れるのか考えもせずに。いや、そんなことは分かっていたのかもしれない。
分かっていて家畜のように産めよ増やせよと上から命じ、蚊帳の外からあるいは高みから見物していたのかもしれない。
結果的に見れば、陰陽家間での婚姻は陰陽界全体の底上げに貢献したようにも思える。世代を重ねる毎に陰陽師のレベルは確実に上がっていた。今では殆どの陰陽師が家固有の陰陽術以外の全ての術式を問題なく扱うことができる。
だが、現実はそうではない。
力のある家による強引な婚姻。既に婚約者がいる相手の無理矢理な略奪。とある地域では強制的な婚姻統制など想像を絶することが現実で行われていた。
その妬みと怨みの上に陰陽界は存在し、その恨みを倉宮家のような力を持った家にぶつける者も少なくはない。
現在は宮内庁陰陽局によって口に出したくないような悪習は規制され、強制的な婚姻統制は事実上なくなってはいるが、力に憑りつかれた陰陽界は優秀な陰陽師の早婚を推進しており、古い世代ほど、そういったことを臆面もなく口にし、特に優秀な女性の陰陽師は半ば奪い合いの対象になってしまうこともあった。
そういう意味ではどれだけ時間が経とうと一度狂った歯車は二度と元には戻らず、狂ったまま回り続けた結果が今の陰陽界なのだろう。
その中でも比較的自由に振舞う倉宮家を始めとする晴明の直系の家は羨望の眼差しで見られていた。
だからこそ、倉宮家は晴人に国内でも特に強力な妖を彼の式神にさせた。朱雀の疑問の答えは案外単純で、倉宮家が重い腰を上げたというだけである。
倉宮家がその重い腰を上げた理由の一つは状況が悪い方に回ってしまったからである。
これは晴人が生まれる前の話だが、陰陽界で陰陽御三家に対して急にヘイトが高まった事件があった。
御三家以外の家で問題が起こり、どういうわけかその出来事の中で御三家の名前が上がり、突然憎悪の目が倉宮家、近衛家、藤家の三家に向けられたことがあった。
結果的に見ればこの出来事に御三家は関わっておらず、何者かによって舞台に上がられただけではあったのだが、解決後数ヵ月はその影響が尾を引き、面倒な事態になりかけたことがあった。
御三家に向けられた厳しい視線が彼らに陰陽界への不信感と一族を守るという使命感に拍車をかけた。前々から御三家とその分家は陰陽界では他の家よりも格が上として扱われていた。
それは血筋や積み重ねた歴史が他家を圧倒するほどのものだったから、だけではない。その勢力が日本各地に広がっていることもその要因になっていた。
倉宮家の分家には高倉、和倉、朝倉家の三家が存在する。全国各地に活動拠点や影響力を及ぼせる家は数少なく、特定の地域で勢力を伸ばしている家もあった。
歴史と共に形成した勢力に新興勢力が敵うはずもなく、その結果が現代になって噴出していると考えられる。
倉宮家が晴人に力を与えたのは不穏な流れを見せる陰陽界から守るためなのだ、もちろんそれだけではないが。朱雀が知り、理解できたのはここまで。その裏にある願いは妖である彼女には理解することができなかった。
「晴人様は私が守ります。だから安心して眠ってください」
胸に抱いた晴人の髪を撫で、彼女は瞳を閉じた。
晴人が再び目を覚ましたのは十八時を過ぎたところだった。六月半ばになって日も高くなり、窓から鮮やかな夕焼けが部屋に差し込み、その光に照らされて晴人は目を覚ました。
(ほんとによく寝たな、一日半くらいか。ってよく見たら朱雀がいないな)
目を閉じる前は隣にいた朱雀はいつの間にかいなくなっていた。普段なら高校から帰って買い物に行って一人で食べる晩御飯の用意をしている時間だ。
寝起きで喉が渇いたので飲み物を取りに行こうとベッドから降りると小テーブルにコップ一杯の水が既に置かれていた。先に移動した朱雀が起きた晴人のために用意したものだ。
晴人は一口水を飲むと部屋から出て式神の存在を感じる広間の方へ向かった。襖を開けると部屋には干将だけが座っていた。
「干将だけ?」
「他の皆は晴人様の中で休んでるよ。私は晴人様が起きてきたら晩御飯をご用意しようと思って待ってたの」
落ち着いた干将の声に晴人は少しドキドキしていた。つい先ほどまでの口調と全く違うお姉さんのようなしっとりとした声に晴人は思わず息を呑んだ。
「そっか、ありがとう。でもやってもらってばっかりだと悪いから自分でやるよ」
「駄目だよ、晴人様」
晴人が台所に向かおうとすると干将は立ち上がり、晴人の手を掴んだ。
「私が晴人様のために料理を作りたいんだ。だから晴人様はここに座って私を待ってて。ね?」
干将は掴んだ手を離し、座椅子を引いて晴人の手を引き、椅子に座るように誘導した。
「いや」と改めて台所に向かおうとすると干将が無言の笑みでこちらを見るものだから「はい」と観念して大人しく席に着いた。そんな晴人を見て干将は嬉しそうに微笑み、
「じゃ、作ってきまぁす!」
口調を戻してパタパタと足音を立てながら台所に向かって行った。扉に手をかけた干将は半身で晴人の方を振り向き、ウィンクをして出ていった。
「急にどうしたんだか」
晴人は戸惑いつつも満更でもないような表情を浮かべ、力を抜いて背もたれに背を付けた。干将が料理を作ってくれている間、手持ち無沙汰な晴人はポケットに入れていたスマホを起動し、メールが届いているか確認をすることにした。
案の定、高校の同級生からいくつもメールが届いていた。転校の理由は家の事情という形で学校やクラスメイト達には説明されていた。
晴人の眠っている間に倉宮家の関係者が高校に赴き、青霊堂、表向きには別の名前であるが、からの推薦状と入学許可書を高校に提示し、無事転校手続きが完了している。
特に仲が良かった四人からの別れのメールに晴人は感傷的な気持ちになった。
皆、励ましや感謝の言葉を送ってくれたが、やはりこちらの事情に巻き込まないためには具体的な話はしない方がよい。そう判断して晴人は今までの感謝と別れの言葉を送ったが、それ以上は何も言わなかった。
陰陽や妖など存在しない安全な世界で彼らは生きている。そんな彼らを危険な目にあわせるわけにはいかない。
それがどんな小さなことであっても今の彼らに迷惑はかけられない。メールを全て確認し終えるとタイミングよく、干将がお盆に乗せて料理を持ってきてくれた。
「はぁい。どうぞ」
晴人の横から盆を机に置いて干将は寝ぐせで乱れた晴人の髪を手櫛で梳いた。
くすぐったいが、慣れた手つきなだけにされるがままにされていた。少しして干将は満足したのか晴人の肩に手を置いて、
「召し上がれ」
耳元でそう呟いた。語尾にハートでも付いているかのような甘い声音が脳内に響き渡り、ビクッと驚いた反動で思いきり机に膝をぶつけてしまった。
だが、痛みよりも干将の声の方が上回り、それどころではなかった。赤面する晴人に干将はニヤッと笑い、正面の席に腰を下ろした。
「干将作ってくれてありがとう。いただきます。」
料理に手を合わせ、早速食していく。
晴人が美味しそうに口に料理を運んでいる姿を見ながら、干将は机に肘を立てて両手を顔に添え、ニマニマと晴人を眺めていた。晴人の口元に米粒が付くと腕を伸ばし、指先で取って晴人の口に運んだ。
干将は驚いた晴人の表情が好きだった。
本人はそつなく振舞っているつもりだが、遠目から見ていた彼女には日頃から頑張ってそう振舞っていたことを知っている。
晴人が友人達と話す時、必ず一歩引いて会話のテンポがつまらないようにしていたことを知っている。晴人が勉学だけに限らず色々な問題に頭を悩ませて時折、涙ぐんでいたことを知っている。
だから、彼女は晴人が子供らしく驚いて、困ったように眉をひそめて、無邪気な笑顔を浮かべられるようにしてあげたい。
彼が彼らしく、誰より自由に、何より奔放に過ごしてほしい。真面目な彼は自由奔放に、傍若無人に、自分勝手に過ごしてもよいと言ったとしても、絶対にそんな振る舞いはしない。
自分じゃない誰かを尊重し、周りを広く見ようとする彼は決してそんなことはしないだろう。
彼女が晴人を驚かせるのは晴人が晴人として笑みを浮かべられるようにするため。彼は自分を自分でなくす時があった。
自分という存在を歯車の一つとして扱う時があった。彼がそうしだしたのは十二歳の頃。その方が円滑に物事が進むと考えた出来事があったから。
必要以上に自我を出さず、他人達の納得する妥協点を調整する。そうすると無駄に自己主張する有象無象の相手をしなくて済むし、全体の意見を統一すれば面倒事に発展することもない。
そんな思考に慣れてしまった晴人を矯正しようと干将は晴人で遊んでいた。
段々と皿の中の料理がなくなっていき、盆の中の料理がなくなると「ごちそうさまでした」と晴人は再び手を合わせた。
「美味しかったよ。ありがとう」
「こちらこそ美味しく食べていただいてありがとうございました」
干将がまた丁寧な口調に戻り、少しだけ身構える晴人。
そんな晴人の可愛い様子に彼女はニヨニヨと笑みを浮かべ、少し机から身を乗り出して晴人の頭に手を伸ばし、髪を撫でた。
子供扱いされているようで釈然としないが、晩御飯を作ってもらった手前その手を跳ね除けられず、干将が満足するまで撫でられていようと思った矢先、干将はすぐに手を離し、盆を自分の方へ寄せて台所に持って行ってしまった。
(何だったんだ?)
まるで猫のように撫でて風のようにふらっといなくなった干将に晴人は肩をひそめて眉を上げた。
彼女のどこか掴めない飄々とした態度に完全にペースを崩され、彼女のしたいようにされていた。その証拠に晴人は頬を少し赤らめていた。
(ってまだドキドキしてるし。ほんと、なんだかな)
だが、その態度は晴人を逆撫でするようなものでも不快にさせるようなものでもなく、純粋な思い。干将の声も態度も表情もそのどれもが彼女の思いをよく示していた。
晴人を気にかけ、一点に見つめ続けるその姿に晴人は分かりやすくドキドキしていたのだった。
台所に引き上げた干将は自分の行動で心を乱した晴人の姿を思い出して嬉しさが胸の内から溢れ出てきた。こうも思った通りの反応を見せてくれる可愛い主への愛おしさが胸一杯に広がり、上がった口角が下がらないままでいた。
干将がいなくなって少しすると端末に一通のメールが届いた。そのメールは晴人が最も待ち望んでいたものだった。
父からの入学手続き完了のメール、父に入学の意思を伝え終えた時からこの連絡を今か今かと待っていた。制服は既に発送済み、学生証の発行は青霊堂に着いてから。
そして、塾生には専用の寮が用意されており、一人一部屋自分の部屋を持つことができるそうだ。
ここ半年で一人暮らしには慣れたけれど、式神達のいる生活が当たり前になりつつある今、一部屋で六人は狭すぎる。
もちろん、寮で生活することで近くの寮生にも被害が出てしまうことを考慮すれば、寮生活はしないに限る。寮が倉宮家の結界以上の効力があるとは考えられないし、青霊堂の位置はこの家からそれほど距離もなく、間違いなくそれを想定した場所に居を構えたのだろう。
通学も警護も考えて式神達に任せれば問題なく通えるはずだ。
鵺と朱雀に隠蔽を担当してもらい、酒呑童子に運転してもらえれば安全な通学が可能だ。頼りっきりになるのは悪い気がするが、彼らはそんなことを迷惑だとは考えていない。
むしろ、やっと晴人の身の回りの世話ができ、まだ世話し足りないと思うほどだ。彼らの満足がいくまで大人しく世話されておくのもいいかと晴人は考えた。
父からのメールを読み終えると晴人の胸から紅く光る球体が飛び出し、その球体に晴人の呪力が集まり、朱雀が現れた。
だが、その恰好は大分ラフなものだった。見覚えのあるTシャツに見慣れたジャージに身を包んで晴人の隣に腰を下ろした。
「何でその恰好なの?」
「妖に気温は関係ありませんが、ずっと着物というのも味気ないので。見たことのあるものにしてみたのですが、お気に召しませんか?」
「いやそんなことはないけど、妖って服も自由自在なんだな」
「えぇ、妖の身体は呪力で構成されていますから服だけでなく髪型も自由に変えられますよ。見ますか?」
妖の身体は核となる妖としての魂とその魂が練った自身の呪力によって形作られている。
肉体を持たない妖は例え人間の服を着たとしても妖を視認できない者には空に浮いた服が一人でに動いているようにしか見えず、朱雀のように炎を扱う妖は力を使えば服はすぐに燃えてしまう。
元より彼らは服などには興味などなく、単に人間の着ていた物を見て呪力で模倣していただけで着ていた物に意味などなかった。
こだわりを持っていた玉藻前や朱雀はいわば変わり者だった。
「また今度にしようかな。朱雀も見ていただろ、さっきのメール」
「晴人様の目を通して見ていました。通学時の送迎等はお任せください」
「悪いけど頼らせてもらうよ」
「お断りになっても無理矢理酒呑童子に運転させる予定でしたから問題ありません。編入も決まりましたし、制服が届くまでいかがされますか?」
「そうだな。昨日の続きで陰陽術と格闘術を教えてもらおうかな」
「分かりました。では早速お教えしていきましょうか」
自分自分の小ささに気付くから街中にバラ撒いた窮屈で不安定な感情もまるで幼気なS.O.S誰かの手を握ろうとして掴んだ不安の種
キャラ名:芦屋道満