第四十八話 燃ゆる古都、揺れ動く影 その七
更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非検索してみてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も書いているので是非
客間を出て居間に戻ると食卓に見慣れた昼食が並んでおり、半年振りに口にした母の手料理はどうしようもなく美味しかった。
のだが、父に封筒のことを隠さなければならないため、いまいち食事を楽しめない昼食であった。
これ以上ここにいるとぼろが出ると思った晴人は母に自分の部屋を聞き、そそくさと階段を上がって二階の部屋に移動した。ドアを閉め、鵺に遮音結界を張ってもらい晴人は床に敷いてあるクッションに腰を下ろした。
「父さんにばれてないかな?」
「・・・どうでしょうね」
いつもはっきりと答える朱雀が誤魔化すくらいには怪しまれたということか。色々なものを諦めた晴人は身体を倒し、カーペットに寝転がった。
手を頭の後ろに組み、目を瞑った。すると、さも当たり前かのように晴人の頭の少し先に座った朱雀が晴人の頭を少し持ち上げ、その太ももに置いた。
こうして無言で膝枕をされるのは一体何度目だろうか。もうすっかり慣れてしまった自分に式神と良好な関係を築けていると褒めるべきなのか、甘やかされ過ぎだと鞭を打つべきなのか分からなくなってきている晴人であった。
「なら早めに蓮ヶ谷さんのとこに行くべきだと思うんだけど、どう思う?」
「賛成~。私も晴人さまの中で見てたけど分家の三人よりましに視えたなぁ」
晴人の中から着物姿で姿を現した干将は寝転がる晴人の上に乗り、覆い被さるように抱き着いた。晴人の胸に顔をうずめ、少し浮いた背中に腕を回し、その華奢な体を密着させる。じんわりとほのかな熱が伝わってくる。
だがやはり、その胸から鼓動を感じることはなかった。晴人は頭に回していた腕で干将を抱き締め返した。十秒ほどそうしていると満足したのか干将は再び晴人の中へと戻り、彼女の双子の妹である莫邪が姉と同じように晴人の身体の上に現れた。
干将と違って遠慮がちの莫邪は主を見下ろすことに耐えられないのかすぐに降りようとしたが、晴人は莫邪の手を取り、自分の胸に引き寄せた。姉と同じく華奢な身体は晴人の腕の中にすっぽりと納まり、その黒い髪を優しく撫でた。
「あーずるーい、私頭撫でられてないのに~」
するとついさっき満足気に妹と入れ替わった白髪の姉が現れ、莫邪の背中に回していた晴人の左手を自身の頬に当てた。わがままに「見える」干将の姿に晴人は妖と人間の違いはどこにあるのだろうと思ってしまった。
もちろん心臓の鼓動やその特徴的な見た目は妖と人間を区別する最初の要素であることは分かっている。それに人間は自在に姿を消したり、現れたりすることはできない。掌に白い炎を出せなければ、呪力で刀を生み出すこともできない。
そういった見て分かることは晴人も十分理解している。
晴人が考えているのは朱雀達の見せる「感情」のようなものだ。常々朱雀は妖には自己意識や論理的思考能力はあっても感覚や感情は存在しないと言っていた。
自身という存在に対する自己規定や生存思考は存在するものの人間らしいいわゆる「心」や情欲は持ち合わせていないと朱雀は言う。
妖とは人間の生きる「現世」から隔たれた「幽世」に存在する「存在」という核が現世に溢れる呪力に惹かれ、呪力を吸収しながら姿形を得た物の怪である。呪力とは簡単に言うと人間の想念であり、科学の進歩により陰陽的な解釈が進んだ現代では「心」や「魂」から生まれ出でる精神エネルギーと表現される。
一般の人間にはこの呪力を感知することや操ることができない。そのため、無意識下で呪力は現世に放出され、妖になる前の「存在の核」が呪力を吸収し、妖として現世に出現する。
代々伝承に残っている鬼や蜘蛛、狐といった妖はその当時の恐怖の対象が具現化されたものであり、恐怖されればされるほどにその妖に対する負の感情が呪力として放出されてしまうため、酒呑童子や玉藻前といった京都三大妖怪に数えられる妖達がどれほど恐怖の対象だったか窺い知れるというわけだ。
妖が人間を襲うのも恐怖という感情から生まれる呪力を喰らって自身がより強くなるためであり、妖が人間を殺すのは死の瞬間が最も多く純粋な呪力を手に入れることができるからである。
平安時代、増え始めた人口に対して陰陽師の手が足りず、妖による被害が増える一方だった頃、その状況を覆すために式神契約という儀式が開発された。
式神契約によって調伏した妖を式神として使役し、陰陽師は暴れるばかりであった妖を式神として手足のように使い、妖は契約した陰陽師から持続的に呪力が送られることで妖でいるよりも圧倒的に強く在れた。
平安初期は妖を使役して式神にする「調伏契約」が主流であった。調伏契約の最大の利点は被害を起こす妖を被害を止める側に鞍替えさせることができたことだ。強い力を振るっていた妖を調伏し、式神にすることは実質的に被害を少なくすることに繋がり、陰陽家としての箔をつけることにも効果があった。
そのため、有力であった家々はこぞって強い妖を調伏し、被害を抑えるという活躍をしながら家の箔も上げるという一石二鳥な争いをしていた。
だが、中期に入って大陰陽師「安倍晴明」が登場すると彼は強力な呪力を持った妖を調伏し、その呪力と自身の呪力を掛け合わせ、彼のオリジナルの式神を生み出した。それが朱雀達、人造式神「十二天将」だ。
大陸の伝承と日本独自の伝承に紐づけ、生み出された十二体の式神は安倍晴明という陰陽師にのみ仕え、彼が死ぬまでその傍で彼だけを支え続けた。
十二天将の大半は晴明と共に滅びることを選んだが、朱雀と数名は晴明の子孫と彼が守ろうとした現世を見守るために生き続けることを選んだ。朱雀達は時折、歴史に現れ、今は無き土御門家や現在の陰陽御三家を陰ながら支えてきた。
そういった話を朱雀から聞けば聞くほど朱雀の言う「我々には感情がない」という言葉を疑ってしまう。自由気ままな干将、遠慮がちな莫邪、常に自分を思ってくれている朱雀、ぶっきらぼうな酒呑童子、引っ込み思案な鵺。
彼らは十分個性を持っているように思える。というか個性的過ぎて主を圧倒するのは止めてほしいと思っている晴人である。
そんなことはさておき、朱雀が言うように彼らに感情がないのなら今こうしてわがままを言う干将は一体、妖なのだろうか。
彼らはよくその身に熱を宿してくれる。それが誰のためでもなく主である晴人のためであることを晴人は知っている。晴人が熱を失ってしまわないように彼らが気を回してくれていることを晴人は知っている。
だから、その人の身に「見える」身体から鼓動がしない度に晴人は彼らが人間ではない「存在」であることを再認識する。
それを寂しく思ってしまう自分は間違っているのだと分かっていながらも、彼らは本質的には交わることのない、隔てられた存在であると理解していながらもその唯一絶対の違いが晴人にはもどかしく思えた。
式神達から感じる暖かさは彼らが作ったものだけれど彼らが見せる仕草は本当に人間のようだった。朱雀はいつも陰陽師と式神、人間と妖、人と物ノ怪というように晴人と自身達は別の存在であると言っていた。
人間と妖が異なる理で生きていることは分かっている。
それでも晴人は彼らを理解したかった。陰陽界の常識や価値観に慣れるのではなく、今持っている考え方のまま式神達と関わって彼らという存在を知りたかった。
「分かった分かった」
そう言って晴人が干将の頭を撫でると干将は嬉しそうに頬を緩め、晴人の中に戻っていった。莫邪もそんな姉の姿を見て若干呆れ、それでも嬉しそうに笑い、姿を消した。
「さて私は監視者達から状況を聞き取ってきます。明日、交流会に合流する際には晴人様と羽月は身内の不幸という形で抜けているのでそのように説明してください」
朱雀は晴人の肩を押して身体を起き上がらせ、乱れた後ろ髪を手で梳いて整える。
「分かった。何から何までありがとう」
「それが式神ですから。晴人様はご自分のやりたいことをなさってください」
ぽんと晴人の背中を叩き、朱雀は陽炎のように部屋から姿を消した。するとタイミングよくコンコンコンとドアを叩く音がした。
妖は人間ではないですから心臓を持ちません。心臓の音というのは人間が人間である証明なのです。この作品では人と妖を分ける際に心臓の音というキーワードをよく使います。であれば心臓の音がしない人間は果たして人間と言えるのでしょうか。反対に心臓の音がする妖がいるとすればそれは妖なのでしょうか。




