第四十七話 燃ゆる古都、揺れ動く影 その六
更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非検索してみてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も書いているので是非
先か、後か。父の言う通り京都の情勢が一条家側に有利に働き始めているというのなら形勢が固まる前に動くべきなんだろうが、そもそもなぜ父は自分にそんな話をするのかと晴人は疑問に思った。
第一、晴人は京都の状況をまだ知らない。
父から送られてきた最後の連絡で京都に動きがあったことだけは分かっている。それが悪い方向にだったということも今分かった。
分家や倉宮家に仕える家の代表達がこの家に集まってきた理由も想像がつく。
だが、父の考えだけが分からなかった。何のためにそんなことを聞いてくるのか。京都の情勢についてまだほとんど聞けていないにもかかわらず状況の是非を考えるなど。
(俺に判断なんて)
(求めてないと思いますよ)
頭の中に朱雀の声が響いた。人知れず晴人の中に戻っていた朱雀は静かに様子を伺っていた。
朱雀の価値判断は晴人にとって友好的かそうでないかのみだ。それは千年近く見守ってきた晴明の血族であっても晴人にとって害になるのならそれらを排除することも朱雀は厭わない。
ただ、晴人に仕える式神として主の思考を意図的に誘導するようなことは一切していない。晴人が分家達に疑問を持ったことは朱雀にとっても誤算だった。朱雀は常に晴人を取り巻く全てを疑っていた。
それがかえって晴人に不要な不信感を持たせてしまったわけだが、この状況、それが間違いではない可能性が朱雀の中で芽生え始めていた。
(むしろ反対意見を求めているんだと思います。それ以外の選択肢を出してほしいんじゃないですか?)
朱雀の言葉に晴人は「うーん」と唸り声を上げた。方針は既に決まっているようなものなのにどうしてそうではない意見を求めているのか。朱雀の意見の意味に頭を悩ませる晴人。
恐らく、この場にいる人数は関係ない。意見が同数で分かれたから最後の決定票が必要という雰囲気ではないだろう。では反対意見がほしい理由はなんだ。確かに父は決断しろとは言わなかった。
朱雀の考えに則るなら決断以外の言葉を待っていることになる。決断しない、というよりも方針を覆す考えを欲している?
何故?話し合いで定めた方針であろうに。
そもそも彼らは何をもってこの方針を定めた?
彼らの選択の根拠はなんだ?
どうして彼らは一条家と戦うことで全会一致をしている?
(そっか。そういうことか)
ここにいる人達は京都で生まれ育った人ばかりのはずだ。その周りにも京都で生まれ、この街を戦場にしたくない人だっているはず。
であれば、問題を平和的に解決する道を提案した者がいたはず。その意見が通っていないということはもうそれができないほど事態は進んでしまっているということ。
それにどうしてこの場には御三家の人間が来ていない。一条家は京都九家の一家ならこれから行おうとしていることに賛成して一条家と組んでこちらを攻めに来る家があってもおかしくはない。
交流会の準備をしている中で晴人は倉宮家と一条家の争いではなく、御三家と京都九家の争いになると考えていた。
だから、京都駅での監視が思ったより少なかったことに違和感を感じていた。この京都という街の半分近くが敵になると思っていた。
だが、式神達や新幹線で出会った協力者も京都九家に関して一条家以外の名を口にすることはなかった。妖にしてもそうだ。敵になる、または一条家側に協力しているであろう妖について晴信は軽くでも言及しなかった。
つまり、父は意図的に情報を共有していないのだ。父も味方を信用していない。もしくは信用できない者が味方にいるということだと晴人は受け取った。
晴人は胸の前で組んでいた腕を解き、悩んでいるふりを止めた。
「うーん、正直俺の意見を言っていいなら一度一条家の人と話してみたいんだよね」
「どうしてそう考えた?」
「効果はないだろうけど、意味はあると思うから」
何とも曖昧な答え。
だが、それは晴信が最も求めていた最良の回答。
「そうか。お前がそう考えるならば我々も考えを改める必要があるな」
「何を仰るか。一条家と戦うのは必定。今更そんなことをしたところで」
息子の言葉を受け、考えを改める父、という体で話の芯を折った晴信に高倉は食い下がった。彼の意見も間違ったものではない。
確かに「今更」だ。
「確かにそうかもしれないな。だが、我々はこの京都で直接的に一条家から危害を加えられたか?」
「そ、それは」
そうこの京都ではまだ倉宮家と一条家、そしてそれら陰陽家に仕えている者達は衝突していないのだ。まだ「この京都」では何も起こっていない。
敵勢力と相対したのは晴人だけ。彼らにもその情報は伝わっている。彼らが京都の情勢の変化を感じ取ったのは一条家の勢力が固まっている地区周辺で不穏な動きが活発化しているという報告が複数回入っているからだ。
「晴信様の仰られる通りまだ、ないですね」
口ごもった高倉の肩に手を置き、和倉は晴信の意見に不服ながら同意した。
「もしかしたら我らを争い合わせたい何者かがいる、という可能性は捨てきれない。日を改めるべきだと私は思うのだが、皆はどうだ?」
晴信の考えはあまりにも無理がある。実際、晴人は京都駅で一条家の刺客らしき者達に監視されていた。その晴人だから分かる、父には明確な考えがあると。
父はこの状況であえて対処の仕方を先延ばしにすることで何かをしようとしている。
「我らは倉宮家に仕える家でございます。晴信様のご意見に従います」
「私も同じ意見です」
蓮ヶ谷と早天寺は簡潔にそう答えた。彼らに続き、分家三家もやや納得はしていないようだが、晴信の言葉に従うと答えた。
「ではこれで終わりだ。皆、帰りには十分気を付けるように」
そう言って晴信が立ち上げると晴人以外の全員が席を立ち、客間から出て大扉を通り、屋敷から出ていった。
部屋に残った晴人がこれで良かったのかとうねっていると楓が客間に入ってきた。
「お話しが終わったのなら居間に来なさい。お昼ご飯を食べましょう」
「はーい」
呼びに来た母の声に晴人は唇を尖らせながら答え、座布団から腰を上げた。部屋を出る前に来客達が使っていた座布団を片付けていると晴人が座っていた場所から左手の、蓮ヶ谷佳乃が座っていた物の下に封筒が一つ置いてあった。その封筒には丁寧に「倉宮晴人様へ」と宛先が書かれていた。
(めっちゃ怪しー)
(念のため私が確認します)
すっと晴人の中から現れた朱雀は晴人から封筒を預かり、一通り目視と呪力で確認して自身の炎で封筒の封を切った。中には一枚の紙が入っているのみだった。その紙にも術式はかけられていなかったので朱雀は手紙を晴人に手渡した。
「普通の手紙ですね。術式等は仕掛けられていませんでした」
「ありがとう。怪しかったのは見た目だけか」
あの封筒は恐らく晴信が晴人を玄関まで迎えに行った時に座布団の下に置いたのだろう。よほどの要件かと手紙に目を通すと中には挨拶の言葉と今度、屋敷に来てほしいという旨が書かれていた。
「招待状って感じか?」
「この書き方としては招くというよりもお願いと受け取る方がよいと思います。聞いてほしい話がある、もしくは他に聞かせたくない話があるのかもしれません」
確かに朱雀の言う通り手紙には都合の良い時に屋敷に来てほしいと書かれている。招待状であれば日時や曜日の指定があるはずだ。この書き方からはむしろ嘆願書のようにも思えた。
「そっか、ひとまず父さんに相談してからだな」
「いえ、やめておいた方がよいでしょうね」
「なんでだ?朱雀」
「晴人様個人に宛てられたというのもありますが、倉宮補佐家衆の代表が倉宮家次期当主に面会を申し込んできた意味は小さくないのですよ」
晴人はまだ知らないことだが、倉宮家の人間に対して「招待状」を送れる家や組織はこの国では数えるほどしかない。何故ならそれほどまでに倉宮家は他の陰陽師とは一線を画す陰陽家であるからだ。
積み上げてきた歴史が、貫いてきた覚悟が、歩んできた道のりが何もかもが違うのだ。伝統と歴史を重んじる陰陽界において安倍晴明に起源を持ち、この時代まで妖を払い続けてきた御三家に本当の意味で肩を並べる家なんてあってないようなものなのだ。
もし仮に晴人が蓮ヶ谷から招待状を受け取ったと晴信に話した場合、晴人が蓮ヶ谷を庇おうと間違いなく首が飛んでいただろう。それが比喩のままであるかはその時になってみないと分からないが、礼を失した彼女の行為が許されることは絶対にない。
それが陰陽御三家とそれ以外の家との隔たれることのない差なのだ。それが歴史で、それが伝統なのだ。
だが、その危険性を理解した上で蓮ヶ谷は晴人宛ての手紙を座布団の下に隠した。
「分かった。なんでこう、陰陽師って回りくどいんだか」
そうため息を吐く晴人に代わって残りの座布団は朱雀が元の場所に片付け、晴人は部屋を出た。




