第四十五話 燃ゆる古都、揺れ動く影 その四
更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非検索してみてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も書いているので是非
京都に似つかわしくないビル群を抜け、よく舗装された通りから人目につかない小道に入り、先へ先へと駆ける。走りながら朱雀からのナビゲートで「あの日」見た景色を目指し、進んでいく。京の町を北進し、下京、中京と走り抜け、目的地である上京区のとある屋敷に到着した。
(ここです。見覚えはありますか?)
(あぁ、ぼんやりとだけど)
晴人は抱えていた羽月をゆっくりと下ろし、彼女の手を取って門に近づくと晴人が来るのを待っていたかのように大扉が開きだした。来訪した、いや帰ってきた晴人を迎え入れるように開いた門を跨ぎ、晴人と羽月は陰陽御三家「倉宮家」の屋敷に足を踏み入れた。
二人が石畳を歩き始めると大扉が動き出し、ひとりでに門を閉じた。脚を止めた晴人は周囲を見渡し、朱雀に出てくるよう声をかけた。
「もしかしてこの辺全部、倉宮家の敷地?」
「そうですよ。屋敷周辺の区画は全て倉宮家が所有しており、主に倉宮家に仕えている陰陽師やその家族が住んでいます」
倉宮本家を囲うように建てられた家々には倉宮家の分家に当たる「朝倉家」、「高倉家」、「和倉家」の屋敷や倉宮家に仕えている者達の住居などがあり、この区画より北東に数キロほど移動すると同じく御三家の「鷹衛家」とその分家が居を構えている。
「やっぱり倉宮家って凄いね」
倉宮家は京都を外敵から守ることが家としての役割であったため、度々妖退治に全国各地に派遣されてきた。その過程で日本全国に様々な形でコネクションを築き、現在は各地に倉宮家が所有し、経営している施設が多く存在する。
京都では今まさに青霊堂のクラスメイト達が向かっているホテルなどがそれにあたる。青霊堂では通例として京都交流会の際に泊まるホテルは必ず前年とは別のホテルにすることにしている。
だが、必ず倉宮家が関わっているホテルや旅館に宿泊する。京都九家の二条家も京都を中心に関西で手広くホテルを経営しているが、ただの一度も青霊堂の塾生達は彼らのホテルに宿泊したことがない。
こんな状況でなければ晴人もそちらに宿泊するべきなのだが、今回に限っては無関係のクラスメイト達を巻き込むわけにはいかない。
晴人は事前に担任である小此木に交流会中、自分と羽月は独断で行動すること、加えて京都で街にいる全ての陰陽師を巻き込んだ有事が起こること、そしてそう言い切れる理由を伝えていた。それを聞いた小此木は「後で必ず叱る」と言い、二人が抜ける手助けをすると言ってくれた。
今、あっちでは奏辺りが余計な詮索をしようとするクラスメイト達に釘を刺してくれている頃だろうか。ほとんど何も語らなかったが、彼女なりに状況を読んでくれているのかもしれない。
だというのにこちらは妙な視線が強まるばかり。
「さっきから見られてる気がするんだけど気のせいじゃないよな」
こちらの様子を伺う視線をいくつも感じる。攻撃する意思はなく、見定めようとしているのだろうか。
「そうですね。ですが、彼らが見ているのは晴人様ではなく羽月の方でしょうね」
「え!私?」
朱雀の言葉が余程予想外だったのか少し濁ったような声が羽月から発せられた。そんな羽月の肩に手を置き、朱雀は晴人を一瞥して屋敷に目を向けた。
「晴人様が女子を伴って家に訪ねて来たのですから気にならない方が陰陽師としてどうかしていますよ。それにどうやら集まっているみたいですね」
晴人は倉宮家次期当主だ。それは実力の有無ではなく、現当主倉宮晴信の一人息子であるという点で生まれた時から決定していることだ。
そして、晴人の隣に立つ羽月は傍から見ると彼の婚約者ないしはその候補という風に見えてしまっている。それを羽月が否定しようとも第三者以上の人間達が晴人と羽月の間に何があるのか知っているわけでもない。
「確かにお屋敷の奥に何人か呪力が視えるね」
羽月はその瞳を通して他者の呪力を鮮明に視ることができる。晴人が自身の秘密を羽月に打ち明けたきっかけもこの瞳だ。
青霊堂に入塾した初日。教室に入り、自己紹介をして開口一番、奏から「試合をしろ」と言われ、その試合の最中に晴人が纏った酒呑童子の呪力を羽月はその瞳で視てしまった。
試合後、羽月の瞳の特異性に気が付いた酒呑童子が晴人に知らせたことで晴人は羽月に自身が抱える秘密と青霊堂に来た目的を話し、羽月をこちら側に引き込んだ。
晴人が包み隠さず全てを話したせいで羽月も晴人に自身の生い立ちや羽月の家が抱える事情など晴人が話した秘密に見合うだけの情報を話した。その情報の中に京都九家と呼ばれる力を持つ陰陽家である一条家が倉宮家に宣戦布告するつもりであるものが含まれていた。
羽月自身はその情報を晴人に話したことで青霊堂襲撃が行われたと落ち込んでいたが、朱雀や酒呑童子は逆のことを考えていた。
晴人が羽月の前に現れたことは想定外だったが、羽月を利用し、こちらと戦端を開いたことは一条家が描いた大きな図面の中の一幕であったと式神達は考えていた。その推測も含め、朱雀は倉宮家に得られた情報を一通り伝えていた。
そこからどのように対策を講じていたのか、朱雀も気にしていたが、屋敷周辺にこれだけの陰陽師を配置しているというだけで倉宮家が事態をどのように見ているか理解できる。朱雀は移動中、街並みの変化を確認していたが、争いがあったような痕跡は見られなかった。
事態がひっ迫しているというわけではないが、いつ状況が変化するか分からない。
「作戦会議でもしてるってことか」
「そうですね。大方、実害が出ず、真綿で首を締められている今の状況をどうすればよいのかと意見を聞きに来ているのでしょうね」
歩き始めた朱雀の後をついていく晴人と羽月。昔ながらの和風建築にモダンな要素が取り入れられた外観は遠く離れた京都でありながら今住んでいる家を思い起こさせる。
朱雀がドアを開け、二人が玄関に入るとそこにはこの数十年共に過ごし、ここ半年会うことができなかった家族が立っていた。父は少し痩せ、母の髪は少し伸びていたか。会っていなかった期間のせいでぼんやりとそんなことが頭を過ぎった。
「半年も一人にしてごめんな」
「でも元気そうで良かったわ。晴人、おかえりなさい」
半年振りに再開した父と母に晴人はなんと声をかければよいか分からなかった。一人にしたことに文句を言えばよいのか、再会できたことを喜べばよいのか、今まで隠していた秘密に怒ればよいのか。この屋敷に二人がいることは分かっていた。
むしろいないわけがないと思っていた。京都行きが決まったあの日から二人に会えたら何を言おうか考えていた。
けれど、今日までまとまらないまま来てしまった。石畳で足を止めたのも、二人に何を言うか決めかねていたという方が大きかった。
だから、母の「おかえり」という言葉がこれ以上なく晴人の胸にスッと入ってきた。
「ただいま、父さん、母さん」
これでいい。これでいいんだ。深く考える必要なんてなかった。あの日から変わってしまった日常の中でこれだけは変わらない。
変える必要のない唯一のことなんだ。
晴人はいつものことのように二人に向かって「ただいま」と、そう言った。
父、晴信と母、楓は見ないうちに息子が人として成長していることに気が付いた。不満や思うところがあるだろうにそんなことはおくびにも出さず、笑顔を見せた晴人に両親は精神的な成長を感じ取った。
と同時に、楓の視線は晴人の後ろで気まずそうにしている美少女に向けられた。にやりと笑う母を見て晴人はとっさに羽月を背中に入れたが、それが逆に母の興味を引いてしまった。
「初めまして。晴人の母の倉宮楓です。あなたが羽月ちゃんね。話は聞いてるわ。晴人は迷惑をかけていない?」
ぐいぐいっと晴人を押し退け、その後ろに隠れた羽月の手を取り、目を輝かせる母の姿に晴人は頭を抱えた。
だが、母が羽月に対して何の偏見もなく接していることが晴人は嬉しかった。客観的に見て金髪、碧眼の日本人なんて非現実的だ。羽月という人間を両親がこんなにも受け入れてくれていたことが晴人は嬉しかった。
「いえ、そんなことは。あっ、真波羽月と申します。私の家族のこと、色々と助けてくださって本当にありがとうございます」
「いいのよ。晴人が助けたいって言ったんですもの。親としてはできる限り叶えてあげたかったの。大変だったわね羽月ちゃん。私のこともお母さんと思って甘えていいからね」
申し訳なさそうな顔をする羽月に楓はそんなことはないとその頭を撫で、その腕で羽月を抱き締めた。楓の身体ごと包み込むような抱き締め方に羽月はこの人は晴人の母なのだと感じた。抱き締める時、と言ってもまだ数えるほどしかないが、晴人は必ず片方の手は背中に回し、もう片方の手で頭を優しく撫でてくれた。
女性故に楓の手は男性である晴人ほど大きくはないが、その手から伝わってくる温もりは晴人同じくらい暖かかった。初めは行き場を失っていた伸ばした腕も自然と楓の背に回っていた。
そんな羽月のいじらしい姿を見て楓の母性は刺激され、そのふくよかな胸に力いっぱい羽月の頭は埋められていた。
「けど、朱雀!同居の件はまだ納得してないから。晴人と一緒じゃ大変でしょ?羽月ちゃんのためにお母さんがちゃんとしたお家を用意してあげるからね」
「むごむご、いや大変なことなんて」
「仕方のない事情があったのですよ。そろそろ玄関から移動しませんか?」
朱雀の言葉に晴人は頷き、晴信は妻の肩に手を置き、来客を出迎えた。広々とした玄関のすぐ左には大きな客間があり、晴人の来訪を感じ取り、各家の代表者が集まってきたのだそうだ。
倉宮家の屋敷は来客を想定した造りをしているそうで屋敷の前方と後方で役割を分けているらしい。
玄関から正面に見える黒い襖を開けて晴人達は屋敷の奥に入っていく。入ってすぐに上の階に通じる階段があり、その横を通り、居間に入った。
「来客が来てるんだよね。俺はどうしたらいい?そっちに行った方がいいの?」
玄関に並べられていた靴は五足。晴信の言葉から察するに五つの家の代表者が客間にいるということになる。あっちが勝手に来たのだから待たせても何も問題はないが、さっさと帰ってもらう方がこれからの話を両親としやすいわけで。
晴人としては彼らにはひとまず帰ってもらいたいのだが。
晴信は少し考え、彼らと晴人を会わせることにした。楓の方に視線を向けると晴信の意図を察し、羽月の手を取って二階へ移動した。
「晴人、一応言っておくが彼らは敵ではないからな。代々倉宮家に仕えてくれている家々だからな」
「分かってるよ。何でそんなこと言うのさ」
「だってお前、羽月ちゃんがいなくなった途端、厳しい顔をしてるじゃないか」
キャラ名:倉宮楓
どんどん新情報を明かしていく第二章です。倉宮家の分家である「朝倉、高倉、和倉」家はそれぞれがそれぞれの形で倉宮家を支えています。




