第四十四話 燃ゆる古都、揺れ動く影 その三
更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非検索してみてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も書いているので是非
「ご乗車のお客様にお知らせいたします。本線は定刻通り十一時五十八分に京都駅に到着いたします。発射の際に発生した車両トラブルにより出発が遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「晴人君そろそろ京都に着くよ」
「ん?あぁ分かった。ありがとう」
羽月からそう言われてもなお晴人は何かを思案しているのか窓の外に目を向けていた。
「ねぇ羽月」
奏は手をクイクイっと動かし、羽月に顔を寄せるように合図した。羽月が耳を寄せると奏は手で口を隠し、正面に座る晴人に聞こえない声で話し始めた。
「二人が京都で何かをする気なのは分かってる。他の人を巻き込まないように考えてくれていることも。だから教えて、私は何をすればいい?何をすれば二人を手助けできるの?」
一週間前、あれほど突き放してしまったのに彼女はまだ力になろうとしてくれている。羽月はそれが嬉しく、それ以上に申し訳なかった。
「多分、いつも通りでいてくれるだけでいいと思う。この交流会も普通にこなしてくれればそれだけで」
「分かった。頑張る」
(ありがとう。奏)
だからせめて、この感謝だけは忘れちゃいけないんだ。
京都駅の近くに来たと知らせる音楽が流れ、奏と宗近は向きを変えた座席を元に戻した。他のクラスメイト達も食べていたお菓子をカバンにしまったり、広げていたパソコンを閉じたりと降りる準備をし始めていた。
晴人は指を組み、腕を前に伸ばし、座りっぱなしだった身体を軽くほぐしていた。
(晴人様。京都駅ですが、既に一条家の監視がついています。ただ人間の多い場所で戦闘を行う気はなさそうです)
朱雀の報告に晴人は眉一つ動かさなかった。自分が逆の立場でもそうするだろう。その辺りは概ね晴人の予想通りだ。
(大勢に出迎えられるのは緊張するな)
(全く歓迎されてないけどねぇ)
晴人の軽口に干将は普段と変わらない態度で茶々を入れた。監視はするが、手を出さない。行動を把握しつつ、タイミングを見計らうといった具合か。
晴人は肩をほぐしていた手を止め、リクライニングを元の位置に戻した。
(最初はどう仕掛けてくると思う?)
(交流会でジャブでも打ってくるんじゃないですか?京都の陰陽塾「鏡黎館」には今年、一条家の三男が入学しているそうですからこちらが相手を探りたいようにあちらも探りにくるでしょうね)
(おっけい。気を付けとく)
車両のスピードがゆっくりと落ちていき、遂にホームに停車した。窓からは怪しげな人間は見えないが、朱雀の言う通りこちらの様子を伺う視線をあちこちから感じる。
肌で感じた緊迫感に晴人は眉を上げた。そんな様子を横目で見て羽月は漠然とした違和感を覚えた。
このまま京都に入り、晴人と行動を共にすれば奏達はともかく、他のクラスメイト達も晴人が置かれている状況に気が付いてしまうかもしれない。
陰陽塾による交流会なんておあつらえ向きな状況で一条家が何も仕掛けてこないはずがない。仮に一条家が一般人への被害を懸念しているならば陰陽師しかいない交流会は必ず戦場になる。そのことを頭に入れていない晴人ではないはず。
この一週間、羽月は晴人が京都で何をするのか聞かなかった。晴人もまたその話題に触れなかった。
そのせいで今日の羽月は普段よりも晴人の行動を注意深く見ていた。新幹線に乗ってから晴人はほとんど喋らず、羽月はそんな晴人を心配していた。その様子を勘違いしてクラスの女子達が目を輝かせ、男子達が目を曇らせていたのはまた別の話。
「お前ら、まずはホテルに荷物を置きに行くぞ」
「「はーい」」
皆、棚から荷物を下ろし、担任である小此木を先頭に車両から降り始めた。羽月達も後に続き、改札を出た。駅が日陰だったこともあり、駅前に広がるロータリーに出ると陽の光が差し込んできた。
旅行気分でテンションが上がっているクラスメイト達はどうやら交流会よりもホテルの方に興味惹かれているようだ。塾からの連絡でかなりの高級ホテルに泊まれることを知った彼らは今か今かとその瞬間を心待ちにしていた。
彼らは何も知らないのだ。彼らにとってこの一週間はある意味お祭りのようなものであり、ワクワクするのも当然だ。
羽月はこれからどうするか晴人に聞こうと後ろを振り返った。
「ねぇ晴人く」
するとそこには「その人」の姿はなく、ただ群衆が流れるのみだった。
一瞬にして世界が静寂に包まれた。大勢の利用客でごった返す京都駅。だというのにその瞬間は世界から音が奪われた。
まずい、とは思わなかった。それ以上に晴人に置いて行かれたということに羽月は何よりもショックを受けていた。
晴人にとって自分は隣に立つに相応しい人間なのではなく、守る対象なのだと言外に言われているように感じ、羽月はただ無性に悲しかった。
(そっか。君は)
彼は言った、私を守ると。その言葉に偽りはなく、その言葉に陰りはなく。ただ粛々と有言を実行している。彼はなんら間違ったことをしていない。
彼は自分を守ろうとしてくれている。私が願った通りに、私が望んだ通りに。
だったら、私に文句を言う資格はない。異議を唱える権利はない。彼はあの日の誓いを忠実にこなしてくれている。
彼はそういう意味で守ると言った。そういう意味でその日までと言った。分かってる、ちゃんと分かっている。
裏切られたなんて思っていない。嘘をつかれたなんて思っていない。なのにどうしてだろう。私は顔を上げられない。
だって彼は一度だって私に嘘をつかなかった。初めて出会ったあの日から彼はずっと。
「立ち止まって何してんの?羽月」
その声はどうしてか音の雨の中でもはっきりと聞こえてきた。靴と床がぶつかり合う音、乱雑な人の声、無機質に響く駅のアナウンス。幾重にも重なる音の中でその声だけは何ものにも邪魔されることなく、聞こえてくる。
「え、はると、くん」
羽月が顔を上げ、その声のする方へと目を向けるとあっけらかんとした表情で「その人」がこちらに寄ってきた。
「なんでそんな泣きそうな顔してるの?嫌なことでもあった?」
ほんの少し前、晴人は新幹線から降りようとした時、車掌服を着た人物に呼び止められた。「こちらを」と小さい紙袋を渡され、中を見ると携帯端末が二つ入っていた。どうやら朱雀が手配させた物なんだそうだ。
車掌服を着ていた彼は倉宮家に仕える家の者で一条家に悟られずにこれを渡すために車掌服を着ていたのだ。そのまま彼にキャリーケースを倉宮家に運ぶようお願いし、晴人は遅れて改札を出た。
すると俯いた羽月が目に入り、駆け寄ったというわけだ。
「だって、きゅうに、いなくなって」
「あっそれは車掌として潜入してたうちの人間から携帯とか受け取ってたからで。羽月を置いてどこかに行ったりなんてしないよ」
「ほんと?」
「ほんと。絶対守るって言っただろ。離れてどうやって守んだよ、っておわ」
急に抱き着いてきた羽月に驚き、晴人から情けない声が漏れる。ぐりぐりと頭を胸にうずめてくる羽月を抱き締めかえし、晴人は羽月の髪を撫でる。不安にさせた罰だと言わんばかりに力いっぱい抱き着く羽月に晴人は抵抗せず、されるがままに髪を撫で続けた。
背中に回されていた腕の力が緩み、晴人も撫でる手を下ろすと羽月は一歩下がって少し俯きながらその手で晴人の手を取った。
「・・・次はちゃんと声かけて」
「うん、分かった」
そう言うと晴人は右手を離し、制服の内ポケットから陰陽符を取り出した。
羽月は気付いた。先程から駅を歩く人達と目が合わない、いや認識されていない。誰も自分達がここにいることに気が付いていない。
これは晴人が認識を阻害する陰陽術を使っているからだ。なぜなら晴人はもうこれからすることを決めているから。恐らく一条家の監視は大慌てだろう。どうせ新幹線の別の車両にも監視の者を付けていたはずだ。
東京駅からずっと見張っていたのに急にいなくなって、それに加えて姿を消した痕跡すら残していない。晴人の式神である鵺の術式だ。世界からその存在ごと隠してしまう隠匿の術式。
その辺の陰陽師では見破ることはおろかその術式が使われていることすら探知することができない。
晴人は手に取った式神符で人形を形作った。羽月のキャリーケースを人形に渡し、駅の東側を指差し、「この荷物をあっちにいる倉宮家の人間に渡して。それで終了」と指令を与え、鵺の術式を人形にもかけた。
「話は変わるけど羽月、このまま連れてっていい?」
晴人は羽月の腰に手を回した。羽月は知っている、だって一度晴人と空を駆けたから。あの時は負のオーラを漂わせたクラスメイト達に追いかけられて逃げるように青霊堂の窓から飛び出した。
だが、今日は違う。今から晴人と共に自由の空に羽ばたくんだ。
鎖を引きちぎり、扉を蹴破り、青天の中に飛び込むんだ。
羽月は迷わず、晴人の首に両腕を回した。
「いいよ。どこにでも連れてって」
迷いのない羽月の声に晴人は口角を上げ、先刻とは反対側の胸ポケットから三枚の陰陽符を取り出し、発動する。
(朱雀!)
(お好きなように)
晴人の中で朱雀の呪力が高まっていく。羽月の膝の裏に腕を回し、抱え上げる。膝を屈め、両の脚に呪力を集中する。
「口を閉じて。舌噛まないでね」
羽月は頷き、晴人は前を見る。溜めた呪力を解放し、晴人は駅正面のロータリーではなく、西に一息で駆けた。群衆の中を三歩で抜け、太陽の下に、晴天の中へ飛び出した。
人形ではなく、ひとがたと読みます。第一章でも出てますけど一応補足しておくと呪力でできた人の姿をした形代です。見た目は人間で指示を与えることができます。イメージはデコイみたいなものだと思ってください。




