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あやかしばかし  作者: 東上春之
第二章 燃ゆる古都、揺れ動く影
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第四十三話 燃ゆる古都、揺れ動く影 その二

更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非検索してみてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も書いているので是非

 晴人達を乗せた新幹線は現在、新横浜を通過し、静岡県に入ろうとしていた。小此木から京都の鏡黎館との交流会の日程を知らされてから一週間、晴人と羽月は塾での講義だけでなく、家に帰ってからも朱雀達式神からの過酷な指導を受け、今日という日に備えてきた。

 晴人の式神である朱雀は陰陽師として晴人に足りていないものは経験だと考えていた。この一週間、朱雀は徹底的に実践を積ませ、陰陽術を「使う」ということにその身体を慣れさせた。

 晴人も陰陽術を技としてだけでなく、理論として理解することを重点に意識してきた。朱雀曰く、京都では陰陽術はその術式に組み込まれた「理論」の緻密さ、精密さ、複雑さが重要視されているらしい。東京、というより東の陰陽師は常日頃から発生する妖との戦闘に備えるため、陰陽術を理論としてではなく、「技」として使っていた。

 京都と東京に出現する妖に違いがあるとすればそれは数と強さが反比例することだ。

 京都には京都三大妖怪と呼ばれる群を抜いた力を振るう妖がいる。その他にも伝承が残っているだけでなく、実際に陰陽家に甚大な被害を与え、祓魔もしくは調伏された妖も大勢存在する。

 反対に東京に出現する妖は個体の強さよりもその数が問題視されている。江戸時代以降、関東圏は爆発的に人口が増加し、大量の呪力が常に放出されている。陰陽に関わりのない人間は呪力を操作することも、ましてや認識することもできない。

 人口が集中する巨大都市である東京には日々大量の妖が発生する。東の陰陽家が戦う技を求められてきた背景にはそうした事情があるわけだ。

 東の陰陽師は実践における戦う「技」としての役割を陰陽術に求め、西の陰陽師は自分という存在を世界に証明するための「理論」として陰陽術を扱ってきた。

 朱雀が晴人に理論を理解させたのは陰陽師としてあらゆる面で敵を上回ってほしいからだ。敵が何をしてくるにしても知っておいて損をすることはない。

 それに晴人がいずれ当主を継ぐうえで必要になってくることでもある。倉宮家は由緒正しい京都の陰陽家だ。

 そしてその分家もまた京都の陰陽家なのだ。晴人が当主になるのは簡単だ。父から家督を譲り受ければその時点で晴人が倉宮家の当主になる。

 だが、晴人が倉宮家の当主だと認められるかはまた話が別だ。分家の彼らにとって本家とは自分達が仕えるに値する圧倒的強者だ。陰陽家にとっての、陰陽師にとっての強さとは陰陽術に対する深い知識と見識、家を背負う覚悟、そして単身で他を圧倒する純粋な力。

 今の晴人には覚悟と力はある。陰陽術への理解は一朝一夕で身になるものではない。晴人は他の陰陽師よりもスタートが遅れている。今以上に身体に覚え込ませる必要がある。

 そんなわけで晴人は彼の親愛なる式神である朱雀、酒呑童子、干将、莫邪から激烈なまでの訓練を受け、倉宮家に喧嘩を売ってきた一条家が根を張る日ノ本最大にして、最高にして、最高傑作な陰陽都市、古都「京都」に向かっていた。

 約二週間前に起きた「青霊堂襲撃事件」。この事件は表向きには単独の妖による塾への襲撃ということになっているが、実際には晴人に一条家が倉宮家と全面戦争をする気でいると教えてしまった羽月を狙った襲撃であった。

 羽月の父は一条家が全国に放っている諜報員の一人で羽月は父から一条家の動向と父の思いを聞かされていた。羽月は心の中で父に謝り、晴人に倉宮家に降りかかろうとしている危機を伝えた。

 その翌日、青霊堂は温羅という名を持つ鬼に襲撃を受けた。晴人は羽月の身を守るため、温羅を彼女から遠ざけ、倉宮家の術式を使うことで温羅を追い詰めるが、突如現れたフードで顔を覆った何者かに温羅を回収され、逃げられてしまった。

 後日、一時休塾となった青霊堂に入り、改めて状況を確認すると間違いなく塾内に内通者がいるという結論を得た。羽月が晴人に情報を話してたった一日で塾を掌握し、スムーズな襲撃をやってのけたのだ。

 内通者がいないほうがおかしな話だ。この襲撃を経て晴人はより陰陽師として強くならなければならないと思わされた。

 温羅には勝てた。

 けれど、辛勝もいいところだった。倉宮家の術式を扱いきれず、剥き出しになった闘争本能に意識を乗っ取られて、そんな自分自身に怯えて、自分という存在が別の何かに塗り替えられることに恐怖した。

 もうそんなことがないように、もう自分に負けないように晴人は「陰陽師」になることを強く決意した。

 晴人は隣に座っている羽月に目を向けた。彼女は現在、一条家に追われ、彼女の家族共々倉宮家で保護している。彼女の両親は関東圏から一時離れ、倉宮家の運営する事業で働いてもらっている。

 羽月はというと本人の希望で晴人と同じ屋根の下で生活することとなり、共同生活を送っている。共同とは言うが、元々家事全般は式神達が担当しており、羽月には主に料理を作ってもらっているため、晴人が家事をするということは一切なく、完全におんぶにだっこ状態であった。

 そうして何かに打ち込んで見えない不安を少しでも忘れられればと晴人は羽月のしたいようにされていた。

 羽月も自分の中で何かに折り合いがついたのか最近はちゃんと笑うようになった。初めて会った時、晴人は羽月に対して少し怖い人だという印象を持っていた。それは彼女が意図的にパーソナルスペースの境界を曖昧にさせるような振る舞いをしてきてそんな彼女が浮かべていた笑みが晴人には怖く見えた。

 笑顔を張り付けていたとまでは言わない。歳相応に相手から見て良く見えるように考えられた笑顔だった。

 笑顔だけど笑っているわけじゃない。晴人は羽月の笑みを見る度にそう思っていた。晴人ですらそう思えるのだから二ヶ月早く羽月と知り合っている奏や宗近、他のクラスメイト達も感覚的に似たものを感じていただろう。

 今まで一歩距離を感じていた女の子が急に親しみやすくなって初めは少しだけ戸惑っていたクラスメイト達もすぐに慣れ、なんとなく前よりも仲良くなっているように見えた。

 その一方で羽月が変わったのは晴人が青霊堂に来てからであり、羽月と晴人がデートをする間柄(クラスメイト達から見て)であり、特にこれは女の子達が気が付いたことなのだが、塾での講義中羽月はよく晴人のことを見ている。

 ちらっとほんの少しだけ目を向けることもあれば、窓から外を眺める晴人に優しい笑みを浮かべることもあった。乙女の機微に疎い男子諸君には感じ取れなかったが、同じ乙女達はビシバシと感じ取っていた。羽月から溢れる晴人への想いを。

 というのは彼女達の妄想で実際には羽月は朱雀から「晴人を人間として支える役割を担ってほしい」と相談を受けており、晴人を支えるとは何をすればよいのかと羽月なりに考えていたからである。朱雀は式神、つまりは妖だ。妖は人間の感情を察することはできても共感し、分かち合うことはできない。

 何故なら妖は感情などという人間が当たり前に持っている、大切なものを持っていないのだ。それが妖であり、それが彼らにとって当たり前なのだ。

 羽月はまだ朱雀の問いに対する答えを決めかねていた。感情のない彼らができない役割、倉宮晴人を「陰陽師」ではなく「人間」でいさせるための最後の一人。全ての人間が、世界が倉宮晴人を裏切り、拒絶し、嫌悪したとしてもその傍から離れず、その傍らに在り続けるという覚悟。

 人生を捧げるなんて言葉では生ぬるい。その心も、魂さえもたった一人に明け渡して差し出さなければならないだろう。

 それを嫌だとは思わない。苦だとも思わない。そう思えてしまうくらいには羽月は倉宮晴人という人間に強く惹かれていた。

 だからこそ、晴人の隣にいるのが自分で相応しいのかと羽月は疑問に思っていた。倉宮家というこの国の陰陽界の頂点に立つ家を背負う人の隣にはそれ相応の格を持った家で生まれ育った陰陽師がいるべきではないのか。それは自分ではないのではないか。

 考えれば考えるほどに思考は渦を巻いていた。

 そんな心情をおくびにも出さず、羽月は日々を過ごしていた。この京都での交流会、そしてその裏で勃発するであろう倉宮家と一条家の全面戦争。

 だというのに、今朝から妙に落ち着きはらっている晴人の姿に羽月は言い知れぬ不安感を抱いていた。新幹線の座席に座ってから晴人は数回しか口を開いていない。ずっと窓の外を見ているのだ。

 流れゆく景色に思いを馳せて晴人は何を見ているのだろうと羽月は疑問に思った。

 都心から離れ、見える景色はビル群から田園風景に変わり、圧倒的な速度で目的地に向かっていく。今、晴人の目には何が映っているのだろう。


 その手を握れば、その瞳は景色ではなく、私を映してくれるのだろうか。


 羽月は手を太腿の上に置き、制服のポケットから携帯端末を取り出した。塾から送られてきた今日のスケジュールを確認し直し、奏と宗近と今後の予定について話すことにした。

 簡単に確認し終えるともうすぐ京都駅に着くと車内アナウンスが流れた。

新章開幕第二話です。これから視点はかなり移動していくと思うのでお楽しみに。

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