第四十二話 燃ゆる古都、揺れ動く影 その一
更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非検索してみてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も書いているので是非。
日出づる国、日本。千年前、この国の中心は京の都と呼ばれていた。権力と栄華と歴史を内包し、「陰陽師」を陰陽師たらしめる「陰陽」の全てを形作ってきた。明治維新を機に東京に遷都してもなお、京都は陰陽の都であった。
現代において広く普及している陰陽術の多くは平安時代中期にその栄華を誇った陰陽の祖「安倍晴明」が開発し、その子孫である「土御門家」が発展させ、土御門家から分かれた「陰陽御三家」の内の一家「藤家」が時代に合わせて術式を簡略化してきた。
そのため、アカデミックな観点で見ると陰陽術は大きく「晴明式陰陽術」と「古式陰陽術」の二つに分けられている。多くの術式が晴明式の系譜を継いでおり、御三家を目の敵にしている「京都九家」ですらその恩恵にあずかっているというのは皮肉な話だ。
「古式陰陽術」とは晴明式陰陽術が確立される以前から全国各地で使われていたまじないや祈祷、占星術などのことであり、それらを総称して「古式」と区分している。古式陰陽術は晴明式と比較して非常にバリエーションが多い。
例えば、道具を使った降霊術式や祭壇などの特定の環境で発動する術式、星の出ている夜にのみ行使することのできる術式などなど。挙げればきりがないほど多種多様なのである。中には陰陽の陰の側面が強い呪術を専門に扱う家も存在する。
そんな古式陰陽術が張り巡らされた場所に陰陽師が四人、数時間ほど膝を突き合わせていた。
「陰山が面倒なことをやってくれたな」
「遅かれ早かれああなっていましたよ。だから襲撃するなら全戦力を投入するべきだと意見したでしょう」
「ですがこちらの戦力を無暗に分散するのは得策ではありません。妖に対する見張りを疎かにするべきではない」
「初めから二者択一にするべきだったのですよ。青霊堂を開けさせ、その間に全戦力で倉宮晴人を殺す。もしくはこちらにいる倉宮家に睨みを利かせ、手駒となる妖を大量に京都に入れさせる。それぞれを中途半端に行ってしまった結果、こうなったのです」
「であればお前は早々に倉宮晴人を殺すべきだったと?」
「私であればもっとこちらに有利に働くように行動を起こしますよ」
「具体的には?」
「過去についてこれ以上話しても意味がありません。そもそも今日はいつ倉宮家との戦端を開くか、それを決めるために集まったのでしょう?」
そう細身の男が言うと髭を蓄えた男は組んだ腕に力を込め、細身の男を睨みつけた。まさに一触即発という雰囲気に長い髪を左右に分けた男は後頭部に手を回し、辟易した様子でため息をこぼした。
「ならば結論は決まっている」
睨み合う両者を抑えつけるような重厚な声に小競り合いをしていた二人はすぐに姿勢を正し、長髪の男もその場で座り直した。
「この地に降り立ったその瞬間にその首をはねよ。仮に護衛が五十や百いたとて造作もない。分かったかお前達」
漆黒の和服を身に纏い、その脇に目立つ純白の鞘に納められた日本刀を置き、鋭い眼光から喝を飛ばす偉丈夫の言葉に三人は異口同音に応える。簡潔にそう伝えた偉丈夫は膝に手をつきながら刀を持って立ち上がり、部屋から出ていく。
部屋に残された者達も各々立ち上がり、偉丈夫とは真逆の方向へ部屋を出た。
長髪の男は細身の男と髭を蓄えた男と分かれ、一人、彼らとは別な方向へと脚を向けた。一条家の別邸から遠く離れた場所まで来て男は認識阻害の術式を解き、山の中腹で脚を止めた。
山道を大きく外れ、回り込むようにして歩き、更に結界をくぐり抜けて男は小さな屋敷の扉を開けた。玄関で靴を脱ぎ、屋敷の奥の座敷の戸を開けるとそこには片腕を斬り落とされた哀れな鬼がいた。
「まさか斬られた腕が直らないとはな。倉宮晴人が持ってる刀の効果か使っていた術式の効果か。実際どっちだと思うよ」
この男、「落合源治」は晴人に腕を斬り落とされた温羅の世話を一条家現当主「一条師永」から任され、こうして温羅が隠れられる小屋を用意し、周囲に結界を張って世話をしている。
「・・・刀の方だ。あの刀で斬られた胸の傷も一向に塞がらない」
どうして式神である温羅が鬼の姿を保っているのかというと干将に斬られたことで姿を変えることができなくなったのだ。
あの刀はこの呪力体ではなく、温羅という妖の腕を斬り落とした。裏にはもう片腕が修復されることはないだろうという確信があった。
「なるほどな。次は殺せそうか?」
「無理だ。無論、お前でもな」
椅子に座らず、壁に背をもたれる温羅に落合は不服そうに腕を組んだ。
「おいおいそれはないだろ。あんながきんちょに俺が負けんのか」
「そうだ」
温羅は妖だ。それも鬼であり、名を持っている。落合もその意味を理解していないわけではない。人間よりも長い時間を生き、その力は並みの陰陽師など束になっても敵わない。その身を傷つけることの困難さなど想像する必要もない。
そんなことは分かっている。そんな妖が今はこのざまだ。
一条家には襲撃から帰ったその日のうちに報告した。返ってきた言葉は次の戦いに使えるかというだけだった。一条家は倉宮晴人や倉宮家を容易い敵だと思っているのだろうか。
確かにあの妖達はここにいる温羅と同等かそれ以上の異質さをまとっている。妖としての格もかなり高いだろう。
だが、それでよいと鵜呑みにしてもよいのか。落合はいつの間にか眉間に入っていた力を抜き、温羅の正面に腰を下ろした。
「まあ話半分に聞いといてやるよ。取り敢えず後何日で全快する?」
「一週間近くあれば腕と傷以外は修復できるだろう」
幸か不幸か一週間後は倉宮晴人が京都にやってくる日である。
あの態度から見てどうやら一条家は倉宮晴人の襲来と共に戦端を開くとを決めているようだ。落合は温羅の言葉を聞き、少し倉宮晴人に対する認識を改めることにした。例え温羅が現状において最大限回復したとしても以前のような勝負はならない。
それはこの鬼の言葉とこの鬼に戦いを任せた落合自身の経験則からくる予測だ。倒れた倉宮晴人を庇って落合に矛を向けたあの「女」。呪力の感知が不得意な落合ですら理解できた圧倒的強者の存在感。
倉宮晴人の傍にあんな存在がいたのなら温羅が圧倒されることの説明がつく。東京から戻った時、落合は「女」について一条家に話さなかった。話してしまえば欲しがると考えたからだ。
陰陽に狂った者達があのような存在に対して興味を持たないはずがない。今ですら無理難題をいくつも押し付けられているというのにこれ以上増やされてはたまったものではない。
(倉宮晴人を孤立させる方法を考えるか)
落合は踵を返し、小屋を出た。錠に術式を張り、山を歩きだした。
時間は遡り、落合源治が屋敷を出てすぐのこと。
この屋敷の主、一条師永は先程まで会合を重ねていた来客用の大広間から移動し、家族用の広間に自身の子息達を呼び出した。数分して長女、その夫。次女、その夫。そして、三男が順々に広間に入ってきた。
長机の上座に師永が座り、長女が左手側に、その左隣に夫が腰を下ろし、同じように次女とその夫も腰を下ろした。最後に入ってきた三男は師永の右手側に腰を下ろした。
「いかがなさいました?お父さん」
口火を切ったのは長女だった。彼女の名は「一条渚」。長い髪を一本にまとめ、二児の母となってなおその凛とした雰囲気を崩さず、彼女に似て娘達も将来は美人に育つだろうと師永も一目を置いている。
彼女は九条家から婿をとっており、彼女の左隣に座る男性がその夫「九条直起」である。九条家は生来、京都の環境保全を生業としており、自然だけでなく、陰陽都市としての京都を陰陽御三家である雅代家の管轄の元、保全している。
つまり、妖の集団を招き入れることなど九条家にかかれば造作もないということだ。
「うむ。七月に予定されていた青霊堂との交流会が来週に行われることになった」
「それは随分と急ですね」
そう反応したのは一条家次女、「一条理沙」である。姉ほどではないが肩甲骨辺りで切り揃えられた長髪をなびかせ、切れ長の瞳から感じる力強さは父を思わせる。姉と同じ二児の母ではあるが、姉とは違い男児を一人もうけている。
彼女の隣に座るのは「二条斉昭」。京都九家、二条家の長男にして京都のホテル、旅館のその半分近くを束ね、陰陽師としても陰陽師の中で五%ほどしかいない一級陰陽師の資格も有している。
「つい数時間前、青霊堂と鏡黎館の塾上層部によって開かれていた会議で東の塾長から提案され、可決されたそうだ。響磨」
「はい父さん」
師永を父さんと呼ぶこの少年は京都九家が一家、一条家次期当主「一条響磨」である。陰陽の大家一条家に生まれ、名門陰陽塾鏡黎館に首席で入塾し、家を継ぐ陰陽師として一条の名に恥じぬよう努力している。
体格はスラっとしていて背丈は同い年の友人達と比較すれば高い方だろう。父譲りの力強い瞳に端正な顔立ち。年齢よりも貫禄があると親戚や家の関係者に言われることを少し気にしていたりする。
「一週間後の交流会には「倉宮家」の倉宮晴人が来る」
倉宮家。その言葉を師永が口にした途端、この場にいる全員が表情を強張らせた。遂に、だ。今まで倉宮家の子息についての情報はそのほとんどが信憑性に欠ける不確かなものばかりだった。それもこれも倉宮家が何十年も隠匿し続けたからだ。
それが満を持して表に出てきたのだ。陰陽界を覆すというこの時に、偶然か必然か、それとも何かに引き寄せられたか。
師永は着物の帯を強く締め、響磨の方へ顔を向けた。
「成すべきことは、分かっているな?」
「はい。相手が倉宮家だろうと俺は負けません。父さん達の悲願のために全力を尽くします」
「その心意気やよし。期待しているぞ、響磨」
「はい!」
父からの期待を受け、響磨は目を輝かせて声を上げた。
「渚、理沙」
「「はい」」
「お前達は響磨を手伝ってやれ」
「「はい」」
「話は以上だ。直起君、斉昭君、二人は残ってくれ」
そう言われ、師永、直起、斉昭を部屋に残し、三人は部屋を出た。響磨は拳を握り、不敵な笑みを浮かべていた。
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夏の入りを感じ始めた六月も終わりに差し掛かり、本格的に暑い日が続くようになった。この完全に密閉された車内ですらその暑さの片鱗を感じさせるほどにこの国は熱気に包まれていた。
「あーつーいー」
「ほら、これでも飲んで。じきに涼しくなるから」
「京都まで二時間だっけ?」
「そうそう。お昼前には着く予定だって」
青霊堂の一年生達を乗せた京都行きの新幹線は少し前に東京駅を出発し、倉宮晴人、真波羽月、七条奏、天草宗近は座席を向かい合わせにして談笑していた。
さてさて何やら不穏な場面から第二章はスタートです。彼らは一体何者なのでしょうか。
キャラ名:落合源治、一条師永、一条渚、九条直起、一条理沙、二条斉昭、一条響磨




