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あやかしばかし  作者: 東上春之
第一章 出会いと覚醒
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第四十話 出会いと覚醒 四十

更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非検索してみてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も連載しているので是非。

 羽月は晴人の手を離し、「お風呂入ってくるね」と部屋を出ていった。部屋に一人残った晴人は椅子に深く腰掛け、膝を抱え、背中を丸めた。


(あれで良かったんだ。あれで)


 いつか終わりが来る。来なければならない。それが普通で、それが正常で。そうあるべきで、そうあらないといけなくて。

 これは羽月の、真波羽月という一人の少女の人生を守るために交わした約束。

 だから、それ以上であってはならない。それ以上になってはいけない。羽月の依存の対象になってはならない。羽月の生きる理由になってはならない。

 彼女が彼女であるために、彼女が真波羽月としてこれからも生きていくために。寄る辺であって、宿り木になってはならない。

 そう思ったからああ言った。そうあるべきだと思ったからああ言った。間違っているとは思わない。間違ったことをしたとも思わない。

 だが正しかったと言いきることはできなさそうだ。

 だってこんなにも胸が苦しいんだから。


(俺は万能でも無敵でもない。ずっと羽月を守るなんて到底無理だ。脅威を取り除けるかどうかすら不透明な状態の上、陰陽塾ですら安全な場所とは言えなくなった)


 だったら傍にいてもらうのが一番安全だ。それは分かってる。でもそれはどこまでも真波羽月の生を背負うということ。

 そんなこと。


(そんなこと・・・。できるわけがない。だって俺は強くない。強くないんだ。誰かの人生なんて背負えないよ)


 できることなら陰陽の世界だって知りたくなかった。普通の世界で、普通の生活を送っていたかった。


(もう後戻りができないのは分かってる。だからといって染まる気にはなれない。まだ一部しか知らないけど一条家の行いを陰陽家だからと受け入れることは俺にはできない)


 有力陰陽家だからと他者を従わせ、諜報員としての職に従事させること、情報を漏らしたからといってその子女を簡単に殺そうとしたこと、そして「いのち」をどこまでも軽んじていること。

「いのち」を軽んじ、「いのち」を弄び、「いのち」をぞんざいに扱うことが陰陽師の、陰陽家にとっての「当たり前の日常」だというのなら何が起ころうと陰陽界に馴染むことも、この不条理な「日常」を受け入れることも絶対にしたくない。

 彼らと同じ「陰陽師」になるということは倉宮晴人が手放した、手放してでも守りたかった「日常」を自ら冒涜する行為だ。


(だから俺は誰よりも陰陽界とは違う常識を持った陰陽師にならなきゃいけない。だから羽月と同居することになっても俺は普通でいなきゃ駄目なんだ)


 晴人は膝を抱えていた腕を解いて背もたれに身体を預けた。ため息をついて胸の中の少しの虚無感と寂寥感を吐き出した。

 これはどうにもならないことじゃない。どうにかしている、今まさにどうにかできている。選ばないことを選べている。

 だから、羽月の表情を見て胸が苦しくなることも、一度口にした言葉を撤回したくなることも、決しておかしなことではないはずだ。だってそれは普通のことで、当たり前のことで、最低なことなのだから。

 守ると言った人を、護ると誓う言葉で、傷つけた。


「難しいな」


 そうこぼした晴人の声は夜の闇にとけていった。


 同じ時刻、同じ空、遠く西の方角。そこは元来、京と呼ばれ、千年近く妖はびこるこの国の中心であり続けた都である。そこで一つ、事件とも言えないとある出来事が起こっていた。

 発端は今より半日以上前、月明かりと夜闇によって世界の明暗が鮮やかになっていた頃。

 下京の西方にて突如として爆発騒ぎがあった。結果としては飲食店の火の不始末となったが、その裏ではとある陰陽家が大量の妖を京に侵入させ、それに気が付いた倉宮の者が晴人の父に報告し、その情報が晴人に伝わった。

 この爆発は陰陽師以外の人間には日常の中のニュースの一つとして消化された。

 だが妖を手引きした陰陽家と対立することを決めた陰陽家にとってはその出来事はまさしく事件であった。

 この事件によって変化したのは情勢。歪な形で均衡を保っていた京都はこの日を境に一気に傾くことになった。玉藻前を中心とした妖の集団、一条家をトップとした陰陽集団、そして倉宮家とこの三すくみの関係は倉宮家とその他という構図に変化してしてしまった。

 京都においてのパワーバランスが完全にひっくり返った。

 倉宮家と一条家の対立が表面化し、一条家が妖陣営と組んだことで倉宮家は対峙しなくてはならない敵が増え、少々厄介な状況に陥っていた。

 父からの連絡で晴人が理解したのは一条家と完全に対立したということまで。妖側に動きがあったことまではまだ知らない。

 だが晴人は父の性格をよく理解している。普段とは違うたった一言の連絡に込められたその意味を晴人は正確に読み取っていた。京都の異変を知らせる言葉の裏にある状況の悪化を暗に知らせるメッセージにすぐに気が付いた。

 とは言え、具体的な変化の子細を読み取れたわけではなく、あくまでも倉宮家が不利な状況に陥ったということだけ。ただ、このメッセージは既に役目を果たしている。

 このメッセージが京都にいるはずの晴信から東京にいる晴人の元に届いていることに意味がある。晴信がメッセージを送信した時点では通信インフラに対しての妨害がなされていなかったということ。いくら一条家でも京都全域への通信妨害のような大規模な行動は起こせなかったわけだ。

 と、倉宮家からはそう見えるが、一条家からすれば京都の情報が晴人に伝わろうが、それはどちらでもよかった。仮に京都で通信妨害を行おうが、すぐさま妨害圏の外に移動されると通信されてしまう。結局、京都の外に情勢が漏れるのはごく短い、時間の問題なのだ。

 そのため、一条家は情報が洩れることを承知の上で事を起こした。その結果、京都は数日前よりもより混沌としたまさしく魔境と化すことになった。

 そして現在。

 京都には多くの陰陽師、妖が集まっていた。特に妖の増加量が例年の比ではなく、そのことに気が付いている陰陽家はすでに臨戦態勢に入っており、どうやら陰陽局の方でも街の異変を感知して派遣する人員の選定をしているそうだ。

 時刻は日付が変わる数分前。今日の京都は満月がよく見える雲の少ない夜だった。

 街が寝静まり、足音が凱歌を響かせる。

 それが子守唄か、はたまた協奏曲か、それを知る人間は初めからこの場所にいなかった。それが明確に女王の凱旋だと感じ取ることができた人間は当然この地にはいなかった。

 かろうじて女王の存在を認識することができたのはほんの数人。各々浮かべる表情は異なり、ある者は眉を顰め、ある者は唇をつり上げた。

 女王は確かに「そこ」にいる。けれどその姿を、存在を視認することができない。女王が歩みを進める度に響く呪力の波動。それは鐘の音のように女王の行進を知らせ、同胞は歓喜の声を上げた。

 この日を境に京の都は祭りの炎に包まれていくことになる。


 夜が明けて、陽の光と共に晴人は目を覚ました。のそのそと身体を起こし、ぐっと身体を伸ばした。身体が暖かくなったのを感じ、力を抜いて腕をおろすと昨日の情けない姿が閉じた瞼の裏に映った。

 実に格好の悪い自分の姿に朝から気分が落ち込む晴人であった。このまま二度寝でもしてやろうかとめくった布団に手を伸ばしたが、意味のないことだと思い、ベッドから降りてまた身体を伸ばした。

 胸にたまった空気を吐き出し、適当に身体を伸ばし、ストレッチっぽい動きをしていると視界の端に何も言わず、当たり前のように布団をたたみ、ベッドを整える朱雀の姿が映った。


「いつも思うけどそんなに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれなくていいからな」

「これは私達が好きでやっていることですから晴人様は何もお気になさらないでください。主のために何かができるというのは実に心地の良いものですね」


 そう真っ直ぐに言われてしまい晴人は動きを止めた。

 前にも同じようなことを言った時、朱雀は今と同じように答えた。晴人のために何かができることが嬉しいのだと。自信を認識すらしてもらえていなかった彼らからすれば今のように生活を共にできるようになって何十年も溜め込んできた想いを爆発させているのだろうか。

 式神には、人ならざる妖には感情なんて人間らしいものは存在しないはずなのに。


「まぁほどほどにしてくれよ。真っ当な大人になるためにある程度自分のことは自分でしなきゃいけないからな」

「大丈夫ですよ。少なくとも私はこれからも晴人様と生きてゆきます。身の回りの世話は全てお任せください」


 あまりにも清々しい朱雀の宣言に今度こそ晴人は何も言い返せなくなった。千年近く生きている朱雀よりも晴人が早く死ぬはずがないのだから朱雀の言う「これから」は晴人が老いて死ぬところまで指し示しているのだろう。

 人の身である晴人には想像もつかない人生というかなんというかを過ごしてきた朱雀にとってはたかだか十数年など瞼を閉じれば過ぎ去っていくような他愛のない時間。

 だが彼女は晴人に認識されるその時を今か今かと待っていたと言っていた。

 分からない。


(分からないよ。朱雀)


 どうして朱雀は、朱雀以外の他の式神達はあれほどまでに献身的で、愛情深く、自分を優先してくれるのか。身も蓋もない言い方をすれば彼らとどうして契約しているのか。

 確かに晴人は陰陽家に生まれた。それもとびきり特別な倉宮家に生まれた。倉宮家が陰陽界においてどのような役割を背負ってきたか、それによってどういった立ち位置にいるのか事細かに朱雀から教えてもらってはいる。

 人の世を護る倉宮家の一員として晴人にもそれ相応の力が求められること、そのために陰陽師として強力な式神と契約する必要があること、それらの必要性は十分に理解できる。だから倉宮晴人は幼い頃に朱雀や酒呑童子達と契約を交わした。

 そして陰陽界から遠ざけられた。

 その辺の隠しごとについては父に問いただすとしてそれ以前にどうして彼らは式神になってくれたのか、なぜ自分の元にこれほど強力な式神が集まっているのか、それが晴人には分からなかった。

 彼らとは陰陽の力に目覚めるまで関わることができなかったというのにどうして彼らはこれほどまでに自分に尽くしてくれるのだろうか。

 それは彼らに聞けば分かることなのだろうか。父に聞けば答えてくれるのだろうか。その答えに果たして応えることができるのだろうか。


(どうして俺の周りはこうも複雑怪奇なんだ)


 思わず叫びたくなる晴人であったが、その言葉を飲み込み、朱雀に一声かけて部屋を出た。そのまま洗面所で顔を洗い、身だしなみを整えて居間へと向かった。

 居間の戸を開けると私服に着替えた羽月がエプロン姿で干将と話しながら朝食を作ってくれていた。晴人が入ってきたことに気が付いた二人と挨拶を交わし、椅子に座った晴人はテレビをつけた。

 そこには丁度、昨晩、京都で起きた飲食店の火の不始末についてのニュースが流れていた。

 すぐに別のチャンネルに切り替えたが、どこも同じような内容でここ最近の京都で起こった出来事はこの事件以外報道されていない。


「京都に関するニュースがこれだけなんて、おかしいよね」


 晴人の前に朝食を並べながら羽月がそう言った。食器を並べ終え、エプロンを外した羽月が晴人の正面に、干将が晴人の隣に座った。


「あぁ実は昨日、父さんから「京都に動きがあった」って連絡が来たんだ。このニュースとの関連性は分からないけど、間違いなく一条家が動いたんだと思う」

「じゃあやっぱり昨日青霊堂を襲った妖は」

「何をどぉ考えても一条家の刺客で間違いないねぇ」


 羽月の言葉に干将が呼応する。一条家がこれからどのように動いてくるか分からない以上、後手を踏みたくはないが、かと言って張られている罠に飛び込んでいく理由もない。それに第一、東京からでは京都まで距離があり過ぎる。

 この距離を埋めるには通信が有効だが、これは一条家側に監視されている可能性がある。迂闊にメッセージは送れない。となればできることは限られてくる。


「行くか、京都」


 京都に行く。向こうがどんな状況か全く分からない。そもそも一条家がどれだけの敵なのかも具体的には分かっていない。今は羽月を守ることに注力する必要があることも分かっている。

 だが全ての問題の根は京都に繋がっている。問題を解決するためにもいずれは行かなければならなかったはずだ。


「いいですね。東京にいてもできることはありませんし、晴人様もお父上やお母上にお会いしたいでしょう?」

「私は反対です。お父様は晴人様が京都に来ないようにこのようなメッセージを送られたのだと思います。少なくとももう少し陰陽術に慣れてからの方が安全だと思います」


 晴人の意見に賛成する朱雀とは反対にどこからともなく現れた莫邪は慎重な論を唱えた。反対の方を向いているように見えるこの意見は実は同じ方を向いている。莫邪もいずれ京都に行かなければならないことは理解している。

 晴人の意見を尊重した上であくまで慎重に、そして仕留める時は一気にやるべきだと莫邪は言っているのだ。今の晴人では敵を圧倒して羽月を守ることが難しいと判断したのだ。

 攻めるか、守るか、どちらか一方しか選べないのであればどちらも選べるようになろうと莫邪は言っているのだ。


「お姉ちゃんは晴人様に賛成かな。確かに来ないようにする忠告かもしれない。でもお二人の身に危険が迫ってるかもしれないなら行くべきだとは思うよ。ただ行き方は考えるべきかもしれないけどねぇ」


 馬鹿正直に新幹線や航空機で行けば敵に動向を把握されてしまう可能性がある。現地で安全に合流するためには一条家に見つからない手段で京都入りすることが望ましい。


(でもそんなことできなさそうだな)


 望ましいが、それが実現するのは不可能だろう。敵の立場に立って考えれば温羅を圧倒してしまうような陰陽師を警戒しない方がおかしな話だ。それに晴人に留まらず倉宮家の陰陽師は精鋭揃いだ。今も各地の陰陽師は一条家の監視にあっている。

 晴人が今の生活圏から出ようものなら間違いなく襲撃が起こる。おそらくそれは昨日のような軽いものではなく晴人を京都に行かせないために本気で殺しに来るだろう。

 だが、晴人は式神の誰一人京都に攻め込むことに反対どころか積極的なことが嬉しかった。というかあまりの積極的な戦闘態勢に提案した晴人の方が圧倒されてしまった。


「確か、今日は塾ないんだよな?」

「そうだよ。教室とか壊れちゃったから」

「それなら確かめたいことがあるから塾に行きたい。皆、ついてきてくれないか?」

「えぇ」

「もっちろん」

「行ってらっしゃいませ。私は倉宮の者に京都に安全に向かう手立てがないか確認してきますので」

「分かった。頼むよ朱雀。じゃ、着替えるか」

「お手伝いしますよ、晴人様」


 そういつものように、当たり前のように晴人についてこようとする朱雀に何か言おうと足を止めた晴人だったが、この数日で彼女が何を言おうとついてきて思う通りに行動することを、そしてそれを拒む気が起きないことを幸運なことに晴人は知ってしまった。

 だから、晴人は諦めた声で、


「分かったよ」


 と、肩をすくめてそう言った。

 食器を片付け、部屋に戻った晴人はやっぱり朱雀に世話を焼かれながら通塾の支度を終えて玄関へと向かった。


「待たせてごめん」

「ううん、待ってないよ」

「ありがとう。それじゃあ行くか」


 玄関を出ていつものように酒呑童子が運転をする車に乗る晴人と羽月。そう「いつものように」。

 ここ数日で彼の、倉宮晴人の「日常」は一変した。妖、式神、陰陽師。高校の元クラスメイトに語って聞かせたとしても信じてはくれないどころか、何を言っているんだと突き放されるだろう。

 もう後戻りも、後悔もできない。

 晴人は選んだ、振り返らないことを。

 晴人は決めた、進み続けることを。

 この「日常」で生きていく。この「日常」を生きていく。倉宮晴人はそう決めた。

 この変化し続ける日々が日常になって、当たり前になって、そうやってこれからを生きていく。これまでを抱えてこれからを歩んでいく、そう彼らと一緒に。

 支えてくれる五人の式神。彼らがどうして自分の式神になってくれたのか、晴人は知らない。彼らと過ごす日常は新鮮で、妖には感情がないと言う割には朱雀なんかは本当にそうなのかと疑うレベルだ。

 そんな日常が悪くないと思えてしまうくらいに晴人は彼らのことが好きになっていた。そしてその思いが強くなる度に玉藻前に対しての疑問が大きくなる。

 彼らと玉藻前との違いはなんだ。

 どうして玉藻前はこの身を狙っているのだ。式神として契約してくれたのなら玉藻前は少なくとも敵対する気はないはずだ。もし玉藻前が倉宮家に何か恨みがあり、それがこの身を狙う原因ならば契約する理由がない。

 玉藻前が契約した、契約しようと思った理由と敵対している原因を見つけなければならない。でなければ対話なんてできやしない。

 そのためにはやはり。


(京都に、父さんの実家の、倉宮家のあの場所に俺は行かなきゃいけないんだ)


 車窓から見える景色に目を移し、晴人はまた思案の海に意識を向けた。

遅ればせながら皆さん新年あけましておめでとうございます。

正月から体調を崩してしまい、更新できていませんでした。これからもっともっと面白い作品にしていくので応援と拡散をよろしくお願いします。

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