表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかしばかし  作者: 東上春之
第一章 出会いと覚醒
4/59

第四話 出会いと覚醒 四

更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非フォローしてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も書いているので是非読んでみてください。

 ~~~


 朱雀から陰陽について学ぶこと三時間。晴人は湯舟に浸かっていた。


「あったまいったー」

(三時間みっちり教えてもらえたお陰で何とか基礎的な知識を叩き込めたけど)

「頭がパンクするかと思った。朱雀は厳し過ぎだ」


 朱雀が晴人に教えたのは現代の陰陽術の根幹を形成する陰陽五行の考え方。確立された陰陽術とその系統。

 そして、詳しい倉宮家の術式とその運用方法について座学、実技共に徹底的に叩き込まれた。特に実技に関しては今までにない感覚で新鮮だった半面、身体の内に入ってくる感覚の違和感は拭えない。


「でも、陰陽術って意外と面白いな。ちゃんと基礎が分かれば応用も理解できるし、何よりいくらでも自分で作り出せるってのがいい。どうにか遅れてる分に追い付かなきゃな」


 広々とした檜の湯舟でだらりと身体を伸ばし、両手を頭の後ろに組む晴人。恐怖はない、自信もある、編入試験も突破できるだろう。

 ただ一つ不安な事があるとすれば、


(俺の式神って結構というか、かなりやばい妖なんだよな。それに朱雀が言うには陰陽使いが「一体」の妖と契約することで陰陽師としてのステップを踏み始める。そもそも妖と契約を結ぶこと自体、それなりに陰陽使いとして研鑽を積んだ者にしか行えないらしい)


 それは契約にリスクが伴うからだ。

 妖を従えるということは主としてその妖以上の存在でなくては契約自体が成立しないのだ。強過ぎる妖と契約を結ぼうにも逆に妖にその身体を乗っ取られるという事態が発生してしまう。

 晴人が入学しようとしている陰陽塾も陰陽使いや陰陽見習いがそのほとんどで、すでに契約している者など稀であり、数年に一度、陰陽の大家やそれに近しい家の者くらいなのだ。

 加えてそういった家の者は京都にある「紫水堂」か「鏡黎館」に入学する。この両校の歴史は長く、伝統を重んじる陰陽家は基本的にこの二校に子息を入学させる。

 だからこそ、青霊堂に入学した時には想像している以上の影響が考えられるだろう。


「隠した方がいいのかな。でも隠し方なんて分かんないしな、どうしたらいいんだろうな」


 一人で考えても仕方がないと晴人は湯舟から上がった。最初は朱雀や干将が入ってくるかとも警戒したが、案外そんなこともなく、ちょっと安心した晴人であった。

 広間に戻ると机に食事が用意されていた。


「お勉強お疲れ様でした。お食事をご用意いたしましたので召し上がってください」

「ご飯を作ってくれていたのか、ありがとな。是非いただくよ」


 そう晴人が言うと朱雀は嬉しそうに「はいっ」と微笑んだ。朱雀の作ってくれた晩御飯は何十年も食べ慣れた味だった。


「凄く美味しい。もしかして母さんから教えてもらったのか?」

「はい、晴人様に喜んでいただきたくてお母様に教えていただきました」

「俺のためにそこまでしてくれてたのか」

(その努力に俺が気が付くのに何年もかかるっているのに)


 酒呑童子が言っていた朱雀の妖らしからぬというのの一端を垣間見たような気がした。それはともかく、さっき教えてもらった陰陽術の基礎について軽く復習しながら朱雀が作ってくれた料理をありがたくいただいた。

 食器を片し、洗おうとすると朱雀に止められ、「晴人様はお疲れですから私がやります」と言い、食器を乗せた盆ごと持って行ってしまった。


(こうも何でもやってもらうのは凄い申しわけないんだけど、そんな朱雀と契約したのは俺だからな。朱雀も楽しんでやってくれてるし、慣れるべきか)


 晴人の困ったような表情に酒呑童子は「甘やかすからだ」という視線を向けた。晴人も「その方が朱雀が気持ち良く過ごせるだろ」と顔を向ければ、「それはそれ、これはこれだ」と酒呑童子は肩をすくめた。

 そんな言外のコミュニケーションを見て干将と莫邪も微笑ましくなった。


「干将と莫耶もありがとな。今まで色々と頑張ってくれてたんでしょ。ほんとに頭が上がらないよ」

「いえいえ。晴人様をお守りするために私達は存在するのですから当然のことです」

「そうそう。私達は晴人様の式神で武器。好きなように扱ってください」

「好きなようには扱わないけど、改めて酒呑童子もこれからも頼む」

「はい」

「はぁい」

「あぁ」

「そうだ皆に聞いておきたいことがあったんだ。俺の式神についてって極力隠した方がいいよな」

「そうだな、青霊堂側にどう伝わっているのか分からないが、もし詳細を伝えていないのなら隠せる分は隠すべきだ。俺や玉藻前もそうだが、朱雀や鵺も式神としては規格外だ」


 その通りだと晴人も思った。朱雀から詳しく教えてもらった今ならよく分かる。酒呑童子の言う通り、彼らは式神として規格外にもほどがある。倉宮家という下駄があるにしても異質過ぎだ。


「表立っては干将だけと契約しているということにするのがいいでしょうね。干将の召喚する武器は倉宮家の祓魔術式との相性がよいですから、その点を強調すればそれ以上追及されることもないでしょう」

「ほぉ私だけが晴人様の「式神」ってことになるわけね。いいねそれ」

「そうじゃないです。その方が晴人様の身を守れるということですよ。そうですね、我々はアクセサリーにでもなりましょうか。陰陽師の中には術式の強化のために腕輪や首飾りを身に付けている者も多いので、晴人様のために倉宮家が送ってくれた陰陽具ということにしましょうか」

「そっか。そういうのもあるんだな。何だか勉強になるな」

「古代の陰陽術は現代ほど誰にでも扱えなかったので、貴族お抱えの術師は皆、高価な装飾品や祝詞が刻まれた木片などを身に付けていました。現代ではそれが様々な形で浸透しているので、十分理解されるはずです」

「やっぱ頼りになるな、朱雀は」


 式神を装備する、その発想は晴人に新たな発見と閃きを与えた。その後、軽い雑談を挟んで晴人は寝ると言い、寝室へ向かった。

 これからのことは全てが初めてだ。あらゆることが周りと比べて出遅れたスタートで追いつくことが最重要な課題になるだろう。分類上は陰陽師ではあるが、知識や経験は他の生徒達より劣っている。


「言葉以上に頑張らなきゃな」


 ベッドに寝転がり、激動の一日を反芻する。

 妖が見えるようになって、襲われたらまた別の妖が現れて、彼らは式神って名乗って、父からの手紙で自分の家が陰陽師という家系で、なのに自分の式神に命を狙われて、陰陽塾に入ることになって。

 今までの生活から一変して違う世界について学ぶことになる。

 常識も考え方も倫理感すら異なった閉じた世界に身を置くのだ。陰陽界特有の異質さを前に晴人はどう打開するのか。

 課題も多い。情報不足なことも多い。

 だが、晴人はそれ以上にワクワクしていた。


「陰陽師を目指してる奴らってどんな奴らなんだろうな。陰陽師の家って格式高くて伝統を重んじてるって朱雀も言ってたし、偏屈な人とか伝統を重んじまくってる人とかいるのかな」


 まだ見ぬ出会いに胸を躍らせて晴人は瞳を閉じた。晴人が目を覚ましたのは暖かな春の陽気、ではなく何故か聞こえる自分以外の吐息だった。

 規則正しい息遣いととくんとくんという心臓の音が頭上から聞こえ、目を覚ますと身体をがっちりとホールドされていた。


(動けない)


 いつの間にかベッドに入っていた朱雀に晴人は抱き締められていた。

 本来、式神は睡眠を必要としない。それは身体が肉体ではなく、呪力を基に構築され、主からの永続的な呪力の供給を受けているためである。妖と式神の大きな違いは主からの供給の有無だ。

 呪力を使い過ぎた妖は休眠状態に入り、再び自身を構成するために呪力を溜める。つまり、式神には肉体的疲労はなく、精神的憔悴もない。

 だから、彼女がこうして晴人と閨を共にするのは「式神らしからぬこと」なのだ。


「朱雀、起きてくれ」


 反応がない。というか反応してない。


(妖って寝る必要がないんだよな。なのにここにいるのは守られてるってことなのかな)


 結界によって隔離された空間にいながらも警戒を怠ることなく、こうして睡眠という最も無防備な状態を身をもって守護してくれている。

 姿は見えないが、鵺も気を抜くことなく警戒を続けてくれているのだろう。酒呑童子や干将、莫邪もこの作業を何年もしてくれていたはずだ。


「ほんと、感謝しかないよ」

「ありがとうございます」

「やっぱ起きてんじゃん」

「晴人様の寝顔が見たくてつい」

「それはいいけど、とりあえず離してくれない?七時だし起きなきゃ」

「大丈夫ですよ。既に転校の手続きは済んでいます。お友達に別れの挨拶ができないのは申しわけないのですが、お友達の安全を考えれば接触しない方がお互いのためだと判断しました。申しわけございません」

「いやその方がいいよ。会うと狙われるかもしれないし、後でメールしとくよ」

「ありがとうございます。では二度寝しましょうか」

「いやそれとこれとはまた違う話だから。編入するまで期間があっても二度寝はしないからな」

「頑張り過ぎです。今は心を休めることが大事です」

「昨日は陰陽術について詳しく教えてくれたじゃないか?」

「進みたい道の手掛かりがないとその方がお辛いでしょう?でも今はお心を休めることが先です」

「分かったよ。大人しく寝るよ」


 朱雀の強引さに負けた晴人は納得はしてないが、素直に彼女の言うことに従うことにした。二度寝なんてほとんどしないのに、朱雀に頭を撫でられていつの間にか瞼が重くなっていた。


(まだ心が疲弊しているのにそれに気が付かないほど、追い込まれてる。急な環境の変化にまだ精神が追い付いてない。今まで見えなかった異物にその身を狙われ、これからも常に危険と隣り合わせな生活に身を置くことになる。人間にとって見えない恐怖は真綿で首を締められるようなもの。私達にできることはその脅威を徹底的に取り除くこと)


 晴人を胸に抱き、頭を撫でる朱雀。その表情は慈愛に満ちた女神のようにも、激情に燃える苛烈な乙女にも見えた。

 朱雀は晴人の式神であり、一番の盾。彼女の術は炎を主体とした攻守万能なもの。晴人は敵の妖達に囲まれた時、血が滲むほど下唇を強く噛んでいた。

 だが、その傷跡は既にない。それは朱雀が炎によって晴人の治癒力を活性化させ、傷を癒したのだ。

 朱雀は今も晴人の疲弊した精神を回復させるために全身による身体接触と式神契約によって形成された霊的パスの両方から干渉していた。

 それも晴人の精神に過剰に干渉しないように細心の注意を払いつつ、玉藻前からの精神干渉を警戒しながらである。膨大な呪力を持ち、高い術への抵抗力も兼ね備える晴人と言えど、睡眠中は抵抗力も減衰する。疲弊し、無防備になった精神には多少なりとも影響が出るだろう。

 晴人のメンタルケアとブロックを行いながら干渉の調整も完璧にこなせているのは眠っている晴人を好き放題できるからであった。

 妖らしく己の欲望に忠実なところは彼女らしさではあるが、その視線がすぅーと据わり、何十分も晴人の寝顔を凝視したり、背中に手を回して晴人の肌を堪能したりと思う存分好き勝手していた。

 その様子を晴人のパスを通じて感じ取っていた他の式神達は朱雀の行動にまたかと溜め息を吐いていた。封印が解かれ、式神達が視認できるようになってようやく晴人に近づけて朱雀にかかっていたリミッターが外れかけていた。

 その最後に関を破ったのはやはり晴人であった。

 朱雀のこれまでとこれからを肯定した彼の言葉は彼女の理性の蓋を破壊してしまった。だから酒呑童子は晴人に同情しなかったし、干将と莫邪も微笑んでいた。

 晴人が再び眠ったのを確認して酒呑童子は朱雀にパスを通じて話しかけた。


(朱雀、玉藻前から何かアクションはあったか?)

(まだないわ。晴人様の大まかな最終位置は把握されているでしょうけど、この空間は感知できてないわ。晴人様と玉藻前とのパスの妨害も問題なく維持できている)

(晴人様の状態はどうだ?)

(順調そのもの。顔色も良くなってるし、呼吸の乱れも収まって大分安定してきた。真夜中に急に過呼吸になるものだからこの胸にない心臓もドキッとしたわ)


 晴人が朱雀の胸から聞いた心音は晴人の心拍を安定させるために彼女が呪力で心臓の位置で疑似的な心音を鳴らしていた。また、呼吸音も晴人が安定した呼吸を取り戻すために疑似肺で呼吸していた。聴覚と触覚から晴人を先導した。


(鵺から街から妖がいなくなったと連絡があった。撤退したのか、企んでいるのか判別がつかないが、気を付けろ)

(了解。覚えておきます。他には何かあるかしら?)

(干将と莫耶が次は自分達の番だと不貞腐れている。何とかしろ)

(晴人様の体調が快復なされたらと伝えて。そうすれば無理には言わなくなるわ)

(そうか。話は以上だ、邪魔したな)


 酒呑童子らしく端的な話だった。干将と莫耶が不満そうに文句を言うのは分かっていたことだ。晴人に治療を行えたのはこの場では朱雀だけ。彼女達にはそれができなかった。単にそれだけのこと。

 役回りが違ったのだ。朱雀は晴人の傷を癒すことができるが、彼の武器になることはできない。

 干将と莫耶の使う術を一言で表すなら武装形成術である。自身の呪力を変換して武装を生成する術であり、武器を主体に術式を扱う倉宮家と非常に相性が良い式神達なのだ。


(晴人様にお願いしてみますか。無下にはされないでしょうし、相性を高めるのはお互いにとって悪いことではないですからね。まずは快復するように努めましょうか)


 朱雀は晴人の身体に脚を絡み付け、胸に抱くその頭をより強く抱いた。朱雀の呪力で晴人を包み込み、自己治癒力に働きかけ、活性化させていく。

 今まで封印を施していた反動が陰陽師として目覚めたばかりの晴人に大きく圧し掛かっていた。

 倉宮晴人という存在を隠すために倉宮家によって封印されていたのはその瞳と膨大な呪力、その名は封じられなかった。

 陰陽界において倉宮の名は広く知れ渡った名だが、その外の表の世界では単なる名前の一つでしかない。倉宮晴人が「倉宮晴人」として生きてこれたのはそういった点が大きい。

 妖はあくまで妖で人間にはなれない。

 陰陽と関わりのない人間には妖は視認できず、人間社会に入り込むことはできない。陰陽師の情報を集めようと社会に紛れ込もうとしても陰陽師達がそれを許さない。

 人間と妖は絶対的に分断され、陰陽師は妖の脅威から人間とこの社会を守ってきた。

 それが結果として玉藻前を女王とする神楽場という妖のコミュニティを生み、妖の中でも派閥を作り、徒党を組む妖達も出現するようになった。

 封印が解け、急活性した祓魔の瞳と体内の呪力は晴人の無意識化でその身体に負担をかけていた。それを確信したのは晴人に陰陽術を使うために必要な呪力の練り方を教えた時だ。

 十年以上契約し、その身体に晴人の呪力が完全に馴染んでいる朱雀だからできた荒療治だが、方法としては晴人の体内に入り、呪力を練る感覚を晴人に体験させるというものだった。

 晴人と同化し、身体の内側に呪力を伸ばした際、朱雀は異常な量の呪力が晴人の身体の中を循環していることに気が付いた。

 本来のキャパシティの何倍もの呪力が流れていた。

 そんな状態を放置した場合にどんな状況になるか容易に想像がついた彼女は呪力の扱い方や抑え方について詰め込むように教えた。普段の晴人の生活を遠目で見ていた彼女は晴人の性格をよく理解しており、詰め込み過ぎるとパンクする寸前で休憩を挟む癖を上手く利用して休憩するように仕向けた。

 そうして晴人を眠りにつかせ、自身が無理をしていることに気付かせないよう、気を回して彼を治療していた。

 晴人に触れ、その身体について知る度に朱雀はその異常性に驚嘆し、興奮していた。彼女は倉宮家が徹底して過保護と言えるほどに晴人を注視していた理由の一端を垣間見たような気がした。

 陰陽師としては間違いなく最上位に入る資質と才を持ち、倉宮家の名を背負うに足るものではある。実力が指標である陰陽界においてその頂点に手をかけることも可能だろうと彼の祖父が発言した時、朱雀は式神として誇らしくなった一方で、疑問も持った。

 晴人のために祖父は酒呑童子を討伐し、契約を結ばせ、倉宮家は干将と莫耶を見つけ出し、父は探索に優れた鵺を連れてきた。

 妖の中でも特に格が高く、簡単な表現をするのなら「強い」妖達を集め、晴人と契約を交わした。単騎戦力としては過剰とまで言えるものだ。

 なぜ、これほどに晴人に力を与えたのかと朱雀は疑問に思った。

僕らの未来を勝ち取るために見上げれば青空裏腹に心が痛いよ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ