第三十九話 出会いと覚醒 三十九
更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非検索してみてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も連載しているので是非。
それは宣誓であり、終わりの宣言でもあった。羽月の安全が確保された時、晴人の役割は終わりを迎える。羽月が他の陰陽師と同じように日常を送れるようにすること。それが晴人が己に課した誓約で、彼女の弱みにつけこまないとそう誓った。
それはさながら貞淑な乙女に捧げる騎士の誓いのように。
「・・・その誓いはいつか終わっちゃうんだね」
そんなこと言葉にされなくても初めから分かっていた。人ひとりの人生を縛っていられるほど自分に価値はない、とそう彼女は思っている。
それも晴人のような高貴な家柄で、強力な力を持った陰陽師を縛ってしまうことの罪深さを想像できない羽月ではない。終わりが来ることなど、とうに分かっていた。
「俺は物語の騎士じゃないからな。当面の脅威が去るまでになるのかな」
目下の脅威である一条家との対立。この問題が解決しなければ羽月に自由をプレゼントすることができない。羽月を自由にしてあげられない。それまではなんとしても約束の通りに守らなければ。
羽月の未来と倉宮家の今後の為にもこの脅威を取り除かなければならない。
それに。
「襲われる心配がなくなったらもう守って、傍にいてくれないの?」
「役割が終わればボディーガードとしてじゃなくて一人の友人として羽月と学生生活を送れるようになると思う」
そう未来について話す晴人の言葉は羽月には心を凍てつかせる呪文のように思えた。
晴人の語る未来では「彼の隣」に自分はいないのだ。彼が思い描いてくれている「真波羽月」の未来では倉宮晴人はその傍らに真波羽月を伴っていないのだ。
それがまじまじと見えてしまうから晴人に反論しようと口を開けど、羽月は言葉を発することができなかった。その反論は間接的に自身の価値を晴人に問うことになる。もしも今頭によぎった言葉を口にされでもしたらこの心がどうなってしまうか、羽月は分からなかった。
だから、彼への返答は初めから、これしか許されていないのだ。
「分かった。私の方こそ事件が解決するまでよろしくお願いします」
羽月は口にしたかった感情を全て消し去り、わざとらしく、仰々しく、佇まいを正し、三つ指を立てて、深々と頭を下げた。
それは羽月にできるせめてもの、そして最大限の抵抗だった。格式の世界で生きてこなかった晴人は羽月の行動に込められた意味を読み取ることができない。晴人の引いた線を丁寧に踏み抜く羽月の行動を当の本人はそこまで丁寧にしなくてもくらいにしか思っていなかった。
「頭を上げてよ。元はと言えば倉宮家と一条家とのいざこざのせいなんだから、羽月が気にすることないよ。ほんとに面倒だな陰陽界って」
深々と頭を下げた羽月の肩に手を置き、その手を取り、晴人は羽月の顔を上げさせた。晴人は理不尽が嫌いだ。生まれた時から他者を虐げる者、自身を縛りつけるものが嫌いだった。
一条家から倉宮家に鞍替えさせたことで羽月とその家族が背負っているものを払拭できたかと聞かれれば否と答えざるを得ない。まだ晴人は彼らに対して何もできていないのだ。
彼らはまだ陰陽の世界に身を置いている。まだその外に広がる世界に足を踏み出していない。彼らがこの世界に身を置いている限り、一条家から完全に縁を切れたわけではない。
だからといって普通の陰陽家が陰陽界から抜け出して一般の社会で暮らしていくのはそう簡単ではない。育ってきた環境、その中で形成された価値観は本質的な部分で一般社会と大きな開きがある。この開きは当人が思ってもみないところで表に現れ、気付かぬうちに足を引くのだ。
戻って来いと、そこに居場所はないと語りかけてくる。
だから倉宮家は陰陽家で一番最初に社会との繋がりを持った。それは今から何世紀も前の話だが、その歩み寄りがその当時の陰陽界に与えた影響は計り知れない。倉宮家の行動で極端に二分化したと言ってよい。どう二分化したのか、それは言うまでもないだろう。
変わろうとする家とそうしなかった家。一方はより人間らしく、そしてもう一方はより陰陽師らしくその歴史を築いていった。
晴人の無鉄砲を許容できたのも倉宮家が築いてきた「社会」があったからだ。今後、羽月の両親は倉宮家系列の一般企業で雇用することになる。倉宮家は一般の企業以外にも陰陽関連の企業もいくつも経営している。
そういった企業で働いている者達の多くは倉宮の者に救われた過去を持つため、すぐに打ち解けてしまうんだとか。
ともあれ、羽月の家族はもう心配ないと朱雀は羽月に伝えていた。羽月も両親が解放されたことを安堵し、これからどうするべきか彼女なりに考えることにした。終わりの見えていた人生に少しでも抵抗しようとした矢先、こうもあっさりと救われてしまうなんて。
(面倒なのはそれだけじゃないよ、晴人君)
目先の終点という光がなくなったことで道が見えなくなった羽月に朱雀は足元を照らす灯りを渡した。いつでも手放してよいと言われて受け取った灯りは持ち主のあずかり知らぬところで勝手に大きくなっていく。
晴人の手から流れ込んでくる熱がどうしようもなく暖かく感じてしまう。この熱を失いたくなくてその手を握っていたいけど君はそれを望まないんだよね。
顔を上げ、晴人と目を合わせた羽月は右肩と左手に置かれた彼の手を振りほどくように手を添え、身体の前までその手を運ぶ。伸ばされた手を自身の手で包むようにして合わせ、額を当てる。
「ありがとう」
(そしてごめんなさい)
目を伏せ、晴人に顔を見せないようにして感謝の言葉を口にした彼女の真意をこの時の晴人は読み取ることができなかった。それを後悔することになるのはまだ先の話であった。
今年もご愛読していただきありがとうございました。この第一章はあと数話で終わりを迎え、第二章へと向かっていきます。主に各章に付き十六万字前後(小説一巻分)をイメージして書いていますが、章を進むにつれて文量が倍加していくと思います。
今年中に第一章を書ききってしまおうと思いますが、どうなるかは分かりません。期待していただければ幸いです。
本当に今年も読んでいただきありがとうございました。来年も頑張っていきたいと思いますので応援していただければ嬉しいです。




