第三十六話 出会いと覚醒 三十六
更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非検索してみてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も連載しているので是非。
温羅を死に追いやる感覚、温羅という存在を現世から消滅させられる実感。生殺与奪の権を握り、生命の危機を押し付けた。
どこまでも冷静に、どこまでも冷淡に、どこまでも冷酷に「いのち」を奪おうとした。
その思考に違和感を覚えなかったどころか異常なほどに高揚していたことが怖かった。あの時、自分がどんな顔をしていたのか。
「晴人さま!大丈夫ですか?」
「ごっほ、ごほ、はぁ。干将、莫邪」
干将の声に意識を引き戻され、顔を上げると干将と莫邪の心配する顔が目に入った。色を失っていた手は繋がれた二人の熱を感じ取れるくらいには手は解けていた。
「大丈夫、多分もう大丈夫。ありがとう二人とも」
晴人は大丈夫と言ったが、未だ血の気を引いたままの表情に干将と莫邪はその手を離さず、二人で晴人を担ぎ、畳に寝かせた。せっかく起き上がったのに畳に戻ってしまった情けない自分に晴人は苦笑した。
莫邪は晴人の靴を脱がし、干将は晴人の頭を太腿に乗せ、苦い表情を浮かべる晴人の頭を優しく撫でる。
「ごめんな」
「謝らないでください。晴人さまは初めての実践に驚いてしまったんですよ。陰陽師になると決めた時からこうなる予感はありましたが、晴人さまは優し過ぎるのですよ」
「そんなこと」
「あるから今こうなってるんでしょ?」
そう笑いながら髪を撫でてくる干将の言葉に晴人はムッとしながらもされるがままにされた。
実際、干将の言う通りなのかもしれない。考え過ぎて、想像した現実に囚われて、弱々しく震えてしまった。干将は初めてだからと言ってはくれたが、それ以上に覚悟の甘さが心の弱さを露呈させた。
陰陽師になると決めた時点でいずれは通る道なのは分かっていた。心のどこかで戦うことに対して甘く見ていた。形は違えど生命の奪い合いに行きつくことは分かっていたはずだ。
「そうだよな。干将の言う通りだよ」
「まぁまぁ、気にし過ぎないことも陰陽師として必要なことですよ」
不貞腐れたようにそっぽを向く晴人の頬を両の手で包み、上を向かせ、カラカラと笑う干将。無邪気な彼女の笑顔に毒気を抜かれた晴人の身体から力が抜け、腕をだらんと下ろした。晴人の表情が変わったのを見て干将は頬から手を離し、また頭を撫で始めた。
「気にし過ぎないことか。結構難しいな」
「簡単ですよ。何が大事かそれを忘れなければいいだけ」
「・・・何が大事か、か。それをこれから考えていけばいいのかな」
「そうそう。曖昧なことはそのうち言葉にできるようになりますよ」
そうやってまるで姉のように自身に世話を焼く干将に晴人はありがたく思うも普段のおちょくってくる態度との違いに妙な納得いかなさを感じていた。実際、干将は莫邪の姉なのだから姉のような振る舞いというのはおかしなことではないのだが。
それでもこうも姉のように振る舞わられると手の中でいいように転がされているように感じるのだ。
「干将ってふざけてる時と真面目な時と、どっちが素なの?」
「どっちだと思いますぅ?」
今度は初めて会った日と同じ口調で質問を返してきた。
晴人はいまいち干将のことが分からなかった。それは干将がわざと飄々とした振る舞いをしているからということもあるが、彼女のあまりにも晴人のことを理解した言動のせいで彼女自身のことが分からなかった。
それは酒呑童子が指摘した朱雀よりも干将の方が晴人は掴みどころのない式神だと思っている。彼女と話していると凄く心地が良いが、話をしているというよりも話を引き出されているという感覚がした。何を話してもその会話の最後には必ず行ってほしい言葉をかけてくれるのだ。
晴人にはそれが少し怖かった。
だが、干将のことを嫌うかと聞かれればそれは違うと胸を張って言える。晴人が干将と本当の意味で向き合っていないからそう感じるのだ。
だから、この質問は最初の一歩。もちろん干将だけじゃない。朱雀とも、莫邪とも、酒呑童子とも、鵺とも、そしていつか玉藻前とも向き合ってそうして初めて陰陽師になれるのかもしれない。
意識が無意識に乗っ取られ、自分の形が変わっていくような感覚が怖くないと言えば嘘になる。倉宮の血にのまれるあの感覚はまだ慣れない。それでも、玉藻前と対話をするために陰陽師になると決めたのだからまずは目の前の彼女と向き合うところから始めるか。
晴人は閉じていた瞼を開け、顔を覗き込む干将と目を合わせる。
「どっちも」
「あはっ!正解です。私のことよく分かっててくれて嬉しいですよ晴人さま」
「でもまあ干将はそのままでいいか。好きなようにいてほしいかもな」
「そう言ってもらえると私も嬉しいですよ」
干将の笑顔から目線をずらすといつの間にか莫邪がいなくなっていた。大人しい性格の莫邪らしい気遣いに姉妹でこうも違いが出るのかと晴人の口角が少しだけ上がった。
ぽんぽんと干将の太腿をたたき、晴人は上半身を起こした。
「もう大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫。よしっ、まずは着替えるか」
「お手伝いしますぉ!」
晴人が服を脱ぎ、干将が手際よく服を着せる。ズボンの着脱だけは流石の晴人も干将に手伝ってもらうことに少々抵抗したもののぱぱっと脱がされ、無事着替え終えた。
撫でながら制服のしわを伸ばし、ほこりを払い、まるで甲斐甲斐しく世話をするパートナーのように晴人のネクタイを整える干将。仕事を終えたようにネクタイから手を離した干将が満足そうに微笑むものだからつられて晴人も笑みがこぼれた。
「私はここまで。朱雀が言ったこと覚えてますか?」
「先に家に帰ること、だろ」
「おっけぇです。鵺、もう結界解除していいよ」
そう言って干将が姿を消したが、何かが変わったようには感じなかった。
(凄いでしょぉ。朱雀が姿を晒した時から塾周囲にカメラに映らないようにする結界を張ってたの。さっきまでは晴人さまの呪力を隠すためにも張ってたけど、気付かなかった?)
(全然分からなかった。凄いな、鵺)
(だって鵺。あっ照れちゃった)
「取り敢えず帰るか」
干将が脱いだ制服をたたんで入れてくれた袋といつの間にやら教室から持ってきてくれたリュックを持ち、部屋を出る。奥まったところにあるせいで若干道に迷いかけたが、どうにかエントランスまで出れた晴人はエレベーターのボタンに手を伸ばしたところで上か下かどちらに行くか迷い、手を止めた。
帰るならば押すべきなのはもちろん下に行くボタンなのだが、教室で目を覚ましているであろうクラスメイトの様子を確認するべきなのか迷ってしまった。
彼らも巻き込まれた被害者なのだから巻き込んでしまった一因として一言謝った方がよいのかと考えた。
だが、どうして巻き込まれたのか、その原因を話してしまうと余計な被害を生んでしまう可能性もある。少し悩んだ末、晴人は下に向かうボタンを押した。
この件は自分の口から言うよりも塾から説明してもらう方がよいと判断した。
ボタンを押してすぐに到着したエレベーターに乗り、ポケットに入っていた電子キーを押し、車を起動させる。後部座席に乗り込み、式神符で人型を作り、そこに酒呑童子が入った。キーを酒呑童子に渡し、自宅に向けて車を発進させた。
帰りの道中は何事もなく無事に家に着き、まだ半日しか経っていないのに肩にのしかかる疲労感が溢れ返し、大きなため息を零し、ドアを開けた。
「お帰りなさい晴人君」
そこにはつい数時間前に分かれた真波羽月が彼女によく似合う黄色を基調とした蛍光色のエプロン姿で出迎えてくれた。
「そっか。これからここで暮らすのか」
羽月がうちにいる。羽月がエプロン姿でうちにいる。その現実感のなさに足を止めた。
「そうですよ、晴人様。汚れた制服は玄関に置いておいてください。後で家の者が取りに来ますから」
「分かった」
(って結局帰るならなんで俺は着替えたんだろう)
「塾から私服で出るわけにはいかないでしょ。それにどんな時も格好よくですよ」
「干将、出てきて大丈夫なのか?」
「秘密にしても結局は羽月ちゃんの瞳にばれちゃいますから」
「だったら私も出てきた方がいいですか?」
「莫邪まで。ひとまず居間に行くか」
続々と登場する式神達に玄関は狭く、晴人は居間に移動した。ここ数日で見慣れた家に見慣れない美少女が一人。羽月は朱雀と会話しながら手際よく料理を更に盛り付けていく。その後ろ姿を眺めながら晴人はお茶を飲んでいた。
やっぱり申し訳ないになりながらも大人しく座っていると羽月が盆に乗せて料理を運んできてくれた。
「ここまでしなくていいのに」
「これからお世話になるんだし、それにお料理するの好きだから晴人君に美味しいって言ってもらえるように頑張るから」
「そっか」
(それで羽月の中でうちにいる罪悪感が薄まるなら好きにさせてあげるべきか)
「分かった。でも無理のない範囲で、だからな。頑張ってくれるのは嬉しいけどそれで身体を壊したりするのは絶対駄目。いい?」
「もちろん。じゃあ冷めないうちに食べて」
ちゃんとお願いを守ってくれるか不安ではあるが、作ってもらった料理を冷ましてしまうわけにもいかないので晴人は手を合わせ、箸を持った。これからの暮らしについて話しながら昼食を済ませ、晴人はまたお茶を飲んでいた。
昼食を取りながら朱雀と干将と羽月で料理は当番制にすること、生活の安全を考慮して必ずともに登校すること、この家で見聞きしたことを他言しないことなどを簡単にすり合わせた。
これから羽月の新居が決まるまでは一緒に登校することになる。そのことをクラスメイトから詮索された時は家の話だからと濁すことにした。こう言えば男女の色恋に興味津々な年頃であっても陰陽師としての線を引かれればすぐに立ち止まる。陰陽界特有の倫理観には未だ慣れないが、便利な理屈のうちの一つくらいに頭に入れておこうと思った。
食器を洗い終わり、キッチンから戻ってきた羽月と朱雀が晴人の対面に座り、左右には変わらず干将と莫邪が座る。昼食中に話した内容について改めてまとめ、まったりとした時間を過ごした。
今回はワルキューレさんの「いけないボーダーライン」の歌詞を載せさせていただきました。いつ聞いても疾走感と悲壮感を感じさせる深い歌詞で個人的に好きな歌の一つです。




