第三十五話 出会いと覚醒 三十五
更新です。Twitterで「東上春之」と検索していただければ出てくるので是非検索してみてください。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も連載しているので是非。
携帯端末で何かを確認し終えた朱雀はジャケットの内ポケットに端末をしまい、一度晴人を抱き締めてから羽月の手を取り、つかつかと部屋を出た。
一人取り残された晴人は「急展開過ぎるだろ」と呟いた。
それはそうと今一度自分の姿を見返すとところどころと表現できないくらいには制服が焼け焦げていた。ズボンは爛れた血と肉で赤黒く色付き、ジャケットとシャツは裾から襟に至るまで点々と焦げていた。
勝利の勲章だと言えなくもないが、よく生きていたなと自分を褒めてやりたい気分だ。
(戦った。俺は戦ったのか。あの鬼と。戦えた、けど)
誰かがいたから、誰かが傍にいてくれたから紛れていた、緊張の糸が切れたから、静寂な空間が自身が独りであると再認識させたから、突如として晴人の身体が震えだした。
「ぁ、ぅあ、」
視界が歪む。身体に力が入らない。呼吸ができない。身体の震えが止まらない。
(晴人さま!)
(晴人様!)
震える腕を抑え、膝から崩れ落ちた晴人が床に倒れる寸前に干将と莫邪が晴人の両脇を抱え、姿を現した。
「莫邪は身体!私は心!」
「はい、姉さん!」
莫邪が晴人の肉体に干渉し、干将が晴人の精神に干渉し、安定させようと呪力を込める。鵺は部屋全体を外界から隔絶し、干将と莫邪の存在を隠蔽する。酒呑童子は晴人の中に残り、内側から肉体と精神に触れた。
だが、どれだけ呪力を注ごうが晴人の嗚咽と震えは止まらない。
(どうして?これだけ呪力を注いで元の状態に戻したはずなのに体温が下がり続けてる。血液が足りてないわけじゃない)
「酒呑童子!何が足りない?」
(おそらく初めての実戦の負荷に著しく精神が疲弊したのだろう。このまま呪力の流れに手を添え続けろ。流れを正し、逆流させるな)
「分かりました!」
干将と莫邪は目を合わせ、片手では主の、もう片手では姉妹の手を取り、三角形の循環する霊的パスを作り、呪力を共鳴させる。晴人の不安定な精神を何重にも包み込んで薪をくべて火を灯す。
「ぁ、ぁぁ、ごっほ、ごほ、はぁ、はあ」
段々と嗚咽交じりだった晴人の呼吸が元に戻っていく。冷たく凍った手に温度が戻っていく。
ぼやけた視界の焦点が定まり、晴人は干将と莫邪に抱えられていることに気が付いた。敵と戦って、陰陽術を惜しげもなく使って、腕を斬り落としてしまう刀を振るって、命のやりとりをして。
初めてだった。初めて死を感じた。死ぬと思った。それと同時に絶対に死なないとも思った。目の前のこいつを殺せると思ってしまった。そんなこと考えたこともなかったのに。
温羅と教室の窓から飛び降りた時、何かが弾けた気がした。
栓が抜け、何かが決壊した感覚があった。その流れ込んできた何かが意識を、思考を上塗りした。戦うことに、妖を祓うことにその意識を集中させ、それ以外の考えを排除させた。眼前の妖を祓うことにこの身の全てを捧げさせる倉宮の血。
沸騰する遺伝子が頭で考えるより先に身体を動かした。感じたことのない高揚感に精神が侵されたことに恐怖した。自分が自分でなくなってしまう感覚に戦慄した。
倉宮晴人は陰陽師になった。あの瞬間から本当の意味で陰陽師として歩み出した、歩みを進めてしまった。
もうただの倉宮晴人には戻れない。日常を尊び、穏やかな日々を生きるただの晴人はもういない。変わり始めた自分が怖かった。
愛されたくて生きて帰る




