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あやかしばかし  作者: 東上春之
第一章 出会いと覚醒
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第十八話 出会いと覚醒 十八

更新です。Twitterでも活動しているので是非。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も連載しているので見てみてください。

 「教室」に響く不快な声。ノイズ掛かった異形の声がクラスメイト達に張られた糸を切り、バタバタと机に倒れていった。

 奏や宗近もその例外ではなく、皆、呪力を抜かれ、気を失っていく。晴人はすぐさま羽月の手を強く引き、背中に入れた。

 気を失った彼らから奪われた呪力は教室の階段を挟むように晴人と対面し、塊と化し、そして、右側頭部から角を生やした「鬼」の姿を形取った。


(あれは「温羅」か)

(温羅?)

(端的に言えば温羅は鬼の中でも古代から存在する個体で歴史だけで言えば酒呑童子と同等の格を持っています)

(それがここで暴れてるってことはあいつは式神ってことだよな)

(情報と状況からの推測にはなりますが、一条家の襲撃の可能性が高いと思われます)


 晴人の中で朱雀の言わんとすることの確証は既に得ていた。あの鬼が口にしたであろう言葉、京都九家である奏すら術下に置く実力、標的が羽月だけであること。これだけの情報でも一条家からの何かと考えて然るべきだろう。

 クラスメイト達の呪力を吸収し、姿を現した温羅は不気味な動きで首を鳴らし、おもむろに羽月に向けて口を開いた。

 頬が裂けるほどに大きく開き、呪力を赤紫の炎に変換していく。

 目の前の脅威を直感的に測った晴人は胸ポケットからあるだけの防御の刻印符を羽月に展開し、迷わず身体強化の刻印符を纏い、温羅に突っ込んだ。


「干将!」


 温羅との距離を一息に詰め、干将が生成した白刀を温羅が向けた炎めがけて振り斬った。晴人の白刀と温羅の炎が衝突し、その衝撃で教室の窓が割れ、壁に亀裂が入る。晴人は更に呪力を高め、窓に向けて自分と共に温羅を押し出した。


「晴人君!」


 突如現れ、敵意を向けた「鬼」と晴人が窓から落ちた。教室に取り残された羽月が割れた窓から下を見ると、着地した晴人と温羅が塾校舎を背に相対していた。


(見た目では武器を持ってないけど、注意した方が良さそうだな)


 着崩した着物、片目が隠れるほどに長い髪、荒々しい眼つき。浅黒い肌に「鬼」らしい禍々しい呪力。背丈はそこまで高くはないが、それ以上の存在感を感じさせる重圧が全身から漏れ出ている。


「温羅!お前の主の目的はなんだ?」


 そう晴人が問いを投げても温羅は反応を示さず、無感情に再び咆哮を向けた。教室で羽月を襲おうとした攻撃よりも更に大きな呪力を込めて晴人に放った。

 地面を抉りながら接近する炎。塾校舎を背にしている晴人には避けるという選択肢はない。

 どれ程の威力があるか分からないが、まだ中に何人もの塾生が残っているし、教室に残した羽月が知らせに行ってくれていたとしても避難はまだ始まっていないはずだ。

 自分以外の命を背負う気はないけれど、この状況に無責任になれる程冷たい人間でもない。

 晴人は右手に握っていた刀を両手で握り直し、迫る炎に一直線に駆け出し、下から斬り上げ、炎を裂いた。そのままの動きで温羅との距離を詰め、振り下ろした。

 温羅は眼前の人間がどの立ち位置の人間なのか把握していなかった。

 今回「主」から命じられたのは倉宮家の「倉宮晴人」と接触し、こちらの情報を漏らした可能性のある「真波羽月」の調査、主が定めた基準を超過した場合、現場の判断で排除に動いて良いと言わけれていた。

 温羅が動いた時点で羽月の家族に対しても攻撃が加えられる手筈にもなっている。

 温羅が動いているこの段階で既に横浜にいる羽月の両親やその祖父母の元へ主の陣営から誰かしらが送られている。

 ここでの温羅の役目は羽月を処分することだが、陰陽塾で攻撃を仕掛けた以上必ずしも成功はしないということは分かっている。処分できずとも肉親の死は報いとしては十分だと主は言っていた。

 だが、攻撃を仕掛けてきた「倉宮晴人」をどうするかは主は定めてはいなかった。

 そもそも倉宮晴人について一切の情報がなかったというのもその一因だろう。

 突如表に出てきた陰陽御三家倉宮家の長男、今までその存在を徹底的に秘匿されていた「陰陽師」。それ以上はどうやっても情報が手に入らなかったと主は言っていた。

 どんな術式を使うのか、どんな式神を使役しているか、陰陽師としての情報が欠落している以上、どうするべきか晴人の攻撃を受けながら温羅は思案していた。

 こちらが情報を得ようとすれば、相手にも情報を与えてしまう。であるならば、取る選択肢としては真波羽月の処分だ。

 温羅の目が自身から塾内にいるであろう羽月に移ったのを見て晴人は更に両の手に力を込めた。青霊堂から温羅を引き離すために刀による斬撃と雷撃の簡易符、爆撃の簡易符を織り交ぜながら攻撃した。

 温羅は爪を伸ばし、硬質化させて刀を弾き、鬼の炎で反撃する。

 晴人からの攻撃を弾きながら距離を取ろうとするが、晴人は身体強化術式を出鱈目に追加し、一定の距離から離さないように攻勢を強めていく。

 時間にして約三十秒程の戦闘。

 教室から落ちるまでの時間も含めても一分にも満たないこの戦闘の中で温羅は倉宮晴人を真波羽月を処分するにあたり目下最大の障壁になる存在だと認識した。

 肌から感じ取ることのできる呪力の質からも、放出される呪力の量からも主達に引けを取らない陰陽師であることは理解できた。

 だが、戦闘の運び方や戦闘時の呪力の使い方、何より陰陽術に対する知識と経験不足。

 にもかかわけらず、こちらと五分以上の戦闘ができていることの違和感。出来るはずのことが出来ず、出来ないと思えることが出来ているという極端さに温羅は倉宮晴人に対して継ぎ接ぎだと感じた。

 目の前の人間は確かに陰陽師ではあるのだろう。

 けれど、余りにも歪で、主達とは全く異なった「陰陽師」であると思えた。そうこう考える余裕があるのは倉宮晴人が明確に時間を稼いでいるからだ。

 あの部屋に残してきた真波羽月が塾教師辺りに状況を報告し、多人数戦にもっていくために着かず離れずの距離で立ち回っていることはすぐに理解できた。

 だから、主は塾関係者を京都に集め、意図的に空白を作った。奴を仕留めろとの命令を遂行するために呪力を高める。

 晴人と温羅の戦闘が激化する中、晴人を助けるために教員室に急いで向かうとクラスメイト達同様に教員が皆一様に気を失っていた。


「まさか」


 そう思い、上階へと移動すると上級生達も気を失って倒れていた。

 だが、どういうわけか呪力を奪われて気を失っている者と術によって意識を昏倒させられた者がおり、教室に現れた妖以外にもう一人襲撃の実行犯がいる可能性が頭によぎった。

 周囲を見渡し、吹き抜けから階下に探知の簡易符と探索のための式神符を持っているだけばら撒き、塾内を捜索してもそんな妖も人間も見つけることはできなかった。


(多分あの妖は一条家の式神で、私が晴人君に話したのがばれてあの式神が送り込まれたんだ。私を脅しに来た。それともそれ以上の制裁を加えに来たのかな)


「やっぱりらしくないことなんてするべきじゃなかったのかな」


 羽月は使い終わった簡易符を握り締め、自らの浅はかさと力のなさに顔を曇らせた。自分が晴人に一条家について話してしまったことであの妖が襲撃に現れ、晴人を巻き込んでしまった。

 一条家が自分を殺しに来たという確たる証拠がある訳ではない。全ては状況から推察した憶測に過ぎない。そう考えるとこの事態に筋が通るというだけ。

 羽月は父とは違い、一条家の人間やその関係者と顔を合わせたことも契約している式神について耳にしたこともなかった。

 陰陽師としての直感が強烈な危険信号を発していた。目視しただけでもはっきりと分かる妖としての格の違い。

 間違いなく「名」を持つ妖の一体であり、その中でも上位以上の格を持つ鬼種であった。

 あの鬼が教室に現れた時、鬼が放つ禍々しい呪力に当てられて羽月は一歩も動くことができなかった。けれど、晴人は一目散に羽月に防御術式を張り、あの場から引き剥がした。

 危険因子を遠ざけて自分一人で鬼の相手を請け負ったのだ。


(でも、晴人君は私の言葉を信じてくれた。だから)

「私も晴人君から託された役目をしなきゃ」


 晴人が羽月を塾に残した理由。

 それがこの状況を打開するために必要な要素であり、晴人から頼まれた役割を果たさなければと羽月は顔を上げ、立ち上がった。先程の簡易符による探索ではあの鬼以外の妖を見つけることができなかった。その代わり、塾に歪みを生んでいる区画を見つけることができた。

 ここより一つ上、七階にある塾長室に何かが施されている。羽月の瞳にはあの鬼とはまた違った黒い呪力が張り巡らされているように見えた。


(そろそろ羽月が術式妨害を解除してくれる頃か?)


 今朝、塾に到着した時、晴人は塾に違和感を覚えた。

 昨日感じた陰陽都市の陰陽塾特有の多重結界による妖に対しての強力な弱体化が一部薄まっているように感じた。つい昨日初めて感じた術式のため、晴人はその効果を鋭敏に知覚していた。

 具体的にどういった効果を及ぼしているのかまでは分からなかったが、六体もの式神と契約している晴人は妖に対して効果を発揮する術式を他の陰陽師よりも知覚してしまうのだ。

 多少疲れを感じる程度だが、今日、塾に到着していた時にはその弱体化結界を薄っすらとしか感じなかった。

 妖に狙われる可能性がある陰陽師を育成する機関で妖に有利に働くようなことが起こるはずがない。であれば、何かが起こっているか何かが起こる前兆の二択。

 案の定、教室に鬼が現れ、晴人は事態の収束を羽月に託した。羽月の瞳なら原因を見つけ、妨害術式を破壊することができると晴人は信じたのだ。


「もう一度聞くぞ。お前達の目的はなんだ?羽月を殺す気か?」


 晴人が問うても温羅は答えない。

 だが、温羅の視線が晴人から離れることなく、明らかに数刻前と温羅の様子が異なっていた。

 意思疎通を図ろうとはしないが、明確にこちらを害そうとする意思が向けられていた。温羅が標的を変えたのなら気兼ねなく全力を出せるというものだ。


(羽月からこっちに意識が向いてるのは好都合か。莫邪)


 晴人は莫邪の名を呼び、両手に握っていた干将の刀から左手を離し、莫邪が作り出した黒刀を左手に握りしめた。

 右手には干将の魔を払う力を持つ白刀を、左手には莫邪の魔を吸収する力を持つ黒刀を構え、術式効果が切れた身体強化術式をかけ直す。

 再び晴人の身体に白光色の呪力が幾重にも走り、身体に纏う呪力を外側から何層にも収斂する。内側からは酒呑童子を纏い、晴人が臨戦態勢を整えると温羅もまたその両手に鬼火を灯す。

 そして、どちらからともなく、両者は地を駆けた。

意識が解ける体は制御不能いっちゃうかもねふざけ合った友達と求め合ったあの人とまた会える日のためにギラギラしてる

キャラ名:温羅うら

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