第十五話 出会いと覚醒 十五
更新です。Twitterでも活動しているので是非。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も連載しているので見てみてください。
「晴人様、何かお食べになりますか?」
「カッ」
「駄目です」
プ麺とか食べようかな、と晴人が口にする前にそれを察知した朱雀に不健康は許さないと釘を刺されてしまった。
彼の父と母が京都に出張して一人で暮らし始めて以来、学校から疲れて帰ってきた日は晴人が自炊するのではなく、カップ麺やレンジで加熱するだけの冷凍食品よく食べていたことを朱雀は知っている。
そのことを晴人の母、真涼に報告したところ「今すぐ帰る」と言うものだから晴信が落ち着いてと宥め、条件を付けたことで何とか京都守護の任に残ってもらえたが、こうして晴人の面倒を正式に見られるようになったからには真涼からのお願いをきちんと果たさなければと朱雀は燃えていた。
「どのくらいお腹は空いていますか?」
「結構がっつりお腹空いてる」
「分かりました。二十分くらいお待ちいただけますか?」
「何から何までありがとうございます。情けない主でごめんなさい」
ごめんと口では言っていても座椅子の背に身体を預け、だらんと力なく両腕を伸ばす晴人の姿にそれだけ今日の出来事は気疲れしたのだと式神三人娘は分かっていた。
晴人の空腹度合いを概ね把握した朱雀は台所に向かった。居間に残った干将と莫邪はそれぞれ干将は晴人の肩を揉み、莫邪は手を揉んでいた。
「主の身の回りの世話をするのも式神の仕事です」
「朱雀とか莫邪みたいなのは珍しいけどね。他の陰陽家だと普通に家政婦とか世話係とかを雇ってる家もあるよ。倉宮家だって京都の屋敷では何十人か雇ってるし」
「そうなの?小さい頃に行った時、それこそ玉藻前と契約した時にお爺ちゃんの家に行った時は誰一人そんな人見なかったけど」
「それは晴人様に倉宮家がどういう家なのか気付かせないようにするためでしょうね。屋敷で使用人なんて見てしまえば幼い晴人様は大いに疑問に思われるでしょうから。隠したのでしょうね」
「そこまでして俺を陰陽界から遠ざけてくれてたのか」
(それを有難いと思った方がいいのか、都合よく使われていたと思うべきなのか。複雑だ)
「そんなに複雑じゃないよ」
「え、もしかして心の声でも漏れてる?」
「私達は繋がってるんだよ?そういうのは全部わかったちゃうの」
「じゃあ俺が羽月に腕を掴まれて内心めっちゃ喜んでたことも?」
「勿論全部聞こえてた」
「嘘、だろ」
「朱雀は半分くらい本気で彼女のことを焼こうとしてたよ。流石に止めたけど」
「それはありがとう。でもそっか、何でも分かっちゃうのか」
どうやら主と式神の間には隠しごとができないらしい。
そう知った晴人は自分の浅ましい思案が皆に筒抜けだったこと以上に、こんな格好の悪いことに皆を付き合わせてしまったことに申しわけないと思った。あれは脅しだ。
誘導し、脅し、吐かせた。
羽月がどれだけあれを綺麗な言葉で飾ってくれたとしてもあれは脅しだ。
人の心に付け込んだどうしようもなく愚かしい行いだ。晴人の声音が弱くなり、顔が下を向きそうになると干将は彼を後ろから抱き締めた。
「そうだよ。晴人様が意図的にあの子に罪悪感を持たせようとしてたことも、全部秘密は言ったってわざと嘘ついてる理由もちゃんと理解してる。皆、晴人様の共犯だから」
共犯。
羽月もまた秘密の共有者となった二人の間をそう表現したか。干将の動きを見て莫邪もまた晴人の手を自らの手で包み込み、その身を寄せた。
「そうです。晴人様の成すことの全てに疑問も疑念もございません。私達は晴人様の行いに口を出すことはあっても、疑うことは一切ございません」
真っ直ぐにこちらを見る強い瞳。絶対の信頼と揺るがない忠誠がそこにあるのだとまだ陰陽師として彼らの主として日の浅い晴人でも分かるほどに莫邪の瞳は晴人だけを見つめていた。
晴人は左手で干将の頬に触れ、右手で莫邪の頭を撫でた。晴人に撫でられると干将はより身体を寄せ、莫邪は嬉しそうに目を細めた。
干将と比較して莫邪は控えめというかあまり自分を主張しないタイプで自分から甘えてこないところは自分とよく似ているなと晴人は微笑ましく思った。
「ありがとな、二人共。そう思ってくれるなら俺ももう少し皆に甘えようかな」
「そうそう、晴人様はもっと甘えていいんだから。抱え込んだり、思い悩んだりしなくていいの。私達は何があろうと晴人様の味方だから」
「ほんと、俺は恵まれてるな」
「私達も晴人様と出会えて幸せですよ。はい、ご飯できましたよ」
服装をエプロン姿に変えた朱雀が盆に作った晩御飯を乗せ、台所から戻ってきた。晴人の前に盆を置き、朱雀は晴人の正面に腰を下ろした。
「朱雀、ありがと。いただきます」
手を合わせ、生姜焼きから口に運んでいく。よほど空腹だったのか、ものの数分でお椀に入った白米がなくなり、計三回ほどのお替りを経て晴人は箸を置いた。
「ごちそうさまでした。美味しかった、ありがと、朱雀」
「いえいえ、お粗末様でした。晴人様の食べっぷりは見ていて気持ちがいいですね。胸の奥から幸せな気持ちが溢れてきます」
食後の皿を盆ごと下げ、晴人に温かい緑茶を出す朱雀。あまりにスムーズな慣れた動きに初めは困惑していた晴人も既に順応してしまっていた。
「分かるわぁ。晴人様がいっぱい食べてくれると心が満たされるよね」
この家に引っ越して来てからというもの晴人は朝昼晩と三食全て朱雀と干将に作ってもらっている。彼女達は決まっていつも料理を作った方が晴人の正面に座り、晴人が食事をしている姿を嬉しそうに眺めている。
晴人が自炊をすると言うと二人共口を揃えて駄目だと言い、彼は未だこの家の台所に立つことができないでいた。
「今日はこの後どうする?お風呂入ってもう寝ちゃう?」
「疲れたし、そうしようかな。朱雀の講義はまた明日にしてもらうか」
「だと思ってもうお風呂の準備は終わってまーす。さ、行きましょ」
「流石に一人で入らせて」
前に住んでいた部屋の浴室の四倍はあるであろう屋敷の浴室の大きな湯舟に一人、身体を伸ばす晴人。
結局、干将も朱雀も入ってこず、安心して入浴をすることができた。浴室から洗面室に出て、身体の水気を拭いて服を着て、髪を乾かそうとドライヤーに手を伸ばそうとすると後ろから手が伸びてきて晴人よりも早くドライヤーを手に取った。
鏡を見るとエプロンから着替えた朱雀がいつの間にか背後に立っていた。
驚きはしなかった。
晴人は薄っすらとだが、式神の気配を感じ取れるようになってきたため、洗面室に朱雀が入ってきたことは気が付いていた。
(何をするかと思っていたけど、髪を乾かしに来たのか)
五秒ほど朱雀と見つめ合い、彼女が折れる様子を一切見せないため、洗面台の横から椅子を取り出して大人しく座ることにした。
晴人が諦めると朱雀は晴人の髪を櫛で軽く梳いた後、ワイヤレスドライヤーの電源を入れ、乾かし始めた。いつも行っている美容室顔負けの手際の良さと技術に晴人は舌を巻いた。
十分とかからぬうちにドライまで終わり、はっきり言って良くできた晴人の姿に朱雀はどうですかと言わんばかりに胸を張った。
「ありがとう。してもらってあれだけど、何もここまでしなくていいんだからな」
「私がそうしたいからそうしてるんです。十五年待ったのです。こうして晴人様とお話しすることもご飯を作って差し上げることもお傍で尽くすこともずっと待っていたのです。私は晴人様のために何かができることが幸せなのです。だからどうか受け止めてください」
「善処するよ」
「はい、お願いいたします」
椅子から立った晴人に腕を上に伸ばさせ、シャツを着させる朱雀。
朱雀の方が晴人より背が高く、子供扱いされているようでなんだかなぁと思いつつも晴人は朱雀のされるがままに彼女の気が済むまで尽くされた。
無我夢中で追いかけてだけどもっと知りたくてメラメラしてる願うほど謎が増え