第十四話 出会いと覚醒 十四
更新です。Twitterでも活動しているので是非。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も連載しているので見てみてください。
身を乗り出す羽月から距離を取るように椅子に背をもたれ、目を逸らす晴人。
羽月は机についた手を離し、席に座り直した。腰を下ろした彼女に安心し、晴人は半分ほど減ったコーヒーに口をつけた。
「晴人君は私にぐいぐい来られて嬉しくなかったんだ」
「自己肯定感高いな」
「私は目立つから謙遜し過ぎると他の子を下げちゃうことになるからそうしないようにしたら自然とね。それにちゃんと努力してるんだから」
「それは分かるよ、同級生だったイケメンな友達も同じこと言ってたから。まぁ、羽月に話しかけられて嬉しかったかと言われたら、嬉しくはあったよ」
「もー晴人君は素直で可愛いなぁ」
(晴人様を甘やかすのは私なんだけどなぁ?)
(姉さん抑えてください)
上機嫌にケーキを口に運び、スプーンでコーヒーをかき混ぜる羽月。ふぅと息を吐き、カップをコースターに置くと表情を変え、晴人に向き直った。
「晴人君が聞きたいのは私の瞳についてだけ?他にも何でも答えるよ」
「まずはその瞳について教えてほしい。後は羽月が俺について何を知っているのかかな」
「私の眼は他者の呪力をより深くまで視ることができるの。呪力を視ること自体は特殊な力がなくてもできはするよ。呪力感知の派生技術でその内授業でもやると思うよ。呪力感知が外側からのアプローチだとしたら私の眼は相手の内側から呪力を視ることができるの」
その名を「看破の瞳」という。呪力を読むことに長けた瞳で、陰陽の歴史の中で何度かその存在が確認されている。
看破の瞳を含め、瞳に特殊な力が発現する例の多くは持ち主の呪力が身体の一部に過集中することで瞳が変質する。不思議なことに妖は誰一人瞳に能力を発現することはない。
陰陽師特有の症状というわけだ。
「だから試合の最後で俺の呪力の変化に気付いたのか」
「そうだよ。晴人君の身体の中で別の色の呪力が現れたから何だろうって気になってたんだよね。でもなんで晴人君は私が気付いたことに気が付いたの?」
「式神が教えてくれたんだよ。だから羽月のこと疑ってた、ごめん」
「晴人君が謝るようなことじゃないよ。私の方こそ晴人君を探るようなことしてごめんなさい」
「俺ももう大丈夫だから羽月も気にしなくていいから。じゃあまとめると羽月の瞳は相手の内側から呪力の流れを視れてその力で俺に別の呪力が流れていることを知ったと。さっき呪力の色って言ったけど俺の色はどんな色だった?」
「晴人君の色?晴人君は光に近い白、凄いはっきりとした白って感じかな」
「もう一つの色は?」
「もう一つは赤というより紅かな。赤黒い色に見えたよ」
(かなり正確に視えているのか。瞳に名前がないのが良い証拠だ、恐らくどの系統樹にも属さない変異型の瞳だな。お前と同じな)
(俺と同じか)
「ご両親には瞳のことは話してるの?」
「うん、一応。でも研究所で検査とかはされたことないから知ってる人は少ないかも」
「そっか。じゃあ次は羽月が知ってる俺のことを教えてもらおうかな」
「分かった。私がお父さんから教えてもらったのは・・・」
奏が知っていたのは晴人の想定したものだけではなかった。
倉宮家が自分のためにしてくれていたことを客観的視点から知り、頭が上がらない思いだった。今までの自分の日常は多くの人の協力で成り立っていたのだと知り、晴人は机の下で拳を強く握っていた。
「なるほどね。俺の知らないところではそういう扱いをされてたのか。じゃあ俺が陰陽塾に通うって決めたのはいいタイミングだったな」
「それにもう一回言うけど一条家が倉宮家に喧嘩を売ろうとしてるのも忘れないでね。一条家は結構本気っぽいから本当に気を付けてよ」
「分かった。今日羽月から聞いたことはどこまで父さんに伝えていいの?言ってほしくないことがあれば伝えないようにするから」
「そうね、お父さんの立場もあるから私と私の家のことはまだ話さないでほしいかな。それ以外の一条家等の情報は全部伝えてもらって大丈夫だよ」
これで二人はお互いに他者に口外できない情報を持ち合うことになった。
晴人は彼女の瞳の力と真波家の立ち位置を、羽月は晴人が複数の式神と契約している事実と玉藻前と契約しているという情報を、互いに口外しないことを約束した。
今この瞬間から二人は共犯者であり、協力者となった。晴人がコーヒーカップを持ち上げると羽月も晴人に合わせて持ち上げた。
二人はカップを近づけ、小さくこつんと音を鳴らし、カップを交わした。カップに残っていたコーヒーを飲み切り、晴人は伝票を取って席を立った。
「聞きたかったことはそれくらいかな。お店の裏に車を呼んでるから家の近くまで送るよ」
「私が案内したから私が出すよ」
「色々質問したのは俺だから。払うのは当然だよ」
「それは晴人君が先に教えてくれたからで」
「じゃあ次は羽月に出してもらうってことでどう?」
「んーそう言ってくれるなら甘えようかな。晴人君、ありがとう」
「おっけ。帰ろっか」
部屋を出て会計を終え、店を出て裏手に回ると酒呑童子が青霊堂の地下に置いてきた車で迎えに来ていた。
黒いスーツを身に纏い、少し大きいサングラスをかけた酒呑童子が内側からドアを開け、晴人に入るよう視線を送った。
車の所有者である晴人が先に入り、羽月に支え手を差し出した。晴人の手を取り、羽月は座席に腰を下ろした。晴人の気遣いに羽月は嬉しくなり、取った手を離さずにそのまま指を絡めた。車を走らせること十五分、羽月の自宅から五分ほどの距離にあるコンビニで車を停めた。
「今日はありがとう。ね!連絡先交換しない?」
「まぁ、いいけど」
「何でちょっと嬉しくなさそうなの?」
「うちのクラスで羽月の連絡先を持ってる男子って誰かいる?」
「そ、れ、は、・・・いない、かも?」
えへへと笑みを浮かべる羽月に晴人はまたクラスメイトに睨まれるのかとも思ったが、その時はその時だと諦め、携帯をポケットから取り出して連絡先を交換した。
「やった、毎日連絡するね」
「毎日は止めて。帰り道に気を付けてな」
ドアを開け、こちらを振り返って「うん、また明日」と言う羽月を見送ると酒呑童子が車を走らせた。晴人は声に出るくらい大きく溜め息を吐き、倒れ込むように身体の力を抜いた。
「ちょー疲れたー。濃すぎだろ今日。あったま痛―」
(お疲れ様です、晴人様。帰ってゆっくり休みましょう)
「まじもう無理。何で塾入っただけで戦うことになるんだよ。こっちは素人なのに」
「はぁ」とまた大きな溜め息を吐く晴人。激動とも呼べる連続の出来事に身体も頭もとっくに疲弊していた。
「でも取り敢えず一日目は乗り切ったか?」
「あぁよくやったよ」
「ならいっか」
今度は疲労した心身を落ち着かせるように息を吐いた。
怒り心頭であろうクラスメイト達のことは一旦頭から忘れ、自宅に着くまでの道中、晴人は窓に頭を預けて目を閉じた。その後、晴人が目を覚ましたのはそれから約二時間ほど後のことだった。
自分の名を呼ぶ朱雀の声で目を覚ますと晴人は自室のベッドの上で横になっていた。朱雀に支えられながら身体を起こし、彼女に「今何時?」と聞くと「丁度十九時です」と答えた。
ベッドから出ると晴人は朱雀に半ば脱がされながら制服から部屋着に着替え、ぐっと身体を伸ばしながら広間に向かうと干将と莫邪が部屋のテレビで今日のニュースを見ていた。
晴人が部屋に入ってくると座っていた二人は彼の元に駆け寄り、椅子に腰を下ろす彼の両側から支え、座ることを手伝った。
「二人共ありがとう。何か重要そうなニュースはあった?」
「今日のところは特にないですね。全国の妖被害の情報も未然に防がれているものが多く、妖が頻繁に出現する東京と京都でも被害はほとんど確認できないそうです」
「私はね京都のどこかのお寺から呪具が見つかったってのが気になったかな。呪具だよ呪具。呪われてるんだよ、面白そぉじゃない?」
彼女達が見ていたニュースというのは陰陽局が全国の陰陽師達に配信している生放送の情報番組である。
この番組では主に全国の妖による被害や妖の動向についての情報、新作の陰陽具の紹介、そして全国で発見された呪具などの情報などを発信している。
この番組は陰陽局が販売している専用のHDMIスティックを市販の映像機器に差し込むことでテレビでもパソコンでも視聴することができる。
この番組は全体で約九十分ほど度で見逃した陰陽師のために同じチャンネルで繰り返し再生されており、番組を見ることが面倒な者やその時間がない者のために文章化した物が陰陽局から購入できる携帯端末から閲覧することもできる。
ちなみに肉体を持たない式神達がどうやってテレビの電源を付けているのかと言えば、自身の指を呪力で硬質化し、リモコンの電源ボタンを押しているのである。
酒呑童子が自動車を運転できているのも同じような理由である。
これもまたちなみに世の式神達の中には主の代わりに自動車の運転や物品の購入などが認められている式神がおり、これは陰陽局からその式神個人に対して各家の責任の下に許可証が発行されるのだ。
この許可証は晴人の式神の中では酒呑童子と朱雀に発行されているが、当然のことながら実名で登録されているわけではない。
混乱を避けるために前倉宮家当主と陰陽局局長が晴人が式神と契約していることとどの式神に許可証を発行したのかを隠匿することを取り決め、今に至る。
莫邪と干将の言葉を聞き、晴人はテレビに目を移した。朱雀が言うにはこの番組は一般社会で言うところの経済ニュース番組のようなもので陰陽界に関わる情報だけをピックアップして報道する番組だった、そうだ。
近年、その方針が変わりつつあり、時折、番組内で相反する立場による討論やとある議題の是非を問うことを行うようになったと朱雀は語っていた。
それの何が問題かと聞けば朱雀は
「この番組は陰陽師しか見れないし、見ません。すなわち日本にいるほぼ全ての陰陽師がこの番組を見ているということです。つまり、この番組は全ての陰陽師に対して一括で一斉にあらゆる情報を発信することができるということです。それは容易に洗脳や思考の誘導に使用することができます」
と語っていた。また、
「ここ最近、番組の内容が少しずつ変わってきているように見受けられます。陰陽界にある潜在的な何かを刺激するようなものに変化してきていと感じました」
とも言っていた。
だが、今日の報道はシンプルなもので出来事の報道が終わると放送が終了した。と言っても晴人はまだ今日を含めて二回しか見たことがないため、朱雀の言う何かを感じることができなかった。
朱雀がそう言うのだからその何かは必ず存在するのだろう。見つけられるまで気長に待つかと晴人は背もたれに背を預けた。
後書きでオーイシマサヨシさんのインパーフェクトの歌詞を分けて載せていたのに深い意味はありません。面白そうだから書いていました。次はワルキューレさんのいけないボーダーラインにしようかと思っています。
見つめ合って恋をして無我夢中で追いかけて