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あやかしばかし  作者: 東上春之
第一章 出会いと覚醒
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第十二話 出会いと覚醒 十二

更新です。Twitterでも活動しているので是非。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も連載しているので見てみてください。

 授業が終わる時間に近づくにつれて教室の空気が少しずつ変化していく。その原因となっている二人はそんなことになっているとは気が付いてないのだが。

 刻一刻と時間が終わりへと近づいていく。そわそわとした空気が奏にまで伝わってきており、奏はその気配に気づくことのない三人に心の中で肩を落とした。


(まぁ、ちょっと疑問に持たれるくらいで済みそうならいいけど)


 周囲の空気に敏感にならざるを得なかったことがこんな形で役に立つなんて、と思いがけない状況に頭を悩ませつつも奏は何が起こるのかと内心ワクワクしていた。

 晴人に負けたせいかお陰か、奏は今までよりも視野が広がったように感じていた。求められる七条奏という陰陽師に固執してそれしか見えていなかった。こんな浮ついた話題なんて一切興味も関心もなかった。

 それは身近にそういった話がなかっただけではなく、将来に対して大した希望も持っていなかったからでもある。

 京都九家の家々は慣例として自家の子息を二十二歳、今で言えば陰陽塾卒業と同時に婚約者と結婚させてきた。

 これは自家の才能を素早く次の世代に継承させることを目的とし、二十二歳までにとなったのは陰陽塾という形が確立する前のことであるため今では年齢よりも卒業を結婚のタイミングにしている。この慣例になったのは今より二世紀は前のことで、それ以前は更に早婚だった。

 その絶対数を増やすために早婚が推奨されて当時の陰陽師は家によって決められた相手と結婚し、自家の繁栄に努めてきた。

 当時と現代を照らし合わせても状況や環境は大きく変わり、あの頃ほど、発生する妖に対する陰陽師の数の問題は訴えられなくなったが、早婚を推奨する文化だけは残ってしまった。

 その中でも特に女性の陰陽師に対して早婚を迫る風潮が根強いのだ。これは前時代的価値観が尾を引いているのかどうかは知らないが、奏はこの風潮が特に嫌いだった。

 自分の人生にどこまで干渉してくるのだとあまりの図々しさに腸が煮えくり返って収まらなかったが、奏が姉と慕っていた二条家の二条彩華が京都の鏡黎館を卒業してすぐに結婚したことで怒りの矛先が分からなくなってしまった。

 結婚や婚約者のことについてなど、母や父と話したことなんてなかった。

 だが、彩華が結婚したことで両親も同じだったのだろうと思ってしまった。

 だから、奏は吐いた。

 吐いて、吐いて、吐けなくなっても吐き気は止まらなかった。おぞましいほどの嫌悪感、倫理なんて存在しない、どこまでも底が見えないどす黒い汚泥。

 陰陽界という業の塊に自らも部品の一つとして取り込まれることを想像するだけで涙が止まらなかった。

 恐怖なんてちんけな言葉では説明できない、表しきれない絶対的な悪意に似た何か。その悪意は何世紀もかけてこの世界に侵食し、全てを覆いつくした。

 奏は諦めた。抵抗することを、振り払うことを、逃げ出すことを。陰陽界に生まれ、七条家の名をもらった時点で何もかもが無理だと彼女は諦めた。

 諦めたから前に進んだ。搾取されるなら七条家の陰陽師としてその名を傷つけぬ陰陽師になろう。

 そう決めた。そんな覚悟も散々に打ち壊されてどうしようかと思ったが、今は倉宮晴人という常識外れの陰陽師を観察するのも悪くない。

 だって彼は京都九家を潰す可能性もあり得ると言った。そんなことできるわけないと私は言えなかった。

 彼の目にはそう言わせないだけの力があった。今は彼の成すことを見ていよう。目を向けていなかった今に向き合おうとそう思った。そう思えたから、今を楽しむためにこの状況を存分に面白がってやろうと口角を上げた。


 (さて、どうなることか)


 案の定、奏の思った通り、授業時間の終わりが迫るとより教室のボルテージは上がっていく。遂に授業の終了を知らせる鐘が鳴った。


「さて、今日の授業はここまで。今日はこの後、京都の陰陽塾と九月の交流会のための会議があるから家に帰るなり、残って勉強するなり、好きにしろ。また明日な」


 そう言い残して小此木は教室を出た。その後の教室に訪れたのは普段とは全く異なる静寂。

 誰が聞くのか、聞くにしてもどう聞くのか、視線だけで会話をするクラスメイト達に羽月は困惑していた。普段なら授業が終わった時は皆が一斉に話し出す。

 だが、今はひそひそと小声で話し、ちらちらとこちらを窺っている。

 晴人に実技室で聞けなかったことについて聞こうとしているようには見えず、本当にこちらの様子を見ながら機を狙っているようにしか見えない。

 羽月は何か彼らをそうさせることをしたか?と疑問符を浮かべながら、晴人とのデートのために荷物を片付けていた。

 宗近もその雰囲気に気が付いたようで馬鹿正直に問いただそうと席を立とうとすると奏が手で太腿を抑え、人差し指を口元に当てて「しー」と言うから宗近は眉を顰めらがらも素直に彼女に従うことにした。

 何が起こっているのか分かっていない顔をしている宗近に奏は一言、「黙ってて」と小声で言った。

 晴人はクラスの視線が自分に集まっていることを感じたが、大方さっき質問できなかったことについて聞こうとしているが、知り合って間もないからどのように聞こうか気を遣っているのだろうと思っていた。

 実技室で言い淀むことが多かった自分に対してすぐに配慮を考えてくれた、なんて気の遣える人達なのだと感心していた。

 だから、晴人は彼らが本当に晴人に聞きたいことについて考えが及ばなかった。だから、晴人は羽月に向けてかける言葉を間違えた。

 だから、晴人は羽月の手を取り、彼女を抱きかかえ、教室から逃げ出した。

 彼が言葉を間違えた時、クラスメイト達は驚愕して目を丸くしたのに対して奏はそれが見たかったと喜びの感情を持って目を丸くした。

 羽月を抱え、青霊堂から飛び出した晴人は一体何が起こったのか、何故クラスメイト達はあんな反応をしたのか理解ができなかった。

 羽月に逃げるよう言われて式神達に力を借り、彼らから逃げたが、青霊堂の窓から飛び出すと羽月は彼女らしからぬ表情で大きく口を開けて大笑いした。そんな彼女とは反対に晴人は焦りながらも慎重に朱雀の手を借りて空を駆けた。

 逃げること五分、青霊堂から飛び出してビル群を抜け、結界で覆われた塾周辺と繁華街の少し塾寄りの小道に晴人は抱きかかえていた羽月を下ろした。


「あー、面白かったね」

「面白くないだろあんなの。皆凄い顔しててめっちゃ怖かったぞ」


 クラスメイトに追われ、逃げてきたのだが、晴人はどうして彼らがあんなにも血相を変えて追いかけてきたのか少しだけ思いついたことがあった。

 何が彼らをそうさせたのか、どうして少し前まで友好的に接してくれていた彼らが悔し涙を流していたのか、晴人はもしかしたらと頭を悩ませていた。


「だって晴人君が私を抱っこして教室から離れたら「逃げたぞー」って言われて、皆に追いかけられながら窓からジャンプしちゃうなんて、漫画の中かと思ったよ」

「そうかもしれないけど、やってるこっちはひやひやしたんだからな。陰陽術を足の裏に使って空中を歩くなんて初めてだったし、真波を傷つけないように必死だったし、本当、大変だったわ」


 羽月は晴人が自分のことを「真波」と呼んだことを聞き逃さなかった。


「頑張ってくれてありがとう、晴人君。でも晴人君、私言ったよね羽月って呼んでって。何で頑なに真波って呼ぶの?羽月って呼んでよ」

「いや、まだ知り合ったばかりなのに名前で呼ぶのはちょっと抵抗があるというか、ハードルが高いというか」

「ふーん、知り合ったばっかだから名前で呼んでくれないんだ」

「そういうわけでもない、けど」


 一歩近づいて目を逸らした晴人を覗き込むように上目遣いでこちらを見つめる羽月に気恥ずかしいから、なんて言えない晴人であった。


「じゃあ今日のデートでもっと仲良くなれば羽月って呼んでくれるってことだよね?」

「いや、まぁ、そーかもしれない、のか?」

「そうなの!そういうことにしよ?ほら行こっ」


 晴人の腕を引き、小道から繁華街に歩き出す羽月。


「てか、デートって言うの止めない?さっき皆が怒ってたのって俺が口を滑らせたからだよな」

「そうかなー?私はそうは思わないけどなー?」

「絶対分かってて言ってるだろ。ほんとにやっちゃったって思ってるのに」


 教室での一幕。

 授業の終わりを知らせる鐘が鳴り、小此木が教室から出て少しした頃、クラスメイトの意思を背負って勇気ある一人の男子が席を立ち、緊張した面持ちで晴人と羽月の座る席に近づいてきた。

 残り二mというところまで近づいた時、片付けを終えて席を立った晴人が羽月に「さ、行こうぜデート」とポロッと口にしたことで教室の空気がぴしゃりと静まり返った。

 あまりの衝撃に誰一人声を上げることも身体を動かすこともできずにまるで時が止まったように数刻が流れた。

 その数刻の中、羽月の顔が朱色に染まっていったことで何かがおかしいことに気が付いた。顔を朱に染めた羽月が俯き、せわしなく手を動かし始めた。

 当然のことながら晴人も恥じらった羽月の様子を見て自分が口を滑らせたことに気が付いた。時が動き始めたのは奏が晴人に「逃げた方がいいんじゃない?」と耳打ちした直後だった。

 その後のことの顛末は言わずもがな。

 そうしてクラスメイトから逃げ出した二人は少年が少女に手を引かれ、街に歩き出した。笑う少女と困ったように眉尻を下げる少年。

 人通りの多い繁華街ではぐれないようにと少年の指に自身の指を絡める少女。気恥ずかしさが表情に出ないようにまた目を逸らした少年に今度は繋いだ手に力を入れて繋いでいることを強く意識させた。

 少女の狙い通り、少年の体温は更に上がり、少女は益々楽しげな声で少年と会話する。

 あなたを知りたい、その一心で瞳を覗き、会話をする少女に少年はいつの間にか緊張も解れ、親しみやすい人だなと思えるようになっていった。

立ち上がれ世界の憂鬱をひっくり返すのは僕ら次第さ悲しみも弱さも君からこぼれた全て手を差し伸べたい

キャラ名:二条彩華にじょうあやか

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