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あやかしばかし  作者: 東上春之
第一章 出会いと覚醒
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第十一話 出会いと覚醒 十一

更新です。Twitterでも活動しているので是非。「星降ル夜ノアリアドネ」という作品も連載しているので見てみてください。

 クラスメイト達はまだ質問がしたかったのか少しばかり小此木に食い下がったが、「倉宮は試合で疲れているだろ」と言えば、彼らも素直に小此木に従い、晴人に「ごめん」と謝った。


「俺は大丈夫だよ。改めてこれからもよろしくね」


 晴人がそう言うと皆も「こちらこそ」、「よろしく」と暖かくクラスに迎え入れた。

 実技室から出て教室に戻る途中、晴人は飲み物を買うと言って彼らから離れ、自販機の傍にある椅子に腰かけた。周りに誰もいないことを確認し、自身の中にいる式神達に話しかけた。


(皆、お疲れ様。俺の無茶に付き合ってくれてありがとう)

(いえいえ。主のやりたいことを実現するのが式神の役目ですから。それよりも晴人様、何か気掛かりな点でもあるのですか?)

(ありゃ、ばれてんのか)

(あまりに不自然ですからね)

(まぁ京都九家とかいううちに対抗心を向ける組織がいるってことを事前に教えてくれなかった朱雀に対して怒ろうかとも考えたけど、それよりもちゃんと説明してほしいんだけど京都九家が倉宮家に固執する理由って何?最初の七条の様子を思い返して家がどうのってこと以上の何かがあるとしか考えられないんだけど)


 晴人の感じた違和感は何故、七条家は奏を許容したのか。彼女がああいう態度を続けるのならば、そう遠くないうちに何かしらの問題を起こしていたはずだ。

 それが倉宮家となのかは判断しかねるが、少なくとも自分達よりも上の格を持つ家に対しての対抗心は火種を生み出しかねない。

 また、これが七条家だけに限らず、他の京都九家でも同じだとしたら何らかの事情で彼らと顔を合わせる度にああいった態度を取られるとなると流石に厄介だと考えていた。


(私としても詳しく教えて差し上げたいところですが、次の授業の時間が近いですから手短にお答えすると京都九家は倉宮家の祖である土御門家に対して強烈なコンプレックスを抱いているのです。それが彼らの根底にあるのです)

(また朱雀に教えてもらわないといけないことが増えたな。土御門家って何?聞いてないんだけど)

(私はちゃんと説明した方がいいと思うけど、そろそろ時間じゃない?)


 干将の言葉に晴人は同意し、一旦話を切り上げて飲み物も忘れずに買って教室に向かった。


(取り敢えず細かい話は家に帰ってから聞くけど、酒呑童子)

(なんだ?)

(俺が酒呑童子の呪力を使ったってばれてるかな?)

(いやそんなことはない。俺の呪力が晴人に流れたとはいえ、今の俺の呪力は晴人の呪力が基になっている。あの試合を見ていた者達には晴人自身の呪力が増大しただけに見えている。だが、真波羽月という者にはばれているだろうな)

「え!まじで」


 予想外の言葉に精神で話していたのにもかかわらず、思わず口に出してしまった。


(何で真波が酒呑童子の呪力を感知できるんだ?)


 驚きのあまり止まっていた脚を動かし、再び歩き始める晴人。朱雀の言葉の重大性はよく晴人に伝わっていた。


(恐らくですが、彼女も晴人様と同様に特殊な瞳を持っていると思われます)


 晴人の目を通して真波羽月を見た時、朱雀はその瞳に特殊な呪力の流れが集まっていることを視認していた。彼女もまた主と同じように特殊な瞳を持っている。朱雀はあの一瞥でそう判断した。


(俺みたいな眼を持ってる人って珍しいのか?)

(先天的に特異な瞳を持つ者は少ないです。ただ後天的に瞳を変質させることは可能です。呪力による肉体の変質について研究している家もありますよ)

(なるほどね。そういうのも後で教えてもらうからな)


 朱雀から話を聞きながら教室の近くまで着くと扉の横に羽月が立っていた。


「教室に入らないの?」


 歩きながらそう羽月に声をかけると後ろ手に手を組み、こちらを向いた。

 ふわりと風に跳ねるように揺れた彼女の髪に目を奪われそうになった晴人だが、彼女の視線に気が付き、すぐに目線を戻した。


「君を待ってたの。奏との試合の前に言ったこと、覚えてる?」

「覚えてるよ。確か学生の時の話を聞かせてほしいって言ってたやつだっけ?」


 奏との試合の前、実技室に向かう途中で晴人は羽月からこの試合に勝って晴人の過ごしてきた普通の生活について教えてほしいと言われていた。

 だが、晴人は違和感を持っていた。彼女が「勝ったら」ではなく、「勝って話を聞かせてほしい」と言ったことに。


「そう。デートしよ?放課後」


 デート。

 その単語に晴人は「まじか」という喜びと同時に、「ん?」という疑問も感じていた。勿論晴人も男だ。

 羽月のような美少女と放課後に恐らく二人で出かけられることに喜びを感じないわけがない。

 はっきり言って羽月は今まで出会って来た誰よりも美人だ。それなりに沢山の人間と知り合ってきたが、その中でも断トツで彼女は可愛いのだ。

 そんな女の子と出かけられるのは非常に嬉しいことなのだが、残念なことに今は彼女に対する疑念の方がその喜びを上回ってしまっている。

 自慢じゃないが、男女どちらとも交友関係は良好だったので、中学の時は部活の仲間達と遊びに行ったことだってある。普通に良い関係を築けてきた自信はある。

 ただ、こうして真っ直ぐに誘われたのは初めてではあるので、頑張って表情に出ないように平静を装っているが、内心晴人はかなり緊張していた。

 しかし、晴人はある意味で彼女に生まれた疑いに感謝していた。彼女の特異性について疑っている分、浮かれないで済みそうだ、と。


「・・・分かった。約束したもんな」

「やった」


 羽月は手を伸ばし、晴人の右手を取ると小指を立たせ、自身の小指と指を絡ませた。絡めた指を満足そうに眺めると晴人の顔を覗き込むように顔を上げた。


「約束ね」


 そう言って羽月は嬉しそうに微笑んだ。そんな彼女の笑顔を素直に受け取れない自分に、晴人は陰陽界に染まり始めてる兆候かと少し悲しくなった。


「分かった、約束する」


 晴人が了承したのを聞いて羽月は繋いだ指を離したが、今度は晴人の手を握り、「授業に遅れちゃうよー」と言いながら教室に引っ張っていった。

 急に強引に歩き出した彼女に困惑したが、彼女の耳がほんのり朱くなっているのが目に入るとどうしてか、晴人も胸が落ち着かなくなった。

 教室に戻るとクラスメイト達が出迎えてくれたが、「皆も席に着かなきゃだよ」と言った羽月の言葉に従い、そそくさと席に戻っていった。晴人は羽月に案内されて窓側五列目に陣取る、彼女の隣の席に座った。


「ここが俺の席なの?」

「そうだよ。席は自由なんだけど私が晴人君と授業を受けたいからここね。それに後ろは奏と天草君だから知ってる人の方が何かといいと思って」


 青霊堂の各教室はそれぞれ床に固定された長机に、長椅子が一セットになっており、一つの席に座れる人数を可変化する作りになっている。

 これは陰陽師の絶対数の少なさを鑑み、一つの教室で授業を受けられる人数を最大化するためにこうした教室の構造をしている。

 そのため、実はどの陰陽塾でも晴人達が今いるような教室よりも専門分野を研究する「研究室」や先ほど利用した「実技室」、特殊な用途に用いられる「陰陽室」などの方が多く作られている。陰陽術を教える場合、それだけ実技が重要視されているということが窺い知れる。


「気を遣ってくれてありがとう。天草君って確か、七条を止めようとしてくれた人だっけ?」


 晴人の左、窓側には羽月が、すぐ後ろには奏が座っている。天草は羽月の後ろの席に座っている生徒だ。

 彼は奏が晴人に試合を申し込もうとした時、隣に座っていたこともあってすぐさま彼女を諫めようとした人物だ。


「よく覚えてたな。俺は天草宗近。あの時はごめんな、俺じゃあ七条を止められなくて」

「仕方ないさ。口で言って止められたら素人相手に多段階術式なんて使ってこない。天草も気にしないでいいからさ」

「一々引き合いに出さなくていいから」


 晴人に嫌味を言われ、不服そうに机に肘をつき、その手の平に頬を乗せる奏。


「まぁこれからよろしくな、倉宮」

「こちらこそよろしく。今日の授業ってどんなことやるの?」

「それはね」


 羽月が説明しようとすると丁度、チャイムが鳴り、小此木が教室に入ってきた。

 少し騒がしかった教室もすぐに静かになり、羽月はそっと一人分空けていた距離を埋め、小声で晴人の疑問に答えた。


「今日は丁度、式神についてだよ。あ、後これ」


 羽月は机の荷物入れから二枚のタブレットを取り出し、一枚を晴人に手渡した。


「塾のテキストは全部この中に入ってて、授業ごとに分けられてるからすぐ分かるよ。ケースの中に塾から割り当てられたアクセスコードを書いた紙が入ってるから確認してね。パスワードは自分で設定する必要があるから忘れちゃ駄目だよ」

「おっけ、ありがとう。この授業って陰陽Ⅰって書いてるやつ?」

「そうだよ。六十二ページが今日の範囲だよ」

「ここね。ありがとう」


 晴人に甲斐甲斐しく教え、嬉しそうに晴人を見つめる羽月を奏はじっと眺めていた。

 まだ知り合って二ヶ月くらいしか経っていないが、彼女がこんなに男子と絡んでいたところは見たことがなかった。それも自分からこれほど世話を焼くなんて。

 羽月は人との距離の取り方が上手い子だと思っていた。彼女は話の聞き手になることが多かった。

 奏もついつい彼女に色々なことを話し、聞いてもらっていた。彼女と話す度にそうしたコミュニケーション能力の高さに自分にはないものだと感嘆していた。

 話しているのは相手なのに会話の主導権は彼女が持っている。

 だが、そんな彼女が晴人と話す時はそういった素振りを見せなくなった。彼女の見せる表情というか纏う雰囲気が変化しているように奏は感じていた。

 それに羽月は相手との距離が近いが、異性を下の名前で一度も呼んでいないのだ。それは彼女なりの線引きなのだろう。その風貌も、容姿も、彼女を構成する全てが他とは違い過ぎるのだ。

 周囲と異なる存在は往々にして排除される。彼女はそうした圧力から自分を守るために高いコミュニケーション能力という盾を獲得したのだろうと、奏は勝手に羽月と自分を重ねていた。

 もちろん、奏が勝手にそうなのではないかと想像しただけだ。確かめたことなどない。

 そんなことをしても彼女を傷つけてしまうだけだと思い、胸の内に留めている。ただ、まだほんの二ヶ月しか彼女と関わっていないが、何か一歩引いているような仮面を被っているような印象は持っていた。

 それは決して悪い意味ではないが、彼女もまた陰陽の家に生まれて陰陽界に身を置く者なのだなと思ったというだけだ。

 処世術を使うのに年齢は関係ないし、奏自身もまた羽月とは違う種類の羨望の眼差しは受けてきたつもりだ。そういう点では彼女を理解できる。


(だから君を凄いと思うのよ、倉宮君。君は気付いてないでしょうけど、さっきまで君に友好的に接していた男子達が今は血相を変えて君を見ている。むしろそういう話が好きな女の子達が必死に堪えているのを見習ってほしいわ)


 奏がそんなことを考えている間、晴人は至って真面目に小此木の話を聞いていた。

 幸いなことに式神について授業で取り扱い始めてからそう日が経っていないようで、今のところは朱雀に教えてもらった知識で授業を理解できている。

 ちょくちょく朱雀と干将が式神視点で補足を入れてくれているから思ったよりもすんなり話が入ってきた。

 式神とは何たるか、契約によって妖を式神にすることの意義、陰陽師にとって式神とはどういった存在で何故式神契約を行うのかといったこれから式神と契約するクラスメイト達とすでに契約している晴人達それぞれに向けた授業であった。

 これから契約を行う彼らにとっては心構えの準備の必要性を説き、契約を果たし、陰陽師となった晴人達は主従の意味を今一度考えさせるものだった。

 晴人はタブレットで開いた教科書に目を通しながら、横目で羽月の様子を見ていた。羽月はすぐに晴人の視線に気が付いたが、目を合わせることはせずにほんのり身体の向きを晴人の方に傾けた。

 羽月としてはより小此木の話に耳を傾けるためで、ちょっぴり晴人のことを見ようとしてはいたが、あわよくばという深い意図はない行動だ。

 晴人の方はというと真波羽月という人間を知る、というより彼女がどういった人間なのか探るために彼女の行動をちょこちょこ観察していただけなのだ。

 だが、穿った見方をしてしまっている男子諸君には羽月を窺う晴人、晴人に身体を向ける羽月という思わず、「む?」と勘ぐってしまいたくなるような二人に見えて仕方がなかった。

 そんな男子を放っておいて女子達は女子達で乙女のアンテナを晴人と羽月に向けていた。

 本人達にはそんな意図はない。少なくとも片方にはない。しかしながら、疑ってしまうというのが人の性。

 特に美男美女の組み合わせとなれば言わずもがなというやつだ。どちらかと言えば羽月に注目が集まっているが。晴人も端正な顔立ちをしているが、それ以上に羽月に対する興味の方が皆、大きいのだろう。

 知らぬ間にクラスの流れの中心に引き寄せられた二人を見て奏は頬の緩みを抑えるのに必死だった。その隣に座る宗近は他の男子生徒とは打って変わって非常に真面目に授業に取り組んでいた。

何か足りなくて満たされなくて穴の開いたような日常も君に解けてく君で埋まってく重ねた答えを今こそここでかざそう

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