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第一章 聖女になった少女⑤

 羊皮紙を前にして首を傾げるサラを見た教皇は、親切そうな笑顔で言うのだ。


「ああ。すみません。契約の内容は、教会の定めた依頼に極力従うことを対価とし、万能薬を譲渡すると書かれています。契約をしてくれますか?」


「分かった」


 サラに断る理由はなかった。

 そんなことでランドールが助かるなら安いものだ。そう考えたサラは、力強く答えていた。

 

「ありがとうございます。それではサインを」


「うん。だがわたしは文字が書けない」


「そうですか……。なら……、少し血を頂きますがよろしいですか?」


「血判か?」


「……けっぱん? ああ、はい。ここに血を垂らしてください」


「分かった」


 そう答えたサラは、神官が差し出すナイフに見向きもせずに親指を噛み、指示された場所に親指を押し付けた。

 くっきりと指紋の残る血の跡を見たサラは、満足そうにして手を出して言った。

 

「よし、じゃ薬をくれ」


 サラの豪快な血の跡が滴る契約書を驚きの表情で見ていた教皇だったが、おかしそうに笑って後ろに立つ神官に指示した。

 

「サラさん。その薬を必要な方に渡したら、すぐに教会に戻ってきてください。貴女にお願いしたい仕事がありますので」


「ああ。必ず戻る!」


 そう約束を交わしたサラは、一人の神官に付き添われてランドールの元に急ぐ。

 しかし、部屋を出た際、教皇が黒い笑みを浮かべていたことなど知るよりもなかった。

 

 

 

 一人で大丈夫だと言い張るサラに対して、神官は馬車を出すと言って、強引に付いてきたのだ。

 最初は断っていたサラだったが、時間が惜しいと思い、最後には神官の用意した馬車に乗っていた。

 

 馬車に乗るサラは、胸がドキドキとして落ち着かなかった。

 手の中の銀にも金にも見える綺麗な液体を見つめ、ランドールを思い浮かべる。

 これを飲めばランドールが元気になるのだと、そう考えると余計胸がドキドキとうるさく騒いだ。

 

 ランドールの待つ小屋に戻ったのは完全に日が暮れた後だった。

 馬車を駆け下りたサラは、焦る思いで小屋に飛び込む。

 ベッドの上には苦しそうに胸元のシャツを掴むランドールが眠っていた。

 洗面器の水を変えて、タオルを絞り額や顔、首元の汗を拭う。

 首元の汗を拭った時、ランドールの首にある鱗の様な痣が濃くなっていたが、暗さのせいもあってサラは気づくことはなかった。

 

「ラン兄ちゃん。薬だ。飲め」


 そう言って、薬瓶を口元に持っていくも、ランドールはそれを飲み込むことは出来なかった。

 口元を流れる万能薬を慌てるように舐めとったサラは、勢いよく手元の万能薬を口に含んだ。

 そして、ランドールの鼻を塞いだのだ。

 すると、息苦しさに口を開けたランドールの唇に唇を押し付けて、万能薬を無理やり流し込んだのだ。

 口の中の万能薬をランドールの口の中に流し込んだサラは、塞いでいた鼻を離すと、ランドールは口の中の万能薬をごくりと嚥下していた。

 

 息苦しそうに呼吸をした後、ランドールは擦れる声で何かを呟いていた。

 

「……ず……み……ず」


 ランドールの言いたいことを理解したサラは、水瓶に駆け寄り急いでコップに水を汲んでランドールの元に戻った。

 口元にコップを持っていくも、水を飲み込むことが出来ないランドールに気が付いたサラは、ランドールが満足するまで口移しで水を飲ませた。

 そうしているうちに、ランドールの熱は下がり、呼吸も落ち着いていった。

 

 一連の状況をただ見ていた神官は、一言だけサラに言うのだ。

 

「聖女サラ。そろそろ」


「…………わかった。ラン兄ちゃん、仕事が終わったらすぐに戻るからな」


「サ……ラ……」


「ああ。大丈夫だ。すぐに戻る。待っててくれ」


「い……な」


 ランドールの「行くな」という小さな呟きがサラに届くことはなかった。

 そして、サラがランドールの元に戻ることもなかったのだ。



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