第一章 聖女になった少女④
サラが連れて行かれた場所は、豪華な作りの応接室だった。
サラを連れて来た神官は、「しばし待つように」とだけ言って、足早にどこかに行ってしまう。
どうしたらいいのか分からないサラは、ただその場に立ち尽くしていた。
しばらくたって、数人の神官と教皇が応接室に現れた。
教皇は、サラを一瞬のうちに頭からつま先まで観察したが、それに気が付く者はいなかった。
一番奥の立派なソファーに教皇が座ると、一緒に応接室に入ってきた神官たちは、教皇の座るソファーの後ろに立ち、胸の前に右手を当てた姿勢になる。
「座りなさい」
優しく聞こえはするが有無を言わせない教皇の声にサラはびくりと肩を震わせた。
そんなサラを冷え切った視線で一瞬見つめた教皇は、笑みを作ってサラに言葉を重ねた。
「座りなさい」
サラは恐る恐るといった様子で豪華なソファーに座ろうとして一瞬躊躇する。
それなりに洗濯はしているが、ボロボロの服でこんな豪華なソファーに座ってもいいものかと。
しかし、目の前の教皇の作り物のように見える笑みに負けて浅くソファーに腰掛ける。
サラが座るのと同時に応接室の扉がノックされた。
教皇の背後に立つ神官たちが目配せし、そのうちの一人が扉へと向かう。
神官は、扉の外にいた人物からティーセットの乗ったトレイを受け取ると、サラと教皇の前に紅茶とクッキーの乗った皿を配膳する。
紅茶を一口飲んだ教皇は、優しそうに見える笑顔でサラに言った。
「どうぞ。お飲みください」
一瞬クッキーに視線が行ったサラだったが、それに口をつけることはなかった。
教皇が紅茶を半分ほど飲んだところで、痺れを切らしたサラが口を開いた。
「あの……。わたしに何の用だ? わたしはただ、薬が欲しかっただがなんだ」
「ほう……」
小さな声でそう呟いた教皇は、目を細めて優しそうに見える笑顔を見せた。
そして、ゆっくりとした口調で提案するのだ。
「薬……ですか。融通して差しあげてもよろしいですよ」
「本当か!!」
「ええ。ただ、貴女に手伝って欲しいことがあるんです」
「何だってする!! だからすぐに薬をくれ!」
サラのその言葉に教皇は笑みを深めた。
そして、後ろに立つ神官に何かを指示すると、指示された神官は部屋を出て行った。
「今、あの者に万能薬の準備をさせに行きました」
「そうか! ありがとう!!」
「ええ。ですので、彼を待つ間私どもの話を聞いて欲しいのです」
そう言った教皇は、優しそうな笑みを浮かべたまま淡々とした様子で説明を始める。
「私は、教皇を務めさせていただいております、ジョッド・ヒーズと申します。改めて貴女のお名前をお聞かせくださいますかな?」
「サラ」
「サラですね。今回貴女をお呼びしたことについて説明しますね。先ほど、神託盤に貴女の名前が刻まれました。貴女には新しい聖女として教会のため、ディエイソ王国のため尽くしてほしいのです」
「せいじょ?」
「はい。ディエイソ王国の安寧を祈る存在です。聖女は代々、真龍ディエィソーンが選ぶのです。そして、今代の聖女としてサラ、貴女の名前が神託盤刻まれたのです」
教皇がサラにそう説明していると、先ほど出て行った神官が何かを抱えて戻ってきた。
そのうちの紙の束を受け取った教皇は、その中の何枚かを見比べた後、一枚の羊皮紙を手に取った。
手に取った羊皮紙に神官が持っていたペンとインクで何かを書いていく。
何かを書いた後、それをサラに見せて言うのだ。
「申し訳ありません。万能薬はとても貴重なものなので、それを差しあげるにあたっていくつかの契約を交わしたく思います。どうですか?」
羊皮紙を差し出されたサラは、ミミズの這い回ったような文字に首を傾げるだけだった。
それを見た教皇は、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべたが、すぐに元の優しそうに見える笑顔に戻っていた。
「ああ、すみません。いくつか記入漏れがありました」
そう言った教皇は何かを書き足して、再度羊皮紙をサラに見せたのだ。
ミミズの様な文字は先ほどの倍に増えていたように見えたが、サラにはその内容を読み取ることが出来なかった。
サラは、ランドールから文字を習い始めたばかりで、教皇の達筆すぎる字を読み解くことが出来ないでいた。
ただ、よく目を凝らせば一部の文字は何とか読み取れなくもなかった。
サラが読み取れたのは、「守る」「落とす」という字面が辛うじて見えたが、それ以外の殆どの文字は読み取ることが出来なかった。