第四章 ランドールとサラ③
黒髪の少女……。
サラとの出会いでランドールは変わった。
それまでは、ただ毎日を生きながらえていただけだった。
しかし、何も知らないサラとの生活なのかで、生まれて初めて、誰かを守りたいと思ったのだ。
そのために最低限の衣食住の最低ラインが更新されたのは言うまでもない。
それまでは、ただ腹が減ったから食べる。眠くなったから寝る。
そんな暮らしをしていたのだ。
だが、言葉も常識も何も知らないサラを見て、今までの自分では駄目だと、そう強く思う様になったのだ。
それから、ただ寝る為だけに使っていた小屋を人が住めるように修繕し、最低限の調理器具も手に入れたランドールは、慣れない料理と洗濯に掃除にと、生活に必要なスキルを沢山の失敗を繰り返しながら身につけていったのだった。
そうして、二人で暮らすうちにサラをたった一人の家族と、そう思うようになっていった。
決して楽ではないが、それを差し引いても幸せな時間だった。
しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。
あの日、ランドールが病に侵されたあの時、ランドールの人生の分水嶺となったのだ。
突然のことだった。全身が燃えるように熱く、骨が軋むような痛みが全身に走った。
意識は朦朧としつつも、サラが自分のために何かをしようとしていたことは分かった。
自分のために無茶なことはしないで欲しかった。
しかし、その願いは届かなかった。
白く霞んだ意識の中で、ランドールは夢を見ていたように思った。
口の中に流れ込んだ苦いものが、甘い甘露に代わったように思った時だった。
全身の痛みが引き、胸が熱くなったのだ。
そして、しわがれた声が言ったのだ。
『やっとだ……。永った……。ああ……』
ランドールの意識が完全に消える前、今まで見たこともない生き物の姿が脳裏に浮かんだ。
それは、巨大な蛇のようで蛇ではない何か。
その何かの背に乗った、黒髪の……。
そこでランドールの意識はブラックアウトした。
次に目を覚ました時、今までの不調が嘘のようだった。
体は軽く、全身に力が漲っていた。
そして、ランドールの寝ていたベッドの周辺の見覚えのない遺体の山。
神官服に身を包んだ遺体の山に嫌な予感が胸を過った。
身に着けていた血まみれのぼろ布を脱ぎ捨てて、別の服に着替えたランドールは、必要な物だけを持って、今まで暮らしていた小屋に火を点けていた。
ここはスラムだ。遺体があっても誰も何も思わない。
しかし、神官服の遺体は面倒ごとに巻き込まれる恐れがあった。
だから本能的に火を点けていた。
姿の見えないサラの行方には見当が付いていた。
何を目的に送られてきたのか。それは、ランドールの暗殺。
それは何故か?
サラが側にいない理由。
唇に残る甘い感触。
予感があった。
教会にサラがいると。
そして、ランドールは知ったのだ。
サラが新しい聖女として教会に囚われていることを。
サラを取り戻すには何もかも足りなかった。
ランドールは、決意する。
力を手に入れることを。
サラのためなら、なんだって利用してやると。
力が必要だった。
それは利害の一致。ただそれだけの関係。
ランドールは、とある人物の助力を得るためにひたすら駆けた。
途中、護衛の仕事を引き受けつつ、馬を購入し、ひたすら国境を目指した。
ランドールが助力を求めた人物。その人は辺境伯ゴルセール・ソーン。
彼は、国の危機を訴えていたが、王はそれを聞き流していたのだ。
ゴルセールは、辺境伯家に代々伝わる伝承をもとに、これから起こりうる国の窮状を訴えていたが、王はそれを鼻で笑ったのだ。
ゴルセールは、悩んでいた。国を救うか、捨てるかを。
しかし、国を捨てたとして、自領の人々をどう守るか。その答えは出ないままだった。
王家を中心に王都の貴族たちは腐りきっていた。そして、教会もまた然りだ。
そんな中ゴルセールは出会ったのだ。
真の主に相応しい王の器を持つランドールに。
ゴルセールは、ランドールに全てを託す覚悟を持って、辺境伯家の真の使命を果たす。
辺境伯家の使命それは、口伝による伝承だ。
国の誰もが忘れることを約束された中で、ただ記憶を繋ぐことを許された血族。
結界の本当の意味を忘れないために選ばれた血族。
だからこそゴルセールはすぐに真の主に気が付いたのだ。
ランドールを苦しめた痣を見て、すぐさまに膝を付いたのだ。
それからランドールは、サラを救うため。
ゴルセールは、国を救うために、国盗りの準備を進めたのだ。
そして、国盗りの前の最後の偵察の時、サラの処刑現場に運よく駆け付けることができたのだ。
運よくとは言ったが、実際にはそうなる様にランドールとサラの運命がようやく結びついたのだ。
聖女と神龍の加護を与えられたものとしての運命。




