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ありすとアリステア

作者: 江川 雛

帰ろう。アリステア。もう、ここにいなくてもいいんだ。


真剣な声でそう伝えられる。でも


「ごめんなさい、私行けない!行けないの‥」


そう伝えた。

















「訓練兵!よく聞け」


ざわざわとした話し声が一気に静まった。


「今回の訓練は、遊びなどではない!今までお前たちは、船や国際など座ってチンピラしていた。だが、これからは違う。ここは、私達の戦場だ!命がかかっている。生きるためにすべてを投げ出せ!」


「いくらなんでもやり過ぎじゃあないですか?」

一人の訓練兵が肩をすくめて話した。


「ふざけてなどいないぞ。そんな戯言など喋れないようになる。特にお前みたいなやつはついていけず死ぬだろう。海の底でブヨブヨに太って、海に食べられるんだな。」


私のクラスはそれで静まり返った。


「これからお前たちの寝床を案内する。ついて来い」


そんな空気を読むことなどこれからは出来なくなる。静まるなんてな。






そうしてデッキから降り、地下へ向かう。そこは長い長い廊下だ。


「あの、寝床はどこでしょうか」


無言が続く。


「ここだ。」


ざわめく。本当に生き残れるか疑問だ。我が軍は、他と違いありえないほど特殊なのだから。


「番号で呼んでいく。言われたらその場所をよく覚え、私についてきなさい。」


「1」


「はっ」


呼ばれた訓練兵が廊下の右側に立ちあたりを見回す。


「どうした、早く着いてきなさい。」


一瞬おどおどしたが、少ない荷物を背負い直し、着いてきた。賢いものだ。堅実なものは、生き残りやすいが、最後の最後で死んでしまうがおちだ。


「次、2」


そうしてクラス31人を寝床に案内した。


「この先は、大きい窓がある。そこで観測などをする。この船が、客船のときは、観光用だが。」


「どの船も沈没する。生ぬるくはない。いいか、生き残りたければ、仲間とともに考えを共有しろ。そうして信じて行動し続けろ。時には、私も命令を下すが、何かあったとき、一番に危険にさらされるのは、お前たち。そして、私は、一番早く死ぬ立場でもある。自分たちで行動しろ。仲間を信じられないやつはいらない。」


真剣な目でそう問えば皆同じように頷いた。仲間となれることを祈る。







けれど、そんな間もないあとその船は、攻撃された。生き残るための戦いだった。私のクラスは、一人を除いて皆生き残った。けれど、彼がいなければ皆動けなかっただろう。彼が死ななければ、皆生き残れなかっただろう。そういうものだ。



それから、軍は解体された。



私は、指揮官からただのアリステアになった。命をかけることもない平和な日々に。そして私は、狂っていった。



私には、両親がいる。とても優しく見守ってくれる私の両親。幸せだった。ずっと続くと思っていた。あの日まで。気づいたら私は、こちらにいた。行く先もない私を国の孤児院が拾った。孤児院とは名ばかりで兵として訓練された。捨て身の兵として。

数年後、私達は、戦場に出された。言われるがまま生きて、そうして生き残った。その時には、一人だった。

不死身の兵。忠義の兵。そんなことを言われ私には、仲間をあてがわれた。そこで、私は、感情を思い出した。仲間と共に生き残ると誓った。けれど、彼らは、居なくなっていった。


あるものは、怪我をして病気にかかり死んだ。

あるものは、年とともに退職。

あるものは、狂ってしまい行方不明。


そうして、私には指揮官をあてがわれた。まだ幼い訓練兵をあてがわれた。守るべき小さな温かい命だった。


すべてが終わってすることがなくなってしまった。そんな私を受け入れたいという人がいた。同僚の男だ。身分が高くもうじき家を継ぐそうだ。私を受け入れると言う酔狂な男だ。けれど、仲間以上に彼のことを大切に思うものはあり、私は、そこへ行くことにした。



穏やかな日々。けれど、それは私の未練を思い出させるものでもあった。多分それは異なる世界だった。私の幸せだった暮らしを鮮明に思い出すたび、世界に違和感を感じ、戻れるかもしれない。そう思わせて仕方がなかった。


家には、もう一人預かられている老婆がいた。彼女は、この家を良くしようと奮闘した大切な家族のような存在なのだそうだ。おかげこの家は、こんなにも大きくなったという。彼女は、家族のように思われていたが、どこか一線を引いていた。そんな彼女を不思議に思い、暇な間よく話していた。そして思い始めた。彼女も同じような境遇ではないか、と。



そんなある日彼は、私に結婚を申し出た。嬉しかった。だから、受け入れた。まずは、婚約ということで彼の両親も来て顔合わせとなった。義理の母は、とても厳しかったが、最終的に許しを得られた。彼女は、とても優しく家族思いの強い人だった。そして老婆のことも母親のように思い、任侠のある勝ち気な人だった。そうして婚約が終わった日。


私は、庭でうずくまっていた。


幸せになれると思うの。好きな人もできて、愛されてこれ以上ないほど今も幸せなの。でも、幸せなのに、帰れるかもって、いつか帰るんだって思っている自分がいるの。帰るって。帰ってただいまって言うって。ずっと夢みたいに過ごしてて。今私は、あっちで生きてるんだって。未練がずっと残って離してくれないの。そんな自分が許せないの。ずっと生き残ろうと頑張っててなんにも気付けなかった。自分の心に。


老婆は、そんな私を優しく見守っていた。これ以上ないほど優しく優しく見守っていた。これ以上優しくしたら、もう何も残らなくなってしまうんじゃないかと思うほど、その小さな体で私を見守っていた。そして、彼のところへ行ってきて、話しなさい。あなたの思い。ただそういった。


彼のもとに。そして、私は、自分の思いを話した。過去は伏せて私の本当の思いを。私は、彼を愛している。そして幸せだと。


次の日、老婆を訪れると、彼女は机の上でうずくまっていた。なんでそんなところに。まさかと思って近づくと彼女は生きていなかった。信じたくなかった。本当は最初からわかってた。部屋に入るとき気配がないことに。


机の上には、メモ。横には、この世にあるはずのない。あってはいけないものがあった。そして彼女の手には、小さい鉛筆とスマホが握られていた。


メモには、私の言う通りタブレットを動かしなさい。そう書いてある。言われた通り見ると、そこには、家族写真があった。3人家族。父親の写真には、大学のときのものもあった。その写真を見て私は、気付いた。それが父の、私の父親の大学だと。母親の方を急いでみた。そこには、小さい頃の母親がいた。大学の写真などはなかった。あくまで私がいなくなった時ぐらいの年までの写真。違うファイルには、続きが送られてきていた。私は、理解した。ここは彼女の夢の中。彼女は、夢の中でここに来た。ならここは、夢?

めまいがした。でも、ここは、現実だった。苦悩も死もすべて現実のもの。私は、もう戻れないのかもしれない。母は、ここで幼い時の夢として過ごした。私は、ここで現実のようにそして、大人になってしまった。


スマホに手が伸びる。開いて覚えている母の電話番号を入れた。相手は答えた。


「ありす?」

小さい震えた声で私を呼ぶ。

「有栖なの!?」

「ねえ、答えて。」


何も言えなかった。

「ありす。お願い。戻ってきて。帰ってきて。まだいっぱいやりたいことあるのに。まだ、お母さん、なんにもしてあげてない。」


「ママ。私、ごめんね。

 ごめんなさい、私行けない!行けないの」


はっと息を呑む声がした。長い間静かだった。


「っママ。大好き。パパも大好き。優しくて暖かくて幸せな家族が大好き。いつも幸せだったの。でも、私帰れない。ここにいたい。やっぱり帰れないよ。もう。なんにもできなくてごめんなさい だいすきだけどごめんなさい またないで私のこと でもおぼえててね わがままでごめん でも でもねー あーちゃんもう帰れないの もう有栖じゃない。アリステアなの」


「分かった。」


父の声がした。


「父さんは、まだ成りたてで、娘に、こんな早く成長した娘に何言えばいいかわからない。けどな、お前が幸せならいいんだ。有栖、成長したな。嬉しいんだ。それだけで。だがな寂しいから時々は、連絡してきなさい。欲を言えば、辛くなったら帰ってきていいからな。いいか、有栖もアリステアも父さんの娘だ。」


優しく、真っ直ぐな父は、父だった。


「正直言うと、ママはまだ小さいあなたに怒ってる。でも、ありす、頑張ったね。」


母がそういった。それだけで涙が溢れてくる。


「私、辛くて、生き残るためにいっぱいいっぱいしたの。頑張ってた?」


「うん。えらいよありす。ありすは、アリステアは、立派に成長した娘です。だから、これからいっぱい幸せになりなさい。」


気丈な母は、とても弱いけれど、とても力強かった。


「うん。じゃあ。」

「また、」







「まって、まま、パパ。」




「‥」






「ただいま」





「‥ふふっ。おかえりなさい。」




「またね」





「いつでも電話しなさい。かかったときは、いつでも甘えていいんだからね。」







「うん」



















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