シリアスキラー
夜にも関わらず、夏のうだるような暑さの中。
ビルの立ち並ぶビジネス街に、不釣り合いな音が響く。
――――たっ、たっ、たっ、たっ、たっ!
そのねっとりとまとわりつく暑さを切り裂こうにも、高すぎる粘度によってそれも叶わず、こうして走って逃げていると汗だくになるのも早い。
――――たっ、たっ、たっ、たっ、たっ!
――――ひた、ひた、ひた、ひた、ひた。
走る音に重なる様に、別の音が聞こえる。
その音は走っている様に聞こえず、逃げている女性を歩きもしくは速歩き程度で追いかけていると推測できる。
街灯以外の多くの光が落ちた夜のビジネス街は人が極端に少なくなっていて、この時も逃げる女性と追跡者らしき影以外に、動くものは見えない。
ビジネス街なら監視カメラは有るだろうが、それが元座何かしてくれる事はなく、今の時点では無意味なオブジェとなっている。
街灯があるのなら、追跡者が誰かわかるはず。
はずなのだが、追跡者は着ているフードが付いた長くて黒い外套で巧妙に光を受ける角度を制御しているのか、正体を影で隠し果せている。
走る音はビルとビルの隙間、路地へと流れていく。
重なっている音ももちろん、路地へと流れていく。
「いや! 助けて!!」
逃げる女性の助けを求める声が路地裏から響くが、その声を聞くものは追跡者以外に居ない。
〜〜〜〜〜〜
「誰か……! 誰か助けてっ!!」
あの後もなんとか逃げ回っていた女性だが、その甲斐なくついに追跡者に捕まってしまい、ビルの壁に押し付けられてしまう。
押し付けられ、追跡者の顔らしき部分が至近距離になった時、表の道路に車が通ったのか光が走り、ついに追跡者の顔を一瞬だが確認できた。
追跡者の顔は、毛むくじゃらだった。
そして犬より険しく野生的な顔をしているそれは、まさに狼だった。
それがヒトガタをとっているのだから、狼男とか人狼とか言う種類だと推測できる。
こんな科学全盛の時代にファンタジー的存在が居るのだろうか?
そんな疑問が浮かぶが、それよりもまずはこの危機だ。
先程見えてしまった顔には、女性を食料として食べようとしているに違いないヨダレと空気的な圧力があった。
「ひっ!? …………いや! 食べられたくない!!」
そんな圧力に呑まれそうになったが、それでもなんとか助かりたいと壁に押し付けてくる追跡者の腕を外そうと掴み、儚い抵抗を行っている。
だが追跡者との筋力の差は、笑えてしまうほどの差だ。
それなのに抵抗が出来ているように見えているのは、追跡者がそう見えるようにしているからだろう。
こうやって焦らすのはどんな意味があるのか分からないが、この追跡者の性格は絶対に良いものでは無いのだろう。
――――はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。
「ひぃっ!!? いや、食べられる!!!」
追跡者の息が荒くなっているのに気付いた女性は今、人生でも1番の恐怖心に襲われているのだろう。
肌は総毛立ち、血の引いた青白い色に見える。
瞳孔はキュッと締まり、歯の根が合わずガチガチと勝手に鳴り出す。
それでも生きたいと、腕の力を計測すれば彼女の過去一番の数値を出して抵抗している事だろう。
しかしそれでも、追跡者の力には敵わない。
じりじりと、確実に着実に女性と追跡者との体の距離が縮まり、女性はそれに顔を背けて目を瞑る。
「いや〜〜〜!!! 助けて〜〜〜〜〜!!!」
こう女性が叫んだのは、どんな気持ちからだったのだろうか。
今までも大きな声を出して助けを求めたにも関わらず、誰も現れなかったから諦めたはずのSOS。
それに応えてくれる者は誰も、いない。
――――ドカンっ!!
「!!??!?」
「……………………え?」
はずだった。
必死の抵抗をしていたはずの女性の腕に、何も反動が無い。
それに気付くと、現状を把握しようと追跡者が居たはずの方向へ顔を戻す。
すると――――
「ひっ…………!!!!?」
女性が過去一番の恐怖に襲われる。
もう、追跡者の恐怖なんか目じゃない位に恐いブツが存在していた。
「大丈夫ですか? アイツに何かされませんでしたか!?」
「あっ……あっ……あっ……」
「あっ? “あ”の付く何かをされたんですか? おのれ、モフモフペロペロ団め!!」
なんてブツから声をかけられているが、それどころではない。
女性の目の前に、ソレは居た。
視界の端で、向かいのビルの壁へ叩きつけられてぐったりしている追跡者なんて、最早どうでもいい。
そんなのより目の前のブツだ。
大きなモシャモシャした何かを貼り付けたテンガロンハットに、真っ赤なパピヨンマスクを着けた髭達磨。
レースやフリルを山盛りに使った長手袋と腿より長いソックス。
それと昭和から平成最初期位までは標準とされてきた規格の、今では旧が3つ位付きそうな古い女子学生用スクール水着を着ている中年太りした男性。
「変態だーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
女性は心の底から叫んだ。
目の前に居る、常識では測れない、人外としか言い様がない名状しがたき存在を見てしまった恐怖から、心の底から叫んだ。
「おまわりさーーん!! ここにタイヘンなヘンタイがいまーーーーーす!!」
それはもう叫んだ。
叫びに叫んで、翌日の喉がボロボロになるくらい叫び散らかした。
それくらい、彼の姿は恐かった。
ジャンルの迷子。
コメディにすると大部分のシリアスで緊迫感を演出出来ませんし。
だからってホラーとかサスペンスとするには酷すぎるし。
なのでローファンで失礼します。
〜〜〜〜〜〜
蛇足
旧(旧旧)スクおじさん
そういう格好が趣味のおじさんにするか、戦闘服で強制的にそんな格好にさせられてるおじさんにするかは未定のまま。
なお、靴ははいてない。
追跡者の顔を照らした光
実は旧スクおじさんが乗ってきたタクシーのライト。
つまり伏線。
追跡者&モフモフペロペロ団
存在自体が未定。
「モフモフ〜♪」と撫でに来る女性をペロペロしたい変人たちが、変哲のない動物マスクをしているだけ。
又はそんなののモフモフ側になりたい嗜好を持つ変態共と、モフモフ動物達と戯れてペロペロされて喜ぶ女性達を見たい変態達がタッグを組んで、実際に動物人間へと改造してしまえる技術を持つ変態組織とか。
女性
仕事で溜まった鬱憤を晴らすべく、飲み屋で酒をちょっと引っ掛けてかえる途中に変態共に囲まれた、非常に運の悪いお方。
本人は多分、受付か営業のマドンナとか言われていそうな美女だと思われる。
すべて特に背景を決めてないので、受け手の皆様に妄想を委ねます。