居候編9 必殺の宣言
ラーニャとミカエルは硬直した皆の中を突っ切って、国王の前まで進み出た。
唖然とする国王の足元に跪き、ラーニャは一同に聞こえるような声で叫ぶ。
「国王陛下、恐れながら申し上げますが、そこにいる赤ん坊――ショーンは、マドイ殿下の息子ではありません!」
「なっ……どういうことだ」
「ショーンは、あそこにいるマドレーヌが産んだ赤ん坊なんです」
ラーニャが部屋の入り口の方を指差すと、計ったようにマドレーヌが近衛兵に護衛される形で入ってきた。
銀髪の彼女を見た王家の面々は、口をポカンと開けてため息のような声を漏らす。
「ラーニャ、これは一体どういうことですか?」
「だから今言ったろ? 彼女がショーンの本当の母親だ。それをローズマリーが掻っ攫って来たのさ。子供を出汁にして王宮に入り込むためにな。」
「まさか……」
マドイは絶句していた。
一度裏切られていたとはいえ、まだ心のどこかに元婚約者の事を信じる気持ちがあったのかもしれない。
その元婚約者は、突然のラーニャたちの登場に青ざめながら震えていた。
「そんなの全てでたらめよ! どこに証拠があるってのよ。このクソ猫‼」
ローズマリーは徹底的に否定する姿勢を選択したようだった。
「計画」が上手く行きそうにないとはいえ、ここで誘拐を認めたら即犯罪者だ。
ならば利用価値のなくなったマドイと故郷に帰る方がずっとマシである。
賢い選択と言えないこともなかったが、いかんせん言葉遣いが汚すぎであった。
「あーあー。とても一国の王子の元婚約者とは思えねぇな。ま、安心しろよ。証拠はたっぷりあるから」
ラーニャは不敵な笑いを浮かべると、言葉を続ける。
「ローズマリーとマドレーヌが同じトレース地方にいたことは、ミカエルの話を聞いてすぐ分かったさ。だからオレは最初、テメェが偶然ショーンを見つけてこの計画をひらめいたんだと思ってた。でも、それじゃ余りにも偶然が過ぎる。それで考え付いたよ。ひょっとしてテメェは、最初からマドイに似た赤ん坊を利用して、王宮に乗り込むつもりだったんじゃないかって」
ラーニャはズボンのポケットから筒状に丸めた紙束を取り出した。
「で、思う所あったオレはミカエルに頼んで、向こうの警備隊に問い合わせてもらったわけ。――そしたら出るわ出るわ、赤ん坊の売買を持ちかける人買いの話が。かける言葉は決まって『死んだ子に似ているからその子を譲って欲しい』。被害者の赤ん坊は全員銀髪で、しかも決まって月齢が三ヶ月前後だったそうだ」
ラーニャは丸めた紙を広げると、会議室の全員に見えるように広げてみせる。
「で、これが警備隊が作ったその人買いの似顔絵なんだけどよ。どう見てもそこのネーチャンだよなぁ」
ラーニャの持っている紙に描かれているのは、紛れもなくローズマリーだった。
その場にいた全員にどよめきが走る。
だが当の本人は真っ赤な唇を歪め、吐き捨てるように言った。
「バカバカしい。そんなものはいくらだって偽造できるでしょう。それに、仮に私がその人買いだったら、顔など見せませんわ」
「……ま、普通はそうだよな。でもテメェはわざと顔を出したんじゃないか? 美人が涙ながらに訴えれば、多少は成功する確率は上がるかもしれねぇ。現に調書じゃテメェのウソに同情してる人もいたみたいだし。それに顔がばれてても、追ってなんかこれないとタカをくくってたんだろ?」
もしマドレーヌが彼女の家の紋章を覚えていなければ、いや、覚えていてもラーニャと出会っていなければ、ショーンは見つからずに終わったのだ。
計画が成功すればトレースに帰る必要もなくなるし、いくらでも逃げおおせることは出来る。
大胆だが無謀ではない行動だった。
「もう、オレが何が言いたいか分かるよな? テメェは王宮で返り咲くためにマドイによく似た赤ん坊を探し、そのうちに見つけたショーンを、マドレーヌの夫たちから買い取ったんだ。」
「何をバカなことを! ショーンは私がおなかを痛めて産んだ子なのよ!」
「おなかを痛めた、ねぇ……?」
ラーニャは赤ん坊を抱えたままのローズマリーに近付くと、思い切り睨みあげた。
彼女の殺気を感じ取ったのか、今まで大人しく寝ていたショーンが火が付いたように泣き始める。
ラーニャは金色の目を獣のように輝かせながら言った。
「あのなぁ、マドイの元婚約者さんよぉ。オレがグチグチ人買いがなんだの言ってたのは、同性の情けとしてテメェに自白する時間をやってるんだぜ?」
「は? 何を訳の分からないことを――」
「テメェが今言った通り、母親ってのは自分の身体に物凄い負担をかけて子供を産むんだ。だから出産した後も、身体に何らかの変化が残っちまう。医者や産婆が調べれば分かるぐらいにな。だからテメェが子供産んだことがあるかどうかぐらい、調べりゃ簡単に分かるんだよ」
ローズマリーは何かを悟ったのか、一歩後ずさった。
だがラーニャが彼女を逃すはずがない。
「さぁどうする? 結果が分かりきっている検査を受けるか。それともここで全部吐いちまうか」
「そ、そんな検査私は受けません!」
「あのな、テメェがいくら嫌だと言っても、ここにいらっしゃる国王陛下の一言で、テメェの意思関係なく検査できるんだよ」
ラーニャが国王の方を伺うと、彼は短く頷いた。
乱暴な言い方をすれば、ショーンが誰の息子であろうと、ローズマリーの出産経験がなければ全て問題は片付くのだ。
国王にとって断る理由は一つもない。
「ローズマリーよ。私の権限ならお前を押さえ込んででも、検査を受けさせることが出来る。そんな目に遭いたいのか?」
ローズマリーの沈黙がその答えだった。
ショーンの泣き声だけが、静まり返った会議室に響く。
国王は控えていた衛兵たちにローズマリーを連行するよう命じようとしたが、その前にラーニャが彼女の前に立ち塞がった。
「……テメェ。二度もマドイを騙しやがって」
先ほどまでの殺気がそよ風に感じてしまうほど、ラーニャの全身には強い殺意がみなぎっていた。
牙を剥き出し、威嚇するその姿は、まるで大型の肉食獣そのものである。
「今度アイツに何かしやがったら、オレがテメェをぶっ殺す」
ラーニャはそう宣言すると、青ざめたローズマリーから赤ん坊を取り上げた。
マドレーヌにショーンを渡すと、彼は彼女の銀色の髪の毛を握り締める。
「ああ、ショーン。怖かったのね……」
マドレーヌはいとおしげに久しぶりの我が子を抱き締めていた。
まるで絵に描いたような親子の美しい再会である。
だが彼女の後ろには、なぜだか寂しげな顔をしているマドイの姿があった。