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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
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居候編8 父親の責任

 午後から始まる話し合いで、全ての決着が付くはずだった。

マドイは静かにため息を吐くと、ベビーベットからショーンを抱き上げる。

抱きあげられたショーンは、マドイの髪の毛を掴むと嬉しそうにはしゃいだ。

彼はマドイの髪の毛が特に好きらしい。

笑ったような顔をするショーンを見て、マドイはさらに決意が固くなるのを感じた。


 ショーンをあやしているうちに侍女に呼ばれ、マドイは王の間近くにある会議室まで赴く。

扉を開けると、既に両親と兄、そしてローズマリーが揃っていた。

ミカエルは幼いため端から呼ばれていない。

マドイが緊張を覚えながら会議室のソファーに腰をかけると、最初に国王が口を開いた。


「……まずはマドイ、お前がその子供を自分の子だと思っているのか聞いておこう」


 マドイは俯きながら答えた。


「……そうだと思います」

「なぜだ」

「それは――私によく似ているからです。これ以上なく」


 これはマドイの正直な意見だった。

ショーンはマドイととても良く似ている。

肌の色、切れ長の目。

違うのは瞳の色が灰色をしているくらいだ。


 マドイの答えを聞いて、国王は深く息を吐く。


「そうか。ではお前は、その子を自分の子だと認めるのか?」

「……はい」


 今の答えに後悔はしていなかった。

認めないと言えば、ショーンがマドイの子だと証明する手立てはないから話は全てそこで終わる。

しかしマドイはあえてそれをしなかった。

自分の息子を、そうだと認めながら否定することは、マドイには出来なかったのである。


「……マドイ。お前は愚か者だな」

「はい。しかしここで認めなければ、私は私のことを許せなくなります。それに――」


 それにこれ以上、マドイはラーニャに嫌われたくなかった。

ショーンのことを知ってから、ラーニャはマドイの事を避けている。

最近では部屋にも帰って来なくなり、ミカエルの所に泊まりこんでいるくらいだ。

もしマドイが自分の保身のためにショーンを見捨てたら、彼女は自分のことを蛇蝎のごとく嫌うようになるだろう。


「父上、今回の件が私の責任だということは分かっています。何なりと処罰をして下さい」

「そう焦るなマドイ。そのショーンとやらを息子と認めるならば、こちらに引き取れば良い話ではないか」


 てっきり反対されると思っていたのに、それはマドイにとって意外な提案だった。

だが国王の言葉を聞いて、ローズマリーの顔色が真っ青に変わる。


「恐れながら国王陛下。それは私めとショーンを引き離すというお話でしょうか」

「当たり前の話だろうが。貴様は本来なら処刑されても仕方ない重罪を犯しているのだぞ。まさか子供をそのような女の元に置いておけるはずがないだろう」

「しかし――」


 ローズマリーは何を思ったか、椅子から立ち上がると侍女が抱いていたショーンを奪い取った。

ショーンを抱き抱えたまま、彼女はその場に大声を上げて泣き崩れる。

ローズマリーは泣きながら、悲鳴のような声でマドイに懇願した。


「申し訳ありません殿下。先ほどの言葉をお取り消し願います」


 何を言うのかとマドイが目を丸くする。

誰もが唖然としているうちに、ローズマリーはさらに言葉を続けた。


「私めはただ、ショーンの存在を殿下に認めてもらいたかっただけにございます」

「貴方……。何を――」

「この子と引き離される位なら、私めを今ここで殺してくださいませ!」


 ローズマリーは潤んだ目で一同を睨み付けていた。

もともと美しい女である。

我が子を抱え、必死に懇願する彼女にマドイを含め皆何も言えなくなってしまった。

やはりこうなったかと、マドイは心の中で呟く。


「確かに、おなかを痛めて産んだ子と引き離すのは、少し酷過ぎるかもしれませんね」


 国王が要らぬことを言うマドイを睨み付ける。


「なら他にどうするというのだ」

「……予定通り私がローズマリーと結婚すれば良いでしょう」


 会議室中に衝撃が走った。

国王を始め、皆がマドイを見て絶句している。

一瞬早く我に帰ったオールが、立ち上がってマドイを怒鳴りつけた。


「馬鹿者! お前は罪人を王家の一員にするというのか‼」


 一瞬ローズマリーがにやりと笑う。

おそらく彼女の本当の狙いは、養育費でも王宮に乗り込むことでもなく、マドイ自身との結婚だったのだろう。

先ほどの涙も単なるパフォーマンスに違いない。

だがマドイは今の発言を翻すつもりはなかった。


「兄上、私は彼女と結婚すると申し上げただけで、王家の一員にするとは申し上げておりません」

「……? どういうことだ」

「私は彼女との結婚を機に臣籍へ下り、全ての役職を辞して、彼女が追放されたトレース地方に参ろうと思います」


 いつもは勇ましいオールが、腰を抜かしたようによろめいた。

ヘンリエッタは顔を覆い、ローズマリーは一気に持ち上がった期待を裏切られたせいか、今にも倒れそうである。

国王は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「それがお前なりのケジメのつけ方だというのか、マドイ」

「いいえ。父親としての責任を果たしたまでです」


 そう言うと、マドイはこれ以上ない妖しい笑みをローズマリーに向けた。

彼女は何が怖いのか、マドイを見て後ずさる。


「こうしたかったのでしょう? ローズマリー」

「で、殿下……」

「これで晴れて私は、父親としてショーンの近くにいられるわけです。もちろん貴方とローレの傍にもね」


 今回の計画は、もちろんローレが立てたものだろう。

追放されて一年足らずでまたもや策略を考えるとは、大した野心家である。

だがその野心もこれまでだ。

これからはマドイが彼らの行動を一番近くで見張り続ける。


 マドイは何もかも投げ打ったというのに、逆にすがすがしい気分であった。

ただラーニャのことだけが心に残る。

本当はローズマリーではなく、ラーニャの傍にいたかったのに。


「……それでも、私は父親ですからね」

「いや、お前はショーンの父親じゃねーぞ」


 聞き覚えのある声がして、マドイはその声がした方向を振り返った。

気のせいかと思ったが、次の瞬間会議室の扉が大きく開け放たれる。


「やいコラ人身売買女! 赤ん坊を取り戻しに来たぜ!!」


 部屋の入り口にはミカエルと、そしてラーニャが仁王立ちしていた。

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