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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
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居候編7 椿の紋章

「で、赤ん坊を探しに王都まで来たっつーけど、何か手掛りになるようなものないのか?」


 ラーニャは申し出に戸惑っているマドレーヌに言った。


「あることにはありますけど……」

「じゃ、教えてくれ」

「……はい」


 マドレーヌは薄汚れたスカートのポケットから紙切れを取り出す。

広げられたそれには、紋様化された花のような物が描いてあった。


「これ……花か? 何なんだこの絵?」

「ショーンがいなくなった時、擦れ違った取り巻きの老人が杖を持っていたんです。その杖には紋章が描いてあったんですけど、全部は覚えてなくて。でもこの花だけ印象に残っていたんで、思い出して描いたんです」

「なるほどな」


 これはなかなか良い手がかりかもしれなかった。

ロキシエルで紋章を所持することが許されているのは、王に仕える貴族だけである。

とはいえ種類は豊富にあるが、それゆえ同じモチーフを用いている物はほとんどない。

個人が特定できる可能性は充分あった。


「手間はかかるが、図書館とかで調べれば、紋章の持ち主が誰か分かるかもしれねーな」

「図書館ですか? それは王都のどの辺りに」

「あ、オレも行くから心配しなくていいよ」


 ラーニャの言葉に、マドレーヌは恐縮した様子になった。


「いえ。そこまでしていただくわけには……」

「いいってことよ。困ったときにはお互い様だろ? 情けは人のためならずって言うし」


 ラーニャは強引に押し切って、彼女と共に中央にある王立図書館へ向かった。

王立図書館は、王宮図書館の次に多くの蔵書を誇る、ロキシエルの知識の殿堂である。

そこならば紋章を記録した図録などいくらでもあるに違いなかった。


 図書館に着き、司書に訪ねると、ラーニャの予想通りロキシエル中の紋章を記録した図録があるとのことだった。

しかも先月出たばかりの最新版である。

ラーニャは魔導庁職員の証明書を見せ、二人分図録を借りた。


「分担して探そう。その方が早い」


 ぺ-ジは千を越えていたが、半分に分ければ早さは二倍になる。

ラーニャは後半部を担当することにし、必死でメモと図録とを見比べた。

予想していたことだが、実際やってみるとかなり数が多い。

貴族のみが紋章を持てるとはいえ、分家やら何やらその数は膨大なのだ。


「マドレーヌさん、似たのは見つかったか?」


 マドレーヌは黙って首を横に振る。

作業は昼前から図書館の閉館時間まで続けられたが、結局それと思しき紋章は見つけることが出来なかった。

図録は持ち出し禁止なので、調べられるのは図書館が開いている時間のみである。

図書館を出ると、マドレーヌは青い顔でため息を吐いた。


「ひょっとしたら、私の見間違いだったのかもしれません」


 落胆した彼女は今にも倒れそうな状態だった。

これは不味いと、ラーニャは作ったように明るい声で言う。


「ま、まだ一日だろ? 明日見つかるかもしれないじゃんか!」

「私がこうしている間にも、ショーンは泣いているかもしれないのに……」

「大丈夫だって……」


 ラーニャは自分の声が段々弱くなっていくのを感じた。

赤ん坊が泣いているならまだいい。

最悪の事態を考えてしまい、ラーニャは縁起でもない自分の想像を振り切る。


「ごめんなさい。協力してもらっているのにこんな弱音を吐いてしまって」

「へ、平気だよ」

「私に貴族の知り合いがいたら良かったのでしょうけど……」

「そうだなぁ……」


 そこまで言ってから、ラーニャはやっと気が付いた。

自分には貴族どころか、王族に知り合いがいるではないかと。


(何で気付かなかったんだろ)


 ラーニャは自分の間抜けさに苦笑する。


「マドレーヌさん、そういえば心当たりがあったよ。ソイツなら多分分かるし、きっとショーンのことも協力してくれる」

「そ、そんな方がお知り合いに?」

「おうよ。今から行こう!」


 マドレーヌは驚いていたが、ラーニャはかまわず流しの馬車を呼び止めると、王宮まで頼んだ。

城門まで着くと衛兵にマドレーヌを託し、ミカエルの部屋まで急ぐ。

衛兵に託されたマドレーヌも、マドレーヌを託された衛兵も驚いていたが、ラーニャは振り返らない。

ラーニャは全速力でミカエルの部屋の前まで行き、ノックもしないで部屋の扉を開け放った。


「わわっ! ラーニャ! どうしたのっ!?」


 突然の襲撃に、ミカエルは座っていた椅子から転げ落ちた。


「え? 何? 闇討ち? 何?」

「すまん、ミカエル! 頼みがあるんだ」

「え? 『あんたのタマいただきに参りました』的な?」


 ミカエルはすっかり混乱していたが、ラーニャもラーニャで彼が落ち着くのも待たずに話し始める。


「マドイに似た女の人がさ、ショーンを誘拐されたんだよ。それでその手掛りが花の模様なんだけど、ミカエル知ってる?」

「ちょっ、ラーニャ落ち着いてってば! 言ってる意味が分かんないよっ‼」


 ついにはミカエルになだめられる始末である。

やっと冷静になったラーニャは、今度はちゃんと要点をかいつまんだ説明を始めた。

マドイにどことなく似た女性が息子を誘拐されたこと。

連れ去った犯人の手掛りになるのが、紋章の一部だろう花の模様であること。


 今度はミカエルも話を理解してくれたようだった。

だが彼は必死の形相のラーニャを見て、呆れたようにため息を吐く。


「君、兄上の一大事は無視するのに、知らない人は助けるんだ」

「う……。だって、その人マドイに似てるから……」

「まぁいいけど。――とにかくその花の模様見せてよ」


 ラーニャはマドレーヌから借りたメモを見せると、ミカエルの顔色が変わった。

武者震なのか、彼は震えながら中央に描かれた花模様を指差す。


「これが、誘拐犯の身につけてた紋章の一部なの?」

「何か分かったのか?」

「分かるも何も、コレ、ローズマリーの家の紋章「椿」だよ!」

「え? でも図録には載ってなかったぞ」


 ローズマリーは確か名門貴族のお姫様だったはずだ。

いくらなんでもそんな有名どころが図録に載ってないはずがない。


「ひょっとしてラーニャ、その図録最新版じゃなかった?」

「そうだけど、何で分かるんだ?」

「あそこの家は、去年の騒動で紋章剥奪されたんだ。だからもうこの紋章は使われてないの」


(――!)


 最新版ゆえに、あえて彼女の家の紋章は載せられていなかったのだ。

絶句するラーニャの肩を、ミカエルが何度も叩く。


「凄いよラーニャ! 君って最高だよ! やっぱり君と兄上は縁があるんだねっ‼」

「え? 何のことだ?」

「もう兄上の問題は解決したも同然だよ‼」


 ラーニャにはミカエルのいってる意味がさっぱりだったが、彼は笑いながらいつまでも肩を叩いてきた。

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