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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
95/125

居候編5 いつも子供に罪は無い

 マドイはあれから、ローズマリーと頻繁に会っているようだった。

なぜ一度裏切られた相手を追い出さないのか、ラーニャがそれとなく聞いてみても、マドイははぐらかすばかりである。

しかし日に日にやつれて行くマドイの顔を見れば、状況が芳しくないことくらい分かった。


(一体何があったんだろ)


 ラーニャは気がかりだったが、マドイの男女関係(?)に居候が首を突っ込むわけにも行かない。

だがやきもきしながら過ごして三日目、ラーニャが城の庭を散歩していると、マドイの侍女が二人、彼について噂している所に鉢合わせた。

悪いとは思いつつも、何か分かればいいとラーニャは物影に隠れて盗み聞きする。


「ホントに殿下はお可哀想よね」

「本当ですわね。あの女に裏切られて、やっと新しく踏み出そうと思われた途端に……」

「……まさか、あの女との間にご子息がおられたとわね。」


(な? ご子息?)


 ラーニャは思わず叫びそうになった。

だがここで声を上げたら台無しだと、ラーニャは自分に言い聞かせる。


「全く、ホントに殿下のご子息何だか分かったもんじゃないわ。あんな風にいきなり乗り込んできて。何が『この子のことを認めて欲しい』よ!」

「でも、赤ん坊は殿下そっくりなんでしょう?」

「殿下もどうするおつもりなんだか。これではラーニャ様があまりにもお可哀想よ」


 いきなり自分の名前が出てきたので、ラーニャはつい声を出してしまった。

一斉に侍女たちがこちらの方を振り返る。

ラーニャは覚悟を決めて、彼女達の前に出て行くことにした。


「ど、ども。今の話、詳しく聞かせてもらえねぇかな?」


 いきなりの彼女の登場に、侍女たちの顔が凍りつく。


「ら、ラーニャ様。どうしてこのような所で」

「あー、その様付けやめてってば。――で、ご子息ってどういうことだ?」

「それは――」


 ラーニャが引きそうにないと思ったのか、侍女たちは素直に詳しいことを話してくれた。


 遠乗りに行った日、ローズマリーがマドイの子だという赤ん坊を連れて乗り込んできたこと。

そしてその赤ん坊がマドイに良く似ているということ。


 全て聞かされたとき、ラーニャは少なからずショックを受けた。

まさかマドイとローズマリーの間に、子供がいたなんて。


 呆然とするラーニャを見て、侍女たちはなぜか励まそうと必死になる。


「だっ、大丈夫ですわよ。ラーニャ様。絶対他の男の子に決まってますわ。あの女ならやりかねませんもの」

「そうですわよ! ラーニャ様はどーんと構えておられたらよろしいのです」


 しかし冷や汗だらだらになっている二人とは対象的に、ラーニャの態度は落ち着いたものだった。

ラーニャは金色の目で彼女らを見上げながら、静かに言う。


「どーんとって言われても、オレには別に関係ないことだからな」


 ラーニャのそっけない一言に、侍女たちが石のように固まった。


 だが今の言葉は事実だし、ラーニャの本音でもあった。

マドイとの関係は魔導庁では上司と部下であり、王宮では居候とその家主である。

たとえマドイに知られざる息子がいようがなんだろうが、ラーニャには関係なかった。

ましてやその子供をマドイが認めるかどうかなんて、無関係の尤もたるところである。

 

 ラーニャは硬直した侍女たちの間を通り過ぎ、自室まで戻った。

部屋に入るなり天蓋付きのベットの上でうつぶせになる。


(マドイとローズマリーに子供かぁ)


 関係ないはずなのに、なぜか胸の辺りが締め付けられる感じがした。

こんなにも胸が苦しい原因は、苦境に立たされたマドイを思ってか。


(ホントにマドイの子供なのかな……?)


 すぐマドイが否定しない所をみると、可能性は高いのだろう。

さらにラーニャの気分が鬱々してきたところで、部屋の扉を誰かが叩く音がした。

マドイだったらやり過ごそうかと思って黙っていたが、尋ねてきたのは彼ではなくミカエルである。


 部屋に招くと、ミカエルは挨拶より先にこう言った。


「ラーニャは、ローズマリーが何でここに来たか知ってる?」


 ラーニャはいきなりのことに面食らいつつも頷いた。


「ああ。マドイの子供がどうとかだろ?」

「知ってるなら早いや。そのことで話に来たんだ」


 ラーニャが言葉を挟む隙もなく、ミカエルは話を続ける。


「兄上は多分、ローズマリーが連れてきた赤ちゃんを、自分の子供だと認めると思う」

「それがどうかしたか?」

「どうかしたかじゃないよ! 君は嫌じゃないのっ?」


 ラーニャは答えに詰まった。

嫌かどうかの二択なら、前者の方に近いかもしれない。


「嫌、かな?」

「だったら、ボクと一緒に兄上を説得しようよ」

「説得って?」

「ラーニャが言えば、きっと兄上は子供のことを認めないよ。だからそうしよう?」


 ミカエルの言いたいことを理解したラーニャは、ゆっくりと彼の方へ向き直った。


「……つまり、それはマドイに、自分テメェの子供を見捨てさせろっつーことか?」


 輝く金色の瞳で、ラーニャはミカエルを睨みあげた。

あまりの迫力に、彼の小さな体がびくりと震える。


「だって、しょうがないじゃん……。認めたら後々大変なことになるし……」

「大変なことになるから、知らんぷりしろってか?」

「そ、そういうつもりじゃ……」

「そういうつもりだろ? 自分らテメェの都合に合わないから、自分の子供だと認めるな――、悪いがそんな説得するほど、オレは血も涙もない奴じゃねぇ」


 ラーニャに恐ろしいくらいまで睨まれて、ミカエルはじっと身を硬くしていた。

ラーニャは半分怯えている彼を見ながらさらに続ける。


「この問題はな、オレたち外野がどうのこうの言えることじゃねぇ。――そりゃ、オレだって何とかしてやりたいさ。でもできねぇんだよ」


 今までマドイの身に何か起こったとき、いや、周りの人間の身に何か起こったとき、ラーニャは必ずどうにかしてきた。

だが今回に限っては、何もすることができない。

ラーニャは内心悔しくて仕方なかった。

ひょっとしたら今までで一番どうにかしてやりたいと、否、したいと思っているのに。


「今回の問題は、オレは手出しするつもりはない。手出しできない。頼むなら他の奴に頼んでくれ」


 ミカエルはしばらく無言のままだったが、諦めたのか部屋を出て行った。

ひょっとしたら動かないラーニャに失望したのかもしれない。


(……これで良かったんだ)


 ラーニャは自分が言ったことについて心からそう思っていたが、なぜか割り切れない気持ちが心の底に残っていた。


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