居候編5 いつも子供に罪は無い
マドイはあれから、ローズマリーと頻繁に会っているようだった。
なぜ一度裏切られた相手を追い出さないのか、ラーニャがそれとなく聞いてみても、マドイははぐらかすばかりである。
しかし日に日にやつれて行くマドイの顔を見れば、状況が芳しくないことくらい分かった。
(一体何があったんだろ)
ラーニャは気がかりだったが、マドイの男女関係(?)に居候が首を突っ込むわけにも行かない。
だがやきもきしながら過ごして三日目、ラーニャが城の庭を散歩していると、マドイの侍女が二人、彼について噂している所に鉢合わせた。
悪いとは思いつつも、何か分かればいいとラーニャは物影に隠れて盗み聞きする。
「ホントに殿下はお可哀想よね」
「本当ですわね。あの女に裏切られて、やっと新しく踏み出そうと思われた途端に……」
「……まさか、あの女との間にご子息がおられたとわね。」
(な? ご子息?)
ラーニャは思わず叫びそうになった。
だがここで声を上げたら台無しだと、ラーニャは自分に言い聞かせる。
「全く、ホントに殿下のご子息何だか分かったもんじゃないわ。あんな風にいきなり乗り込んできて。何が『この子のことを認めて欲しい』よ!」
「でも、赤ん坊は殿下そっくりなんでしょう?」
「殿下もどうするおつもりなんだか。これではラーニャ様があまりにもお可哀想よ」
いきなり自分の名前が出てきたので、ラーニャはつい声を出してしまった。
一斉に侍女たちがこちらの方を振り返る。
ラーニャは覚悟を決めて、彼女達の前に出て行くことにした。
「ど、ども。今の話、詳しく聞かせてもらえねぇかな?」
いきなりの彼女の登場に、侍女たちの顔が凍りつく。
「ら、ラーニャ様。どうしてこのような所で」
「あー、その様付けやめてってば。――で、ご子息ってどういうことだ?」
「それは――」
ラーニャが引きそうにないと思ったのか、侍女たちは素直に詳しいことを話してくれた。
遠乗りに行った日、ローズマリーがマドイの子だという赤ん坊を連れて乗り込んできたこと。
そしてその赤ん坊がマドイに良く似ているということ。
全て聞かされたとき、ラーニャは少なからずショックを受けた。
まさかマドイとローズマリーの間に、子供がいたなんて。
呆然とするラーニャを見て、侍女たちはなぜか励まそうと必死になる。
「だっ、大丈夫ですわよ。ラーニャ様。絶対他の男の子に決まってますわ。あの女ならやりかねませんもの」
「そうですわよ! ラーニャ様はどーんと構えておられたらよろしいのです」
しかし冷や汗だらだらになっている二人とは対象的に、ラーニャの態度は落ち着いたものだった。
ラーニャは金色の目で彼女らを見上げながら、静かに言う。
「どーんとって言われても、オレには別に関係ないことだからな」
ラーニャのそっけない一言に、侍女たちが石のように固まった。
だが今の言葉は事実だし、ラーニャの本音でもあった。
マドイとの関係は魔導庁では上司と部下であり、王宮では居候とその家主である。
たとえマドイに知られざる息子がいようがなんだろうが、ラーニャには関係なかった。
ましてやその子供をマドイが認めるかどうかなんて、無関係の尤もたるところである。
ラーニャは硬直した侍女たちの間を通り過ぎ、自室まで戻った。
部屋に入るなり天蓋付きのベットの上でうつぶせになる。
(マドイとローズマリーに子供かぁ)
関係ないはずなのに、なぜか胸の辺りが締め付けられる感じがした。
こんなにも胸が苦しい原因は、苦境に立たされたマドイを思ってか。
(ホントにマドイの子供なのかな……?)
すぐマドイが否定しない所をみると、可能性は高いのだろう。
さらにラーニャの気分が鬱々してきたところで、部屋の扉を誰かが叩く音がした。
マドイだったらやり過ごそうかと思って黙っていたが、尋ねてきたのは彼ではなくミカエルである。
部屋に招くと、ミカエルは挨拶より先にこう言った。
「ラーニャは、ローズマリーが何でここに来たか知ってる?」
ラーニャはいきなりのことに面食らいつつも頷いた。
「ああ。マドイの子供がどうとかだろ?」
「知ってるなら早いや。そのことで話に来たんだ」
ラーニャが言葉を挟む隙もなく、ミカエルは話を続ける。
「兄上は多分、ローズマリーが連れてきた赤ちゃんを、自分の子供だと認めると思う」
「それがどうかしたか?」
「どうかしたかじゃないよ! 君は嫌じゃないのっ?」
ラーニャは答えに詰まった。
嫌かどうかの二択なら、前者の方に近いかもしれない。
「嫌、かな?」
「だったら、ボクと一緒に兄上を説得しようよ」
「説得って?」
「ラーニャが言えば、きっと兄上は子供のことを認めないよ。だからそうしよう?」
ミカエルの言いたいことを理解したラーニャは、ゆっくりと彼の方へ向き直った。
「……つまり、それはマドイに、自分の子供を見捨てさせろっつーことか?」
輝く金色の瞳で、ラーニャはミカエルを睨みあげた。
あまりの迫力に、彼の小さな体がびくりと震える。
「だって、しょうがないじゃん……。認めたら後々大変なことになるし……」
「大変なことになるから、知らんぷりしろってか?」
「そ、そういうつもりじゃ……」
「そういうつもりだろ? 自分らの都合に合わないから、自分の子供だと認めるな――、悪いがそんな説得するほど、オレは血も涙もない奴じゃねぇ」
ラーニャに恐ろしいくらいまで睨まれて、ミカエルはじっと身を硬くしていた。
ラーニャは半分怯えている彼を見ながらさらに続ける。
「この問題はな、オレたち外野がどうのこうの言えることじゃねぇ。――そりゃ、オレだって何とかしてやりたいさ。でもできねぇんだよ」
今までマドイの身に何か起こったとき、いや、周りの人間の身に何か起こったとき、ラーニャは必ずどうにかしてきた。
だが今回に限っては、何もすることができない。
ラーニャは内心悔しくて仕方なかった。
ひょっとしたら今までで一番どうにかしてやりたいと、否、したいと思っているのに。
「今回の問題は、オレは手出しするつもりはない。手出しできない。頼むなら他の奴に頼んでくれ」
ミカエルはしばらく無言のままだったが、諦めたのか部屋を出て行った。
ひょっとしたら動かないラーニャに失望したのかもしれない。
(……これで良かったんだ)
ラーニャは自分が言ったことについて心からそう思っていたが、なぜか割り切れない気持ちが心の底に残っていた。