居候編4 ローズマリーが来た理由
マドイは決意を固めると、ローズマリーがいる部屋の扉を開けた。
まず一番に目に飛び込んでいくるのは、窓の外を眺めている彼女の後姿だ。
豊かにうねる艶やかな黒髪は、最後に見たときとほとんど変らない。
扉が開く音で気付いたのだろう。
マドイが声をかける前に、ローズマリーはこちらの方へ振り向いた。
「お久しぶりです。殿下」
彼女の真っ赤な唇がなまめかしく動く。
ロキシエル三大美女の一人と称えられた彼女の美貌は相変わらず健在だったが、この一年の間に少しやつれたようにも見えた。
着ているものも前は派手なドレスだったのが、今では簡素な綿のワンピースだ。
だがマドイはローズマリーの様子など、はっきり言ってどうでも良かった。
気になることはただ一つ、彼女の腕に抱かれている赤ん坊のことだ。
マドイは絞り出すような声で呟く。
「この子が、私の子だというのですか」
「はい。王都を離れてから妊娠に気付いて」
マドイ目だけを動かして、ローズマリーの腕の中で眠っている小さな赤ん坊を見やる。
首が座ってみえるところから、大体生後三ヶ月位だろうか。
月齢から考えて、その子がマドイの子である可能性は高い。
「……名前は」
「ショーンと申します。男の子です」
ショーンはマドイと同じ銀色の髪をしていた。
肌の色も同じくらいで、目もとの感じもマドイと近い。
マドイは片手で額を覆い、ため息をついた。
ラーニャと距離を縮めつつあると思ったら、まさかこんな事態になるとは。
「で……、その赤ん坊を私に見せて、どうしたいのですか?」
マドイがなるべく冷たい声で言うと、ローズマリーは黒い瞳を潤ませて、すがリ付くように彼を見上げた。
「私はただ、貴方様にこの子を認めて欲しいだけでございます」
震える彼女の声を聞いて、マドイは押し黙った。
ローズマリーに抱かれて眠る、自分そっくりの赤ん坊。
時期から考えても他の男の子供だということはまずないだろう。
だがマドイはすぐに「ハイそうですか」と認めることはできなかった。
ローズマリーは、一年前の王妃冤罪事件の首謀者の一人である。
そんな女との間に子供がいるとなっては、事はマドイ一人の問題では収まりきらない。
その子を息子と認めるかどうかは、マドイ一人の一存ではなく、王家全体で決めることだった。
マドイはローズマリーとろくに会話も交わさぬまま、ふらふらと部屋を出た。
彼女との間に子供がいたという事実に、改めて愕然となる。
いや、まだ事実かどうか決まったわけではなかったが、あれほどそっくりな赤ん坊を見せられてはショックを受けずにいられない。
マドイが青ざめながら自分の部屋へ戻ると、そこにはオールとミカエルの姿があった。
おそらく話を聞きいて、駆けつけて来たに違いない。
マドイがぐったりとソファーに座りこむと、オールが短く言った。
「お前はどうしたいんだ?」
つまりオールは、マドイが例の赤ん坊を自分の子と認めるかどうか尋ねていた。
マドイは、俯きながら答える。
「もし本当にあの子が私の子なら、認めます」
「そうである可能性は?」
「……」
オールが口を真一文字に引き結ぶ。
部屋中に沈黙が落ちたが、ミカエルがそれを打ち破った。
「ダメだよっ! マドイ兄上! 絶対認めちゃダメなんだからっ」
「しかしミカエル……」
「仮にその子が本当に兄上の子供だとしても、認めたらどうなるか分かるよね? 向こうの狙い位分かってるよね?」
ミカエルは交互にマドイとオールに視線を送った。
「その子、男の子なんでしょ? そしたら跡継ぎだ何だって、向こうは絶対に主張してくるよ。マドイ兄上が病気になったり、年を取ったら、その子を掲げて王宮に乗り込んでくるに決まってるっ!」
そんなことくらい、マドイも予想済みだった。
もしマドイが子供の存在を認めたら、向こうはまず莫大な養育費をせしめ、時が経ったらその子供を武器に王宮に乗り込んでくるだろう。
「だったら、その子をこちらに引き取ってしまえば良いのではないか?」
「それもダメッ。マドイ兄上は子持ちじゃダメなのっ!!」
「なぜだ?」
ミカエルは頬を膨らませると、マドイの方を睨んだ。
「マドイ兄上、ボクの言いたい事分かってるよね? ボクは友達をコブ付き女郎蜘蛛とくっ付かせる程、友達甲斐のない男じゃないよっ?」
マドイは今居候しているラーニャのことを思い出した。
彼女とはミカエルが思っているような深い関係ではない。
しかしそれ故にマドイがあの赤ん坊を自分の子だと認めたら、今後の展望は望めなかった。
将来ローズマリーたちが王宮に乗り込んでくること。
ラーニャとの今後の関係。
確かにミカエルの言うとおり、端から赤ん坊のことを認めなければ、どちらも解決する話ではあった。
しかしもし、本当にあの赤ん坊が自分の子供だったとしたら――。
「……私は、自分の子供を否定することはできません」
弾かれたように、オールとミカエルがこちらを向いた。
「私は父親に相手にされない悲しみを良く知っている……。たとえ自分の身が危うくなろうとも、私は知らん顔など出来ません」
「でもマドイ兄上――」
「私は自分の子に、父親に見捨てられたという思いをさせたくないんです。彼をこの世に呼んだのは、他ならぬ私なのですから」
再び部屋の中に沈黙が広がった。
オールは硬い表情で目を閉じ、ミカエルは顔を真っ赤にして震えている。
「マドイ兄上のバカ!! ボクもう知らないから!」
ミカエルは青い顔をしたままのマドイに舌を出すと、足音を立てて部屋を出ていった。