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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
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居候編3 風雲急を告げる

 今日は期待した通りの爽やかな秋晴れだった。

気温も歩くのにちょうどいい、まさしく絶好の行楽日和である。

ラーニャはマドイと一緒に、彼専用の豪奢な馬車に乗り込んだ。

王城から森林公園までは一時間。

王都の中心から少し行った所に森があるのは分かっていたが、そこがに公園なっているとは知らなかった。


「ミカエルも来れば良かったのになー」


 ラーニャは動き出した景色を眺めながらため息をつく。


 居候をしてから始めて向かえる休日、ラーニャはマドイから遠乗りに誘われた。

せっかくの遠乗りである。

ラーニャはミカエルにも声をかけたのだが、彼は「行かない」の一言だった。

魔導庁で喧嘩(?)をしてからというもの、ミカエルはほとんど口を聞いてくれない。

マドイも彼から罵られたというし、ミカエルは一体どうしてしまったのだろうか。


「今ミカエルのことを考えても仕方ないでしょう?」


 ラーニャの呟きを聞いたマドイが口を挟んでくる。


「でもよー」

「それとも私だけではご不満ですか?」


 彼の柳眉にハッキリ皺が寄ったのを見て、ラーニャは慌てて首を横に振った。

機嫌が悪くなると、マドイは説教したりヒステリーを起こしたりするから厄介である。

ただでさえ今日は二人きりで逃げ場がないのだ。

極力機嫌を損ねるような事は避けたい。


 馬車に乗って一時間、ラーニャは何とか彼の機嫌を損ねることなく公園に着いた。

車内から出て見れば、辺り一面に青々とした草野原が広がり、遠くの方には森が見える。


「うわーっ。スゲー」


 こんなに自然が溢れる景色を見たのは、王都に来て始めてかもしれなかった。

他に人はまばらにしかおらず、森の方からは小鳥がさえずる美しい歌が聞こえる。


「ここはもっと季節が進むと、紅葉が綺麗なんですよ」


 マドイの機嫌も、美しい景色のおかげですっかり良くなったらしい。

輝く銀髪を秋風にたなびかせながら微笑んでいる。


「紅葉かぁ……。また来ていい?」

「もちろん」


 正午を過ぎていたので、二人は昼食をとることにした。

一緒についてきたメイドがテーブルセットを広げ、バスケットから食器類を取り出して食事の支度をする。

ラーニャはてっきり地面に座ってサンドイッチでも食べるのかと思っていたが、やはりこれは王族の遠乗りである。

メイドの他にも護衛がたくさんいるし、気が付いてみれば何だか窮屈だった。


「こんなにしてもらって、申し訳ないなぁ……」


 ただでさえ居候のクセに贅沢な生活をさせてもらっているのだ。

食事は三食マドイと同じものだし、何かにつけてメイドが世話を焼いてくれる。

その上さらに娯楽まで提供してもらっては、さすがに肩身が狭かった。


 だがマドイは恐縮しているラーニャを驚いて見ている。


「別にかまいませんよ。これくらいのことで。私からしてみればどうということもありません」

「でもやってもらってるこっちとしてはよぉ……」

「この程度のことでいちいち驚かないで下さい。今のうちに慣れておいてもらわないと……」

「何で慣れる必要があんだよ。慣れたら二度とマトモな生活できねーよ」


 ラーニャが突っ込むと、マドイは慌てたように話題を変えた。


「そ、それもそうですね。えと、じゃあ、昼食にしましょうかね」

「それもそうだな。で、おかず何?」


 腹が空いていたラーニャは、即効で先ほどまでの話を忘れた。

マドイはにやりと笑いながら、まだ開いていないバスケットを指差す。


「気になるなら自分で、開けてみなさい」


 いわれた通りラーニャが開けると、中から香ばしい香りが漂ってきた。

見れば、中には前にマドイと食べた骨付きチキンが入っている。

ラーニャは目を丸くしてマドイに向き直った。


「これ、どうしたの?」

「特別にあの店から取り寄せました。炎系の魔機械で保温してあるから美味しいはずですよ」

「……マジで?」


 ラーニャは金色の瞳を輝かせながら、チキンにかぶりついた。

その大胆な食べっぷりに周りのメイドたちは驚いているが、チキンに夢中な彼女は気にしない。

マドイはというとチキンを皿に乗せ、ナイフとフォークで器用にそれを食べている。


「うめー。チキンうめー」


 二本目のチキンに移行するラーニャを、マドイは微笑ましげに眺めていた。

見られていることに気付いたラーニャは、食べる手を止めてマドイを睨む。


「そんなに見られたら、食べにくいじゃねーかよ」

「これは失礼。ところで、チキンは美味しいですか?」

「おう、バッチリよ」

「毎日このチキンを食べたいですか?」


 できるならぜひそうしたい所である。

ラーニャが頷くと、マドイは心底嬉しそうな顔をして言った。


「ねぇ、ラーニャ? そんなにチキンが食べたいんなら、毎日用意します。だから私と――」


 彼が言い終わる前に、どっと湿った風が吹いた。

空を見れば、見事な青空はどこへやら、いつの間にか黒雲が目前にまで押し寄せている。


「おい、マドイ。帰るぞ」

「え? 来たばかりでしょう?」

「この分だと、あと五分で嵐になるぜ。急いだ方がいいぞ」


 ラーニャが言うが早いか、雨がぽつぽつと降り始めた。

遠くでは雷が聞こえる音もする。

マドイが名残惜しげに腰を上げると、メイドたちが大急ぎで片付けを始めた。


 出発の準備を終え全員が馬車に乗った頃、弱かった雨の勢いが急に強くなる。

ラーニャの言った通り、外は嵐になった。

稲妻が光り、豪雨が行く手を阻む中、馬車は一目散に王宮を目指す。


 王宮に着くと、ラーニャたちはタオルを用意したメイドたちに囲まれた。

やはりここでの暮らしは至れり尽くせりで、何もせずとも後はそのまま部屋に戻るだけだった。

だがラーニャとマドイが廊下を歩いていると、なぜか青い顔をした侍女頭が向こう側からやってくる。

何事かとラーニャとマドイは顔を見合わせた。


「どうしたんですか。そんなに急いで」

「それは……その……」


 侍女頭は口ごもった。


「言いたいことがあるならハッキリ申しなさい」


 彼女はしばらく沈黙すると、やがて決意を決めたように言った。


「実は先ほど、突然ローズマリー様がお見えになって……」

「ローズマリーが!?」


 いきなり出てきたローズマリーという名に、マドイだけでなくラーニャも飛び上がるほど驚いた。

ローズマリーはマドイとの婚約を解消され、確か今は左遷された父親と一緒に僻地にいるはずであった。

件の事件により王都からは追い払われたはずなのに、一体なぜ再び王城に来たのだろうか。


「まさか、こちらに通したとは言いませんよね」

「申し訳ございません」

「――! 何を考えて! 侍女頭ともあろうものが!」


 一瞬にして周りに冷たい空気が走ったが、マドイが怒るのも無理はない。

侍女頭は必死に頭を下げながら言葉を続けた。


「申し訳ございません。しかし恐れながら申し上げれば――私がそうしたのには理由がございまして……」

「理由? どんな言い訳をするつもりですか?」


 侍女頭は固い顔つきになると、おもむろにマドイに耳打ちする。

彼女に何か囁かれて、マドイの顔色が紙のように真っ白になった。

何を聞いたのか分からないが、彼の細い指先は小刻みに震えている。


「……マドイ、大丈夫か?」

「……。ラーニャは先に部屋へ戻っていなさい」


 マドイはそれだけ告げると、侍女頭に連れ添われ、ローズマリーがいるだろう部屋へ向かって行った。

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