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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
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居候編2 ミカエル暴走特急

 ラーニャは天蓋付きのベットの上でうつぶせになった。

今まで寝ていたベットが布を引いた板に思えるほど、このベットは柔らかい。

途端に押し寄せてくる睡魔を振り切ると、ラーニャは思い切って身を起こす。


 マドイが用意してくれた部屋は、思いのほかシンプルな内装をしていた。

天井には他に比べて簡素なシャンデリアしかなく、壁紙も白一色だ。

家具は適当に間に合わせたのか、材質も色もバラバラである。

だがそれでも広さは充分だし、ラーニャにとっては贅沢すぎる部屋だった。


(あー、もっとちゃんと断れば良かった)


 ラーニャは再びベットの上に寝転がった。

いくら困っているとはいえ、王宮に居候させてもらうのは、さすがのラーニャでも畏まってしまう。

だから「給料日まで金を貸してくれれば宿屋に泊まる」と言ったのだが、マドイは「私は金と本の貸し借りはしない主義ですから」と取り合ってくれなかった。


 本当に居候が嫌なら、強引にでも帰ってしまえば良かったのかもしれない。

しかし彼の気持ちを考えると、提案をそこまで拒絶することが出来なかった。


 ラーニャは断ることが出来なかった理由である、飾り棚とそれにふさがれた扉を見やる。

ふさがれた扉の向こうには、マドイの寝室があるはずだった。

彼の寝室に続く扉――それはこの部屋で、彼の妻が暮らすはずだったことを意味する。

今からほぼ一年前、マドイは少年時代からの婚約者であったローズマリーに裏切られ、婚約を解消した。

結婚までは秒読みの段階だったことは知っている。

おそらくこの部屋は、ローズマリーのための部屋だったのだ。


 きっと一年前の今頃は、この部屋もローズマリーの好みの内装をしていたに違いない。

しかし彼女との婚約は解消され、この部屋の意味もなくなった。

一年前、マドイはどんな気持ちで部屋の中身を全て取り払ったのだろう。


「オレが住むことで、気持ちが楽になるならのってやるか」


 マドイはラーニャをここに住まわせることで、部屋への印象を払拭しようとしたに違いなかった。

ラーニャもそれに付き合ってやるくらいの優しさはある。

ラーニャはしばらくの間、ここで厄介になる覚悟を決めた。









 翌日ラーニャはマドイと共に魔導庁へ出仕した。

朝からフルコースの食事をしたせいで、若干馬車に酔う。


(マドイの奴、いつもあんなにいい物食べてんのかよ)


 食事が豪華なだけでなく、単なる居候のラーニャにもメイドが付くし、王族の生活は予想より遥かに華やかなものだった。

覚悟を決めたとはいえ、贅沢を通り越した生活に早くもギブアップしそうである。


 豪華な食事に余程胃がビックリしたのか、乗り物酔いは昼頃になっても収まらなかった。

持たされた料理長お手製弁当をレンにあげ、ラーニャがソファーで横になっていると、ミカエルが息を切らしながらやってきた。

ミカエルはラーニャを見るなり、怒ったような顔で歩み寄ってくる。


「ラーニャ、兄上と一緒に住むことになったって本当!?」


 珍しいミカエルの怒り顔に、動揺しつつもラーニャは頷いた。


「あ、ああ。そうだけど?」

「いつの間に『そうなった』わけっ!? ボクに何の断りもなくっ!」


 いつの間にと言われても、昨日のうちに全て決まってしまったのだから答えようがない。


「そんなこと言ったってよぅ……。成り行きでなっちゃったんだからしょうがねーだろ?」

「成り行きって……。ラーニャはそんないい加減なことでいいの!?」

「そんなに怒鳴るなよ。仕方ねーだろ。ほとんど無理矢理だったんだから」

「むっ、無理矢理イィ!?」


 ミカエルは真っ青な顔になり、小刻みにその場で震えていた。

いつもは空気の読めないアーサーも、今日ばかりは絶句している。


「無理矢理って、そんなあっさり言っていいことじゃないよ!? りょーせーのゴーイが一番必要なことなのにっ! 兄上に怒らないの!?」

「だってアイツの気持ちも分かるからさー。しょうがないかなって」

「しょうがないで済む話じゃないよっ!!」


 今度はミカエルの顔が真っ赤になった。

強引に誘われて居候することは、そんなに人倫にもとる行為なのだろうか。


「オレがいいんだから、ミカエルがそんなに怒るなよ」

「無理! 同じ男としてボクは兄上が許せない!! ね、アーサー?」

「全くです」


 アーサーは力強く頷いた。

ミカエルに言わされている感じはしないし、彼自身の意見なのだろう。


「ラーニャ、無理矢理しちゃうのが許されるのは、少女マンガとレディースコミックだけなんだよっ! 辛いかもしれないけど、現実と向き合わないと!」


(現実って、家が焼けちゃったこと?)


 別に下宿には大した物は置いてなかったし、稼いだ金は全て銀行に貯金してある。

本人証明に時間がかかるため今は引き出せないが、とにかく現実逃避するほど辛い状況でないのは確かだ。


「心配してくれるのは有難いけど、オレは別に平気だよ」

「……だからって兄上と一緒に住むわけ?」


 仮に嫌でも、今は行く場所がないのだから仕方がない。

ラーニャが首を縦に振ると、ミカエルは目に涙を浮かべながら叫んだ。


「うわあぁぁん。ラーニャが女郎蜘蛛に食われたあぁぁ!」

「は? 何? ジョウロ雲?」

「せいぜいデキちゃわないように気をつけなよっ! バカ!」


(デキちゃわないって、何が?)


 ラーニャが尋ねるより早く、ミカエルは泣き叫びながら部屋を飛び出していった。

今日のミカエルは、何か変である。


(そんなに居候ってダメなのか?)


 ラーニャはいくら考えても、彼が怒る理由が分からなかった。

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