表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
91/125

居候編1 猫のご飯とレシピ本

 夏の盛りが過ぎ秋の風が吹く頃になると、小麦騒動もすっかり人々から忘れられ始めた。

パン屋には何事もなかったようにパンが並び、客は当たり前のようにそれを買っていく。

人々の生活は騒動以前に戻ったように見えたが、一つだけ変わったことがあった。


 それはジャガイモを通して、マオ族の郷土料理が流行り始めたことである。

小麦騒動をきっかけに出回ったジャガイモは、すぐに料理人たちによって様々な料理に使われるようになった。

だが、新しい食材を使いこなすのはいくらプロでも難しい。

そこで目を付けられたのが、古くからあるマオ族のジャガイモ料理だった。

独特のスパイスを用いたマオ族の郷土料理は、今までの味に飽きていた一部のグルメたちに絶賛され、一躍料理界に躍り出た。

それにつれてマオ族の料理は庶民の間にも次第に浸透し、目新しい刺激的な味は王都での一大ブームになったのである。


 魔導庁の帰り、ラーニャがふと本屋に立ち寄ると、マオ族の料理に関する本が平積みにされていた。

とうとうマオ族の郷土料理は、レシピ本になるまで出世したらしい。


(へぇ~。オレが知ってる料理もたくさん載ってら。よく調べたな)


 つい最近まで「猫のエサ」だの晒されていたのに、変れば変わるものである。

ラーニャが感心しながら立ち読みしていると、後ろから恰幅のいい中年女性に声をかけられた。


「アンタ、マオ族かい?」

「そうだけど?」

「こないだアンタのトコの料理作ってみたんだけどね、灰汁が出るんだよ。どうすればいいか分かるかい?」

「あー、それならロームレの葉っぱ刻んで入れてみたら?」

「そうかい。ありがとね」


 女性は件のレシピ本を購入して店を出ていった。

今までマオ族ということで罵られたりはしたが、今のように親しげに話しかけられたことは始めてである。

ジャガイモとマオ族の郷土料理は、思わぬ副産物をラーニャたちにもたらしてくれたらしい。


 ラーニャはご機嫌になりながら、本を買ってすっかり馴染んだ下宿に戻った。

今住んでいる下宿は築三十年の木造建築で、お世辞にも綺麗とは言えないところである。

彼女の収入ならいくらでもいい所に住めるのだが、子供・保証人なし・おまけにマオ族という三拍子が揃っていると、なかなか受け入れてくれる所がないのだ。


 ラーニャは二階にある部屋に入るなり、さっそくベットに寝転がって本を読み始めた。

レシピはわりと有名なものから、ラーニャも知らないごく一部しか食べないものまで幅広く載っている。

この本の著者は、随分熱心に調べたようだ。

ラーニャは感動すら覚えながらページをめくっていったが、次第に眠くなり始めた。

どうやら最近実験続きで疲れていたらしい。


 どれくらいウトウトした頃だろうか。

ラーニャが半分夢の中にいながら本を眺めていると、不意に焦げ臭い匂いが鼻を掠めた。

寝ぼけているだけかと思ったが、仕舞いには人の叫び声まで聞こえてくる。


「火事だー!」

「逃げろー!」


 はっとしてラーニャが扉を開けると、途端にもうもうと煙が部屋の中に立ちこめた。

階段の下には、炎らしき赤いものも見える。

下宿は木造建築だ。

おそらくすぐ二階まで炎は迫ってくるだろう。


(こりゃヤベェ――!)


 グズグズしていたらすぐに煙と炎に巻かれてしまう。

ラーニャはほとんどパニックになりながら、取るものもとりあえず部屋の窓から飛び降りた。









 毛布に包まりながら精霊局のソファーで寝ているラーニャを見て、マドイはギャッと悲鳴を上げた。

本気で驚く彼を見て、ラーニャはむっとした表情を作る。


「何だよ。その反応は」

「しょうがないでしょう。変な声がすると様子を見に来てみれば、毛布に包まった巨大猫がいるなんて!」

「あ、オレ寝言言ってた? ワリィワリィ」

「……それはともかく、貴女こんな所で何してるんですか?」


 マドイが不審に思うのも無理はなかった。

今はまだ早朝で、始業まで大分時間がある。

当然精霊局にもまだ人は来ておらず、いるのはソファーに寝そべるラーニャだけだった。


「寝てんだよ。昨日寝れなかったから」

「寝てないって、ここは寝る場所じゃありません! それに貴女、着てるものも昨日と一緒だし、カバン一つ持って来てないじゃありませんか。仕事を何だと思ってるんです」

「しょーがないだろ。家焼けちゃったんだから」

「家が焼けた――って、えぇ!?」


 昨日の夜、ラーニャの下宿はめでたく全焼した。

原因はおそらく、台所の火の不始末だと思われる。


「それでさ、オレ、逃げるのに手一杯でお金持ってこれなかったんだよ。だから顔見知りの警備兵に入れてもらって、ここで夜明かししたワケ」

「……その毛布は?」

「警備兵のオッサンが貸してくれた」


 ラーニャの返事に、マドイは頭を抱えていた。

いかんせん呑気な彼女の様子に、呆れ返ったのだろう。


「つまり、貴女は今一文無しな訳ですね。これから一体どうするつもりです?」

「うーん。金が入って、新しい下宿が見つかるまでここで暮らすかなぁ?」

「このおバカ! 何ヶ月ここに居座るつもりですか!!」

「だってしょうがないだろ? オレ条件悪すぎて、ほとんど受け入れてくれる下宿なんてないからさ」


 開き直って笑うラーニャをマドイは黙って見つめていた。

何か難しいことを考えているようにも見える。

マドイはしばらく沈黙した後、ため息をつきながら言った。


「――仕方ない。余っている部屋があるので、そこを使いなさい」

「え? いいの?」

「ここで暮らされたら困りますからね。そこに移る準備をしておきますから、仕事が終わったら大臣室に来るように」


 何せ広大な魔導庁である。

余っている部屋など、探せば三つ四つあるのだろう。

ラーニャはひれ伏さんばかりにマドイに礼を述べ、仕事が終わると言われた通りに彼の元を尋ねた。


「じゃあ、さっそく行きましょう。ついて来なさい」


 マドイに案内されるまま、ラーニャは彼の後に続く。

だが連れて行かれた先は魔導庁のどの部屋でもなく、マドイ専用の馬車の前だった。


「……オレにここに住めって言うの? 別にいいけど」

「違いますよ。いいから乗りなさい」


 魔導庁がいくら広いとはいえ、馬車に乗らなければならない距離にある建物はない。

ラーニャが首をかしげていると、馬車はなぜか真っ直ぐ王宮に到着した。

わけの分からぬまま降ろされ、どこかの扉の前まで連れて行かれる。


「ここどこ? 何の部屋なの?」

「ここはわたくしの住む宮です。この部屋は私の自室の隣にある、空き部屋です」


 マドイの住む宮には何度か行ったことがあるが、彼自身の部屋の近くに来たのは始めてだった。

過剰なまでに天井に施された装飾が、やはり派手好きの彼らしい。


「で、どうしてオレをここに連れてきたの?」

「頭悪いですねぇ。空いている部屋があると言ったでしょう?」

「おい、まさかこの部屋がそうだって言うんじゃないだろうな?」


 ラーニャは否定されるのを期待して恐る恐る聞いてみる。

だがその期待は数秒で無情にも打ち砕かれた。


「そうですよ。他になにがあるんですか?」


 マドイはまるで当たり前のように、唖然とするラーニャに向かって答えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NEWVEL

よろしければ投票お願いします(月1)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ