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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
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小麦騒動編6 オレのチキンが食えないのか

 ラーニャの提案は城門にいた数百人の民衆の手によって、瞬く間に王都に広がった。

やがてそれは暴徒と化し、小麦問屋を襲っていた人間たちの耳にも入る。


「小麦問屋を襲うより、ジャガイモを食べろ。そうすれば奴らは大損する」


 この言葉に感化され、王都の各地で起きていた暴動は急速に収まりを見せ始めた。

この流れは軍が急遽取り寄せたジャガイモを市民に配ったことにより、決定的なものになる。

「パンを焼かずにジャガイモを蒸そう」という標語がどこからともなく生まれ、王都の住人は小麦粉とパンを買うのをやめた。


 王都がパンを食べるのをやめて一週間ほど経ったころ、とうとう小麦の値段が崩れ始めた。

一旦値が下がると、損を恐れた商人がさらに小麦を売り、値段が落ちるのは止まらなくなる。

元々ほとんど中身のない高騰だ。

反動で下がるときは崖から転がり落ちるように下がって行く。

そしてラーニャの狙い通り、小麦を買い占めていた小麦問屋や一部の貴族は、底値になった大量の小麦を抱える羽目になった。


 いや、それだけで済めばまだいい方である。

中には莫大な借金を抱えて店や屋敷を失った者。

物価を釣り上げた罪で軍に拘束された者もいた。

とはいえ、元は小麦を買い占めたのが原因だから自業自得だろう。


 こうして小麦騒動は、綺麗なほどの勧善懲悪の形をもって幕を閉じた。









 ラーニャが大通りにある評判の肉料理屋に入ると、途端に香ばしい匂いと客の談笑する声が流れてきた。

さすが人気店ということはあって、正午を過ぎても席はいっぱいである。

しかし事前に予約を入れてあったので、待たずに席に着くことが出来た。


「本当にこれで良かったんですか?」


 向かいに座ったマドイが若干戸惑いながら言った。

今日もこの間と同じように髪を束ね、銀縁のメガネをかけている。


「ああ。ここのチキンがウマいんだ」

「でも他に美味しい店はいくらでも――」

「いーのっ。オレはここのチキンが食べたいの!」


 ラーニャが断言すると、マドイは苦笑した。


「まったく、貴女も困った人ですね。あれだけの働きをしながら勲章を辞退してしまうし……。褒美も要らないだなんて」


 騒動が収まった後、ラーニャが群集たちを説得したことを知った国王は、感激して勲章を与えると言ってきた。

しかしラーニャはそれをあっさり断ったのだ。


「だって、いらないもん。大したことしてないし」

「大したことって――充分な偉業ですよ! 少なくとも私には出来なかったことですから」


 マドイはふと視線を落として、ため息をつく。


「ひょっとしたら、私より貴女の方が王族にふさわしいのかもしれませんね。情けない話です」

「まーたそんなこと言って。お前ナルシストに見えて案外自信ないのな」

「だって、あんな物を見せられたら――! 横にいた護衛は貴女のことを化け物だと言ってましたよ」


(化け物って……)


 つくづく失礼な話である。

ラーニャはただできることをしただけなのだが。


「ねぇラーニャ。今からでも受勲したらどうですか? 私が父上に申し上げておきますから」

「いーの! 試験にも合格したし、オレはオメーに奢ってもらうだけでいいの!」

「どうしてそんなに消極的なんですか。貴女のおかげで、十五年前の再現を食い止められたんですよ。もっと誇りなさい」

「だって、オレはやりたいことやっただけだもん。自分テメェのワガママで賞までもらっちゃ、申し訳ないさ」


 群衆の前に立ったとき、もちろん誰も傷つかないで欲しいという気持ちはあった。

だがラーニャをあの場に立たせた一番の理由はマドイだ。

ラーニャはただ、死傷者が出て自分を責めるマドイを見たくなかったのだ。


 群集を動かすにはあまりに個人的な理由。

それを分かっていたからこそ、ラーニャは勲章も褒賞も拒んだ。

しかしそんなことマドイに言えるはずがない。


「ま、良かったじゃねーか。王都の市民は損しなくてすんで、あくどい奴らは大損して。結局軽い怪我人しか出なかったし、めでたしめでたしだ」


 マドイはまだ何か言おうとしたが、さえぎるように大皿に乗ったチキンが二つ、サラダと一緒に運ばれてきた。

その肉のボリュームにラーニャは目を輝かせ、マドイは目を丸くする。

鶏の足に衣をつけてそのまま揚げただけの大胆な料理だ。

当然城で出されたことなどないのだろう。


「これ、一体どうやって食べるんですか? ナイフもフォークもありませんが」

「このまま手づかみで食べるんだよ。ここに紙が巻いてあるだろ?」


 言うよりやってみた方が早い。

ラーニャは手前のチキンをむんずと掴むと、大口を開けてかぶりついた。


「なんてお下品な」

「うっせぇ。これはこういう食べ物なんだよ。ほら、マドイもやってみろ」

「嫌です。そんな大口開けません」

「いいから食えよ。ウマいんだぞ」


 ラーニャはマドイの分の肉を取ると、彼の薄い唇の前に突き出した。


「ホラ食え。ガバッと」

「無理です」

「何だよ。食えよ。チキン食え!」

「ちょっ、衣がほっぺに……」

「オレのチキンが食えないのかー!」


 しつこくチキンを押しつけてくるラーニャに観念したのか、マドイはその控えめな口をこれでもかとこじ開けると、目の前の肉にかじりついた。

口の中いっぱいに頬張り、目を白黒させながら咀嚼している。


「あっ。おいひいでふね」

「だろ? こうやって食べるのが一番ウマいんだよ」


 ラーニャは再び自分の肉にかぶりつく。

がつがつ食い荒らしていると、なぜかマドイがくすくすと笑い出した。


「なにがおかしいんだよ。」

「いえ別に。ただ何となく面白くて」


 答えている間も彼は肩を小刻みに震わせている。

よく分からないが、とにかくラーニャの行動は彼の笑いのツボにはまったらしかった。

思えば酔った時を除いて、マドイが声を上げて笑う姿を見たのはこれが始めてである。

ラーニャは自分が笑い者にされていると分かっていたが、不思議と気分は悪くなかった。

これにて、小麦騒動編は終了です。

短い話でしたが、いかがだったでしょうか?


次回からは「居候編」が始まります。

題名で大体のところの予想はついてしまうかもしれませんが、「激烈出稼ぎ娘」の

中で、一番ハードな展開になる予定です。


よろしければ、これからも激烈出稼ぎ娘をよろしくお願いします。

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