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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
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小麦騒動編4 パンがなければ、ジャガイモを食べればいいじゃない

 城門の前には、困窮した王都の民たちが津波のように押し寄せていた。

「小麦をよこせ」「パンをよこせ」という声が、城門脇の見張り塔にいるマドイにも聞こえてくる。

衛兵や近衛騎士団の騎士たちは必死に押し寄せた民を追い返そうとしていたが、数百人を越える彼らを簡単に押し戻せるはずがない。

このままでは十五年前のように死者が出るのも時間の問題だった。


 マドイは下を覗きながら隣にいるオールに言う。


「兄上、王城に小麦の備蓄はもちろんありますよね?」

「……ああ」

「ならば、それを種に私が国民たちを説得しに行きます」


 すぐさま見張り塔を出て行こうとするマドイを、オールは引きとめた。


「バカな真似はよせ。今出て行ったら危険だぞ。こういうことは皇太子である私がする」

「何をおっしゃいますか兄上。危険だからこそ、なおさら皇太子に行かせるわけにはいかないでしょう?」


 オールの制止を振りきり、マドイは見張り塔を出てそのまま城門の上に向かった。

護衛を連れたマドイが姿を現すと、押し寄せた王都の民は歓声とも怒号ともつかない声を上げた。

興奮と熱気に包まれ、辺りは異様な雰囲気になっている。

怒鳴り声が乱れ飛ぶ中、マドイは皆に聞こえるよう精一杯声を張り上げた。


「王都に住む国民の皆さん、どうか聞いてください。王城の中には小麦の備蓄があります。直ちにそれを開放するので、ご心配には及びません」


 一旦群集は静まったが、また騒ぎが始まるのに時間はかからなかった。


「王城の小麦だけで間に合うはずがないだろー!!」

「そうだ!! それくらいで足りるはずがない!」


 皆口々にマドイの提案に不満を述べる。


「王城の備蓄だけで足りないのは尤もです。――これはあくまで応急処置なので、すぐに小麦問屋から小麦を買いつけ、皆さんに援助します」


 本当なら公金で小麦問屋から小麦を買いたくはなかった。

それが小麦を買い占めた貴族や小麦問屋の狙いの一つでもあるからだ。

しかし今はそんなことを言ってられる事態ではない。


「必ず皆さんに、安価でパンが供給できるようにすることをお約束します。だからご安心ください」


 だが王都の民たちの怒りは、マドイの言葉を聞いても収まらなかった。


「そんなこと言って、本当にパンが用意できるのか!?」

「一月かかっても意味ないんだぞ!!」

「俺たちが何日食ってないと思ってんだ!!」


 群集の怒りと不満は頂点に達し、とうとう石を投げるものが現れた。

衛兵や騎士たちが怒鳴るが、集団で強気になっている彼らは言う事を聞かない。


「マドイ殿下! ここはひとまず塔の方に――」

「しかしそれでは――!」


 だがマドイが護衛の方を向いた瞬間、誰かの投げた石の一つが彼の額に直撃した。

額が切れ、少なくない量の血が顎の先から滴り落ちる。


「殿下! ここは危険です」

「しかしこうなったのは私たちの責任です。逃げることなどできません!!」


 マドイは騒ぎが収拾するまで、断固としてここを動くつもりはなかった。

ここで逃げたら、民を治める王族としての責任を放棄することになる。

マドイは周囲に簡易な結界を作って、降り注ぐ投石を防いだ。

結界を取ったら、普通の怪我では済みそうにない投石の量だった。


 しかしその結界の向こう側に、ふらふらとこちらに向かってくる人影が見えた。

段々と近付いてくる、白い大きな猫耳。

人影は間違いなくラーニャだった。


「やー、大変なことになっちまったなぁ」


 呑気な台詞を吐きながら、ラーニャはマドイの目の前にやってきた。


「あちゃー。マドイったら、せっかくのお顔が台無しだぜ?」

「そんなことより、貴女一体何しにここへ!?」

「コイツら止めに来たに決まってんだろ?」


 ラーニャは平然とした様子で城門の下を指差した。

下はもちろん、押し寄せた王都の住民たちがすし詰めになっている。

まさかこの少女は、群集たちを一人でなだめるつもりなのだろうか。


「貴女、まさか彼らを追い返すつもりじゃないでしょうね? 一人で」

「ああ。そのつもりだよ。それがどうかしたか?」


 マドイは絶句した。

今まで数々のとんでもないことをしでかしてきたラーニャだが、さすがに限界というものがある。

そんなマドイの気持ちをラーニャも察したらしい。

彼女は硬い表情になって言った。


「信用できないのは分かるが、ここはオレに任せて見てくれないか?」

「……しかし」

「死人、出したくないんだろ」


 ラーニャは爛々と輝く金色の瞳でマドイを見上げた。

彼女のこんな瞳を見たのはマドイにとって始めての事ではない。

最初に出会ったときも、窮地を救ってくれたときも、そして英雄グスタフに戦いを挑んだときにも、彼女はこの瞳をしていた。


 これはラーニャが何かをしでかすときの瞳である。

マドイは息をつくと、彼女に向かって頷いた。


「いいでしょう。ただし無茶はしないように」

「さっすが、マドイ! 話が分かる!」


 ラーニャはマドイの胸をドンと叩くと、ひらりと城門の縁に飛び上がった。

いきなり仁王立ちで現れたラーニャに、群集からどよめきが上がる。

しかしラーニャはそのどよめきにも掻き消されない大声で、彼らに向かって叫んだ。


「やいこらテメェら!! パンがないならジャガイモ蒸して食いやがれエエェェ!!」


 一瞬何を言うのかと、マドイは硬直した。

それは下に集まった市民たちも同じようで、城門の周りにはしばしの沈黙が広がった。

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